2026年10月
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2026年10月 8日 (木)

1492.北海道・道央大遠征のご報告-その1-

9/28~10/2の5日間の日程で、道央大遠征を実施してきました。胆振地方の伊達・室蘭・苫小牧などと空知の夕張、石狩の千歳です。

それでは初日より、順を追ってご報告いたします。

Photo_20261007191801 富士山静岡空港を定刻より15分遅れの12:25に出発し、新千歳空港へは定刻より12分早い13:48に到着しましたが、駐機場待ちがあり、14:05の空港建物入りとなりました。

その後、空港内のニッポンレンタカー乗り場までが遠かった上に、そこから連絡バスで営業所には14:40過ぎに到着となり、レンタカーを借りて出発したのは15:10頃となってしまいました。

出発時から千歳市街地を抜けるまでの約5㌔は、バケツの水をひっくり返したような豪雨となり、降りるのは危険がともなう上に時間も遅れており、市街地で予定していた2局は、パスすることになりました。

その後、豪雨は収まって支笏湖局へは15:55頃に到着できました。ですが、‘支笏湖ブルー’を見るどころではなく、初日の局数は当初よりマイナス2の1局のみとなってしまいました。

Photo_20261007191901 ここから伊達市の宿泊地に向かうのですが、国道276号(支笏国道)・国道453号(有珠国道)にて約77㌔1時間半ほどで到着するところを、支笏湖を出てすぐの分岐点で直進してしまったため、国道276号(樽前国道)で苫小牧に出ることになり、国道36号(室蘭街道)・国道37号(胆振国道)にて苫小牧・白老・登別・室蘭経由の約103㌔2時間半もかかってしまいました。

初日は、いきなりの誤算がありましたが、二日目からは天候にも恵まれて、順調に進んで行きました。

二日目は豊浦町の礼文局からスタートしたのち、道道609号が時間規制で9:10から10:00まで通行止めとなることを現地で知り、これを勝負してみたところ、見事にクリアできてしまい、そこからエンジンがかかってしまいました。

そのため、豊浦・虻田・伊達と快調に進み、懸念していた室蘭市内の昼休時間設置の4局も順路(道なり)にて問題なく進めて行くことができました。この日は室蘭市内の最後まで実施ができ都合34局を刻むこととなりました。

室蘭市の人口は7万2千人と最盛期の18万人(1969年)から半減しており、その割には局数も多いため、はかどったということもあったかと思います。

三日目以降に続きます。

※写真は、上が雨上がりの支笏湖。下が室蘭郵便局。

2026年10月 4日 (日)

1491.小説『俺たちの箱根駅伝』

こちらの投稿がアップされる10/4は、すでに北海道の旅から帰ってきておりますが、それらのご報告をする前に、日本テレビで10/10(土)よりスタートするドラマ『俺たちの箱根駅伝』の原作本の紹介をしておきます。

国民的作家と称されている池井戸潤氏が書き下ろした小説を、箱根駅伝のTV生中継を手掛けている日本テレビが、ドラマ化して放映するものです。

Photo_20261003214901 箱根駅伝の完全中継を企画した番組制作側の奮闘するテレビクルーたちの物語と、実際に走る駅伝ランナーたちの物語なのですが、日テレ側の奮闘場面は大泉洋を主演とした役者陣が侃々諤々と演じてくれるものとして、駅伝ランナー側の奮闘ぶりをどのようにあぶり出してくれるのか、そのあたりを私は注目して見ていくつもりです。

青山学院大学をはじめとした実在するチームを追っていっても、小説本としては難しいものがあり、かといって架空の大学名を並べても読者の感情移入がしにくいとのジレンマがあり、数年の間、構想が行き詰っていたのですが、ある時、池井戸氏はジレンマを解消する新しい切り口を思いつきました。

それは、予選会敗退したチームから1校1名ずつ選出されて新しいチームを作り参加する関東学生連合チームでした。これをクローズアップすることで、熱気あふれる青春群像が描かれることになりました。

オープン参加のため、記録の残らない関東学生連合チームを、架空の大学からそれぞれ選出した選手に焦点を当てていくことで、小説の中では、生き生きとした息吹が当てられ、躍動的な物語になっていったのです。

1区・品川工業大学・諌山天馬、2区・東邦経済大学・村井大地、3区・目黒教育大学・富岡周人、4区・関東文化大学・内藤星也、5区・山王大学・倉科弾、以上 往路走者。

6区・武蔵野農業大学・猪又丈、7区・調布大学・佐和田晴、8区・京成大学・乃木圭介、9区・清和国際大学・松木浩太、10区・明誠学院大学・青葉隼人、以上 復路走者。

今年の秋は、これらの箱根駅伝物語を楽しんでいくつもりです。

2026年9月30日 (水)

1490.北海道・道央大遠征を実施中!

9/28(月)より10/2(金)までは、北海道を旅しております。

今回の道央大遠征は、元々4月の予定でしたが、諸事情により順延しておりました。年初の1.2ブログでも、早々とそのプランを発表しておりました。

今回の行程も、概ねその時の予定どおりなのですが、富士山静岡空港からの往復便の時間が、往路が50分早くなり(※訂正:遅くなり)、復路が1時間55分遅くなったため、初日と最終日は、当初の初日7局最終日6局から、初日3局最終日13局+1に変更しました。(これにより、3局+1増)

そして9/7より実施された昼休み休業の増加があり、その影響を受けてしまう可能性が出てきました。

Photo_20260926195001 二日目の室蘭市街地なのですが、豊浦・虻田・伊達と廻った後で室蘭市に突入することになり、予定通りの時間で局を刻むことができるのか、予定より早まるのか、もしくは遅くなってしまうのかによって、廻る順番を前後させる必要が出てきました。当日に臨機応変に対処するしかありません。

この昼休み休業も、11:00から13:30までの間に休業時間がスタートして、各々1時間の窓口閉鎖をするため、予め各局の昼休時間を調べ上げておき、それを避けて進むことになるのですが、ATMは稼働しているため、いざとなったら‘ATM貯金+局名は自筆で済ます’と言う手も無くはないのですが、局メグ家の矜持があり、なるべく窓口の空いている時間で廻っておきたいのが趣味人のこだわりなのです。

4日目の夕張市内でも1局だけ、昼休時間に引っかかる局があり、ここは局前で数分待つか、もしくはその前の数局をゆっくり廻るようにするなどして対応するつもりです。

私の参加するFacebookのグループで、この昼休時間の存在を‘地雷’と表現する同業者がおり、これは言い得て妙なる表現かと、感心いたしました。

予定では再訪1を含み101局+5局です。ベテラン局メグ家としては、欲張って廻ることは決してしないのですが、それでも3桁超えの大遠征は魅力的な5日間となることでしょう。

無事に帰って来た際には、結果報告をお楽しみにしていてください。

※写真は、初日に訪問することになっている支笏湖。‘支笏湖ブルー’が見られるそうです。

2026年9月26日 (土)

1489.両親の近況

9/21は敬老の日でした。今回は、それにちなむ話題です。

敬老の日に合わせて発表された総務省による9/15現在の高齢者推計人口は、3624万人であり前年に比べて2万人増え、過去最多となったようです。総人口の29.6%が高齢者となり過去最高です。(元記事は こちら)

我が家は私・稲生が69歳、妻が68歳、同居している妻の両親は義父が98歳、義母が92歳です。義両親は合わせて190歳と頑張っております。

つまり、4人とも高齢者なのです。高齢化率は100%です。

私の実父母は、実父が23年前に80歳で死去し、実母は昨年3月ほぼ100歳で死去しております。

さて、同居義両親の近況ですが、意外と元気です。同居ですので、食事は一緒に摂っており、家から自分で外出することは出来ないため、四六時中自宅におり、その様子はおおむね把握しております。

Photo_20260924015601 義父は要介護1、義母は要介護5(実質は要介護3ぐらい)で、義父は半日デイサービスを義母は一日デイサービスを、それぞれ週に3回受けております。

デイサービスは保育園と同じで、37.5℃以上の熱があると、受けられません。一度デイサービス施設に入っても、途中で返されてしまいます。

義母の今年3月の退院以降、半年が経過しましたが、発熱で返されたのが一度だけ、義父は10年ぐらいデイサービスに通っていますが、一度もありません。

週の3日をデイサービスで過ごすというサイクルは、今のところ安定している状況です。

そうは言っても実の娘である妻が、かいがいしく介護しており、私は多少のアシストはするものの、端から眺めるのみであります。

義両親には、それぞれの部屋があてがわれており、この夏の猛暑もエアコンを上手に調節しながら使用していき、水分を取り足りなくならないよう、チェックしており、三度の食事と合わせて、栄養管理も出来ており、今のところ安定を保っております。

今年の夏はクリアしたようですが、続いて寒い冬がやってきます。流行性感冒・インフルエンザ等、他者からうつされるものもあり、それにかかったときに乗り超える体力があるかどうか、まあこれは私にも言えることでしょうが・・・

誤嚥性肺炎や躓いて骨折するなど、不慮の事態もあり得ます。とにかく、できるだけ天寿を全うさせてあげることが、子の勤めと心得ております。

 

2026年9月22日 (火)

1488.千葉‘落ち穂拾い’&千葉・神奈川‘マルチ捕り’局メグ

◎台風25号の関東直撃により大雨等に見舞われている千葉県の皆様、8月の千葉豪雨に続いての災害となり、度々の災難に心を痛めております。

それでは、本文に入らせていただきます。9/17(木)に表記の局メグを鉄道利用により実施しました。

当初の予定の9/8(火)は、秋雨前線の活発化によりダイヤの乱れが予想され、これを9日間順延したものです。8日であったら、在来線・新幹線ともにダイヤが乱れており、何も達成することができなくなっており、順延はまったくの正解であったようです。

遠鉄電車の遠州小松駅6:48発に乗車し、JR浜松駅7:23発のひかり号にて東京駅8:42着、京葉線外房線快速9:03発にて上総一ノ宮駅10:29着、同駅10:33発にて外房線各駅で鵜原駅には11:09に到着しました。

Photo_20260921084901 東京駅構内の京葉線ホームまでは大変遠いのは、すでに武蔵野線に乗車した際に承知しておりましたが、今回の東京駅始発の電車は満員でした。3駅目の舞浜駅でごっそり降り、さらには6駅目の海浜幕張駅でも大半が降り立って行きました。この日はイベントがあったようです。

10駅目の蘇我駅は‘ソ’にアクセントがあるようで、初耳としては違和感がありました。東京駅から20駅目で上総一ノ宮駅に到着しました。

鵜原駅局は勝浦鵜原局が、昨年6.16に移転改称した局で、JR東日本が行っている駅と郵便局を一体化した局の一つです。千葉県内では昨年2.26に安房勝山駅局などを訪問後、ここの‘落ち穂’が気になっていたのですが、ペアとなるべき‘落ち穂’が発生することが無く、たまには鉄旅も良いのかと出動することにしたのでした。この局の訪問によって千葉県の15回目の完訪となりました。

鵜原駅局が‘05’マルチでしたので、千葉県のもう一つのマルチ‘10’を拾う為に、復路は蘇我駅で内房線総武線快速に乗り換え、船橋駅で京成本線に乗り換えて3駅目の東中山駅には14:08に到着しました。駅より徒歩1分で東中山駅前局を往復し、すぐさま京成本線・総武線快速・横須賀線で武蔵小杉駅乗り換えで東急目黒線で2駅目の日吉駅には15:44の到着です。

駅ビル2Fにある日吉駅内局は15:49から53、その後200㍍ほど離れた日吉局には15:57に到着しました。神奈川県の‘09’マルチ‘02’マルチを無事にゲット出来たのです。

その後、東急目黒線で新横浜駅に移動し、新幹線ひかり号と遠鉄電車にて自宅には、19時過ぎに帰宅出来ました。

※写真は、鵜原駅郵便局が入った鵜原駅。

2026年9月18日 (金)

1487.居城ゼミ同窓会at阿智村

去る9/13(日)14(月)の1泊2日にて、居城ゼミ同窓会が行われ、これに参加してきました。

我々の居城ゼミ同窓会は、正式には2年に一度(その間に、非公式な集まり有り)としているのですが、昨年12月に出席した面々から、この時期に長野で集まろうという、その場の雰囲気からの提案があり、それをまともに捉えた幹事が決めてしまったものです。

Photo_20260921085001 居城会同期の12名の中に、長野県出身・在住の者がおり、その方の地元である南信州の阿智村での開催となった次第です。(よく話を聞いてみると、かって白骨温泉で開催予定だったのが、コロナ渦により中止となっており、その代替だったようです。)

集合場所はJR中津川駅です。私はアルコールを飲まないため、例のオンボロHVフィットを運転して参加するつもりでしたが、私の23万㌔も走ったHVフィットと今回の幹事である阿智村の彼が車を出すことになり、普段は一人乗り仕様に使っているマイカーを洗車・車内清掃やらオイル交換などをして臨みました。(阿智村の彼の愛車はレクサスでした。格差が出ました。)

秋雨前線が日本列島を覆っており、雨模様の二日間となったのですが、一日目の夕方には雨が上がり、19時から開催のヘブンズ園原での「星空ツアー」では、奇跡的に雲が無くなり満天の星空を眺めることができました。(北極星もペガサスも、天の川も・・)さらに、翌日も13時半に解散するまでの時間は、晴れの天候となっており、誰が天気運を持っているかの主張を年甲斐もなくしたりして賑やかでした。

初日は馬籠宿で、傘を差しての散策でした。藤村記念館へ入場するも、島崎藤村の作品を読んだことがある者は私も含めていなくて、「夜明け前」「破戒」「椰子の実」など、おぼろげのタイトルを知るのみの輩ばかりで、入館したことを感動するものなどはおりませんでした。

Photo_20260921085101 馬籠宿は信州の宿場であるものの、平成の大合併時に中津川市に編入合併しており、戦中に没した島崎藤村は長野県人ながら、今では岐阜県出身の偉人であると、不肖地理オタクの私・稲生がLINEにて、事前レクチャーしておきましたが、世界経済論ゼミの仲間は、その話にはあまり興味がないようでした。

予定していた妻籠宿の見学はパスとなり、早めに昼神温泉の宿泊地にチェックインして、入浴後の早めの夕食宴会後、ヘブンズ園原に向かいました。ここへの往復では幹事の奥様と私の車で往復しました。この阿智村の同期の方とは、家族ぐるみの付き合いがあり、奥様とは45年ぶりの再会でした。

翌日は、昼神温泉での朝市見学後、村内の釣り堀で釣りの真似事をして楽しみ、釣れたイワナ・ヤマメと御幣餅を食し、天竜峡の「そらさんぽ天龍峡」にて、ちょうどいい塩梅にやってきた飯田線の特急伊那路の天竜川を通過する瞬間を捉えて、ご満悦となりJR中津川駅に送って解散となりました。

次回の同窓会まで、元気に過ごすことをそれぞれ胸に誓って、お別れしたのでした。なお、今回の参加者は7名でした。

実は、私には次なるミッションがあり、今年4.1に下条局から下條局に改称した下條村の下條郵便局を訪問して‘11’マルチをゲットしてから自宅に戻りました。これがあるためにマイカーで参加したようなものです。

※写真は、上が馬籠郵便局前にて。下がそらさんぽ天龍峡にて。(貧乏人ほど、良く太る!)(両写真をAI加工をしたものに差し替え:9/21)

2026年9月14日 (月)

1486.2026シーズン横浜DeNAベイスターズの進撃

今回は、ベイスターズネタです。

毎度お馴染みなのですが、今年は初のお目見えです。シーズン序盤から、予想通りに弱かったため、話題にするのを控えていたためです。

本題のベイスターズネタを展開していくその前に、佐藤啓介選手のことを触れておきます。

広島カープで売り出し中の内野手登録の選手で、23年育成ドラフト2位での入団ながら24年に支配下登録となり、3年目の今季はすでに4本塁打、一塁手や右翼手などで先発出場を果たしている若武者です。

この方なんと、我が母校・静岡大学の卒業生で、本校初の支配下選手でもあります。学部は地域創造学環という良く判らない学部ですが、4年間を同好会に毛の生えた程度の硬式野球部からプロ野球に就職した、進取の精神を持ったお方であります。

Photo_20260911155401 私は同一リーグの敵チームとなるため、応援はできませんが、皆さま、応援よろしくお願いします!

さて、2026シーズンのベイスターズは、昨シーズンに活躍したジャクソン・ケイが移籍によりいなくなってしまうなど、評論家の順位予想も押しなべてBクラス(4位~6位)の低評価でした。

長年のファンである私・稲生も、それほど期待しておりませんでした。

それでも、3・4月が13勝13敗、5月が10勝14敗2分けの頃までは、まずまず健闘をしていたのですが、6月の交流戦の時期に4勝15敗と、1ヶ月に4つしか勝てないチームに成り下がってしまい、累計27勝42敗2分けの借金15の最下位となり、この時点で今シーズンは終わってしまったという認識をする状況になりました。

ですが、途中加入のエンカーナシオンと尾形(ソフトバンクからのトレード)が加入した7月からは、猛反撃が始まりました。7月は12勝9敗、8月は15勝10敗と、2ヶ月で8つも借金を減らしてきたのです。

そして9月は何と12日現在で7勝2敗の借金2の3位です。残りは16試合ですが、3位にてCS出場は間違いのないところですが、何としても借金完済をして、クライマックスシリーズに臨んでいただきたいところです。

この尻上がりの進撃が続けば、セリーグの代表として、おととし(2024年)以来の日本一となることも夢ではなくなりました。

ガンバレ!横浜DeNAベイスターズ!!

※9/14にアップのこの記事は、大学同窓会開催の9/13・14の前夜である9/12に書いておりますので、その時点での勝敗・順位となっております。

※ベイスターズ2026後半戦スローガン・限界のその先へ。

2026年9月10日 (木)

1485.巨人・大鵬・卵焼き

9/8に予定していた千葉県勝浦への鉄路の日帰り旅は、秋雨前線の活発化の影響により列車遅延等が考えられたため、来週に順延することにしました。

ですので、今回予定していた報告記事も順延となり、代わりに閑話休題的なネタを提供していくことにいたします。

Photo_20260907202501 『巨人・大鵬・卵焼き』とは、昭和の時代に子供だった方々は、みんな知っているフレーズで、子どもたちが大好きなものを並べて、その時代の象徴とした流行語です。Wikiには、色々詳しく解説されております。

当然ながら、それに対抗する反対勢力もいる訳で、『阪神・柏戸・目玉焼き』は、反抗期を過ぎた青年から大人たちは、好んで使ったものです。

前述のWikiには、『大洋・柏戸・水割り』が、もじった呼称の一番目に記載されていますが、私がまだ若すぎたためか、このフレーズは初耳です。

それよりも、3番目に記載されている『江川・ピーマン・北の湖』の方は、私も良く知っていますが、その心は「みんなが嫌いなもの」という意味です。判るな~!

とにかく巨人は強かった。そして人気がありました。プロ野球全盛の時代にON(王・長嶋)の活躍する巨人軍は絶大な人気を誇り、V9(日本シリーズ9連覇)をしたのですから。テレビ実況放送は、人気の巨人戦しかやっていなくて、プロ野球が詳しくなかった私の妻などは、相手チームは巨人戦以外の時は、休んでいるかと思ったという迷言まで飛び出す始末でした。

大鵬もとても強かった。でも、ご本人はWikiによると、団体競技の野球と個人競技の相撲を同一視されたくなかったようで、「巨人と一緒にされては困る」と語ったようです。どうやら大鵬本人が‘アンチ巨人’だったようで、南海の野村克也に親しみを感じていたようです。

このような昭和を懐かしむネタは、私のような昭和人間には好ましい話題でもあります。もしかして、時々ネタを探しては、話題にしてみようかと思う今日この頃です。

 

 

 

 

2026年9月 6日 (日)

1484.9月10月の予定

8月は、中旬の四国・中国‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’遠征の二日間だけの活動でしたが、9月からは、もう少し動くことにいたします。

9月第二週に、日帰りで千葉県および神奈川県を訪問してきます。

自宅より鉄路で往復いたします。千葉県のほとんどはマイカーでの訪問でしたが、今回は鉄路利用です。外房の勝浦市鵜原まで向かいますが、鉄ちゃん気分を味わってみようかと思います。

ここでは、‘落ち穂拾い’1局と千葉の残りのマルチ1局と神奈川のマルチ2局を拾います。

9月第三週に、大学ゼミ同窓会を信州昼神で行ないます。私はアルコールを飲まないため、アッシーとしてマイカーHVフィットで参加します。23万㌔超えのガタイも小さな車ですが、それでも良いとのことですので、3人も乗せて、馬籠・妻籠などや阿智村の釣り堀など移動することになっています。

Photo_20260905022701 日・月のため、解散後に下條村の下條局を訪問しておくつもりです。一応‘マルチ捕り’でもあります。

9月最終週から10月にかけて、北海道・道央大遠征を実施します。年初の予定では、4月としていましたが、これをようやく実施出来る運びとなりました。

4月では往復飛行機はタイムセールで安く取っていましたが、今回は違うため、2万円以上の上乗せ料金となってしまいました。宿泊についても、4泊のうち2泊は違うホテルになりました。これらはやむを得ません。実施できるだけでも良しとしておきましょう。

10月下旬に沖縄のどこかを廻る予定となっております。実は南北大東島なのですが、南北大東島間は、24年7月をもって飛行機が廃止となってしまい、那覇から往復するフェリー乗船の一択になりました。

これがとっても怪しいスケジュールなのです。毎月20日に翌月分を発表するので、10月分はシルバー連休後の9/24です。この発表を待って、ようやくセントレアからの往復飛行機の予約が出来、南先航か北先航かで、宿泊する島が北か南かが決まります。

さらに厄介なのが台風です。8/20に発表された9月のスケジュールも、延期の表記に変更され、9/12以降のスケジュールは白紙に変更になってしまいました。台風の時期は、止めておいた方が良いのかもしれません。

10月下旬は、まだ台風の可能性もあるということで、11月に予定していた鹿児島4日間に変更することにしました。ここでは大隅半島に出来た‘落ち穂’1局と種子島の‘落ち穂’2局と薩摩半島南部を廻ります。そして南北大東島は、11月あたりに変更いたします。

あとは10月中旬に、小牧・南伊勢‘落ち穂拾い’と新宮‘マルチ捕り’を日帰りで実施します。また、上信越・南東北・北関東の1泊2日の‘マルチ捕り’&‘落ち穂拾い’遠征も実施したいものと考えております。

※写真は、地球岬(17.9月撮影)(よく見れば気が付くかと思いますが、現地での写真は海の色などがイマイチで、これは現地にあった看板を写したものです。:9/10コメント追加)

 

 

2026年9月 2日 (水)

1483.最近の小ネタ(感震ブレーカー設置・愛車HVフィット23万㌔・生活道路30km制限)

.今回は、最近の小ネタです。

先日、浜松市危機管理課から封書が届きました。‘危機管理課’などとは私には全く身に覚えのない部署からの封書でしたが、中身を見ると感震ブレーカー設置事業費の補助金(9,000円)をいただけるとのこと。先立つこと6月中旬に、感震ブレーカーを設置していて、稲生家御用達の電気店の店主が市の補助金を申請していてくれたのでした。

震度5強相当の揺れを感知すると自動で電気を遮断し、地震による電気火災を防ぐとともに、復旧時の通電火災にも対応しているものです。

設置費用は約2万円かかっており、その45%が補助金で賄われたというものでした。もしもの時の備えの一つとして、我が家でもこれを設置しておきました。

23_20260831102501 次に、先の記事でも記載した通りで、先日の四国・中国遠征時に愛車HVフィットが23万㌔を突破してしまいました。こんなにたくさんの距離を乗り続けるつもりがなかったのですが、マイカーの買い替えが出来なかったために、ここまで走らせてしまうことになりました。

22万㌔を超えたのが昨年の5.27でしたので、1年3ヶ月ほどで1万㌔を上乗せしたことになります。昨年夏に‘みちのく一人旅’で2,438㌔も走行したあとは、今年5月の北陸遠征、7月の関西遠征ぐらいのものでしたが、‘落ち穂拾い’にはマイカーが欠かせないものとなっており、もう少し愛車HVフィットにはお世話になることになります。

今年1月に車検をとおしており、この次の車検となる28年1月までには乗り換えていきたいと思っています。

最後に、この9/1より生活道路における走行速度が30㌔となる話題です。

生活道路とは、‘最高速度の標識がなく、中央線・車両通行帯・往復分離構造がない一般道路’のことです。これまで法定速度60㌔であったのを30㌔にするというもの。

これって、これまでの法定速度60㌔というのが信じられません。生活道路を40㌔でも50㌔でもなく、60㌔で走っても良かったのかと。

我が家の前も生活道路ですが、駅に行く近道なのか、混雑箇所を避けて行く近道なのか、早朝6時頃からかなりのスピードで通過していく乗用車を見かけます。中には角ごとにクラクションを鳴らしていく車もあるほどです。

歩行者無視のこのような危険な走行は、是非とも止めてもらいたいと思います。さっそく警察の取り締まりをお願いしたいところです。

※写真は、マイカー23万㌔突破直後の証拠写真。岡山県新見市哲西町あたりで23万㌔を突破しており、直後の神郷PAにて撮影。

2026年8月29日 (土)

1482.四国・中国‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’遠征-後半-

前の記事の続きです。

初日のラストとして訪問した愛南町の正木簡易局は、15.6.1から一時閉鎖と随分前から閉鎖しており、これが昨年6.2に、まさかの再開となっており、場所が高知県と愛媛県の県境にあるため、なかなか訪問出来そうもないと思っていましたが、先のI氏が訪問していたことを知り、私も行くしかないと覚悟を決め、重い腰を上げて行程を作った次第です。

Photo_20260827161801 それでも、近くに日本で一番長い名称の小中学校があり、そこを激写する機会を得たところです。その名称は『高知県宿毛市・愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小・中学校』ですが、昨年度をもって休校となり、今年度末に廃校となるそうです。(こちらの記事参照)

正木簡易局への訪問で、愛媛県の4回目の完訪となりました。

その後、約155㌔3時間ほど(休憩込み)かけて、松山港近くの宿泊地に着き、翌朝、松山観光港8:25発の瀬戸内海フェリーにて広島宇品港には予定通りの11:07に入港しました。これまでは、夜のフェリーだったため、周囲の景色を楽しむことは無かったのですが、今回は、忽那諸島や音戸の瀬戸の通行など、景色を楽しむことができました。

広島宇品港最寄りに広島宇品神田局が4.3に再開移転改称した局である広島宇品西局を無事に訪問後(11:25頃)は、次なる訪問地の津山市の広戸簡易局までの約240㌔を中国自動車道をひたすら東進していきます。広島宇品西局への訪問で、広島県の5回目の完訪となりました。

途中の新見市哲西町あたりで、愛車HVフィットの走行㌔が23万㌔を超えました。この話題は、別の記事にて取り上げるつもりです。

Photo_20260827161901 広戸簡易局付近には、15時頃ナビの案内が終了したのですが、目指す局が見つかりません。集落内を自力で探すも見つからず、普段からこれを最終手段としている電話にてお尋ねをしてみたところ、受託者さんが判るところまで出向いてくれて事無きを得ました。

この広戸簡易局は案内簡易局が、おととし24.8.1に移転改称した局で、この局だけを訪問するわけにはいかず、2年間保留にしておいた簡易局です。ともかく、岡山県の8回目の完訪となりました。

続いて、北上し分水嶺を超えて鳥取県に入ってすぐの、智頭町の那岐局を再訪し‘52’マルチを捕りました。(15:45頃)これにて全日程終了です。

那岐局となりのガソリンスタンドで満タン給油をして帰路に着きます。鳥取道・中国道・新名神道・名神道・新名神道・伊勢湾岸道・新東名道を通り、要所要所で休憩をしながら約400㌔を5時間半ほどかけて帰宅しました。

初日の走行㌔は914㌔、二日目は683㌔で計1,597㌔をワンドラで走行してきました。

※写真は、上が音戸の瀬戸。下が広島宇品西郵便局。

2026年8月26日 (水)

1481.四国・中国‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’遠征-前半-

去る8/19・20の1泊2日にて、表記遠征を実施しました。マイカー自走です。

これは、6/25・26に予定していた遠征を、梅雨前線の活発化の影響で中止にしていたもので、2ヶ月遅れの実施となりました。

四国地方や中国地方で発生した‘落ち穂’は、なかなか遠方のため、それぞれ別々に拾っても効率が悪く、1泊2日に仕立て上げて実施するようにしており、この手の遠征は、過去2度ほど実施しており、昨年5月の遠征の記事にその前の遠征分もリンクで入れてあり、それぞれを見ていただければ詳しくお判りになるのかと思います。

Photo_20260823162901 過去2回は、四国地方を訪問したのちに、松山観光港を18:05発のフェリーで広島宇品港に渡り、その夜は広島市内に宿泊しておりましたが、今回の初日の最終訪問局は、後述しますが、愛媛県最南の愛南町であったため、3時間ほどかけて松山市に向かい、宿泊後の翌朝、松山観光港の2便である8:25発で広島宇品港に渡りました。

それでは、まずは初日についてお話ししていきましょう。

徳島県と愛媛県に出来た‘落ち穂’を拾うのですが、残りの香川県・高知県は道中でもあるため、‘マルチ捕り’として1局ずつ訪問していきました。

例によって、年寄りの超早起きのため、早朝1:30には自宅を出発し、途中のSA・PAでの3箇所にて各1時間超の休憩をとりながら、1局目とした三豊市の財田中(さいたなか)簡易局には、10時に到着しました。

この局は読売新聞に「私、局長になります」という記事が掲載された簡易局で、入り口には丸型ポストがあり、以前は正直な話、かなり小汚いごちゃごちゃした簡易局でしたが、再開時には、裏側の県道沿いを入り口として、局舎を作っており、小綺麗な簡易局としてオープンしておりました。

Photo_20260823163001 当初の予定では、11時着としており、1時間も早く到着していることもあり、本年4.1の再開開始日から4ヶ月以上経過した現在の感想等、雑談を多めにしてしまいました。冒頭で丸型ポストの会のために、後で激写させていただきますと言ってしまったからか、女性局長からは丸型ポストの貯金箱を贈呈していただきました。これは、孫へのありがたいお土産になりました。

続いて、峠越えにて徳島県三好市に入り、三好市南部の山奥にある河内簡易局には、11時半前に到着しました。この局は一時閉鎖されていた山城谷簡易局が本年3.2に再開移転改称した局で、時間に余裕があったため、受託者さんと30分近くの会話となり、12時過ぎの出発となりました。

河内簡易局への訪問で、徳島県の5回目の完訪となりました。

ここからがロングドライブとなります。前2局で時間を摂り過ぎてしまったこともあり、今度は時間の余裕がすっかりなくなってしまいました。

河内簡易局から約155㌔2時間半(休憩込み)かけて黒潮町の伊田簡易局には14時半に着きました。ここは、私に先行し同じような行程で四国を廻られたI氏(八尾市の方)が、この簡易局を‘マルチ捕り’として訪問されており、そのまま真似て訪問しておきました。

最後に愛南町の正木簡易局を15:50にギリギリで到着したのですが、この続きは次号で展開させていただきます。

※写真は、上が財田中簡易郵便局。下が河内簡易郵便局。

2026年8月22日 (土)

1480.局番号順に廻るということ。(マニア向け)

前の記事の続きです。

二つ目の質問ですが、99775上仁頃簡易局で聞いた話。局番号に全国を廻り切った方が、当時の上仁頃簡易局を最後として訪問されたマニアがいたとのことでした、受託者さんは驚いていましたが、果たしてそのような方が本当に存在したのかどうか?ということです。

NO.1469に尺も多く書いてありますが、もう少し掘り下げてみたいと思います。

局番号99775の上仁頃簡易局が当時の最後だったそうですが、inukugiさんの局所コード順一覧>北海道を見てみますと、90001札幌中央から始まって、91001大津、92001本厚岸、93001根室・・・99001網走・・・99805瑞穂となっており、99775上仁頃よりも後に、一時閉鎖中の局を除いても7つの簡易局があります。

1つ後の99776活汲は不明であるものの、2つ後の99779日吉は1996.4.1設置となっており、99775上仁頃が局番号順の最後だった時期は、少なくともそれより前の時期であったことが判り、1996以前すなわち平成8年、今から30年ほど前のことだったのが判ります。

では、北海道において局番号順に廻ってみるとは、どういうことでしょうか?

90マルチは石狩支庁・後志支庁・胆振支庁・日高支庁管内でしたが(※)、札幌・小樽・室蘭・余市・岩内・石狩北・伊達・えりも と気持ちよく廻っていったことでしょう。(※振興局・総合振興局となったのは2010年4.1より)

94マルチに入ると奥尻島があります。島内に4局ありますが、前後の局が瀬棚町・北檜山町・今金町・大成町(いずれも平成の合併前の町名)であり、奥尻島には4回渡る必要があります。

98マルチでは焼尻島と天売島がありますが、1島1局ですので、各1回渡るだけで済みます。99マルチでは礼文島4局と利尻島7局がありましたが(※)、前述の奥尻島同様に礼文島には4回、利尻島には7回も渡る必要があります。(※礼文島の一時閉鎖局1、利尻島の廃止局1を含む)

北海道内では5離島がありますが、なかなか手間も暇もかかる廻り方です。北海道は全部で1500局ほどあったことでしょうが、北海道在住者であれば地元であると考えて、チャレンジ出来ないことは無いことでしょう。もちろん北海道在住者でなくとも、チャレンジができるかと思います。

では、00001中野サンクォーレ内局からの東京都ではどうでしょうか。離島としては伊豆諸島や小笠原2局があり、017××とまとまっているものの、島から島へ度々渡って廻る必要があります。特定局で10島24局さらに簡易局で3島3局あり(現在は、一時閉鎖中が1局)、北海道内5離島の比ではなく、驚くほどの手間暇がかかります。

01203宮内庁内局は一般客は利用不可であり、コメント欄で誰かさんがおっしゃってたように、00001からスタートして01203で断念するというオチもあるのかも知れません。

離島の多い長崎県・鹿児島県および沖縄県でも、相当の手間暇がかかる趣味活動です。

結論が出ましたね。全国を局番号順に廻ること、これは独りの個人では無理というものです。せいぜい、北海道内だけとか東京都内だけで、死に物狂いで廻り続けて達成する記録であることでしょう。

まあ、こんなことを同業者の皆様に質問してみたいと思ったのでした。

2026年8月19日 (水)

1479.郵便局めぐり・旅行貯金などの愛好家の数

先日(7/31)行われたマニアの集会・ゆうちょラリーの懇親会(ブログNO.1476参照)の際に、参加の皆さんに質問しておきたいことが2つありました。

一つは、表題の件です。もう一つは、次回に掘り下げますので、その際にお話しすることにいたします。

これは、そもそも去る7月上旬に、鹿児島県の三島村フェリーの中で出会った‘離島マニア’のK氏に質問された事柄でした。

私からすると、いわゆる‘同業者’の数なのですが、その時にも1万人ほどはいるのではないかと答えておいたのですが、自信の有る回答ではありませんでした。

Dvd すぐにSNS上の『郵便局巡り(貯金旅行・風景印・郵趣・ポストなど・・・)』のグループに投稿して質問してみましたが、それに関しての反応が今ひとつで、私の1万人ほど でどうでしょうか?と言う投げかけに対して、九州の大御所さんからの妥当なところでしょうと言う応答があったのみで、その他の方からは‘いいね’ボタンこそ17個いただきましたが、その他の投稿に埋もれてしまい、モヤモヤしたままでした。

その1つ前にしておいた三島村3島4局の訪問の報告では、いいねボタンを32個貰っていたのですが、上記の質問はスルーされてしまったようです。

これはFacebookの中で、私が参加しているグループの一つなのですが、これの参加者は現在1,380人となっております。

Facebookでは、その他に2つのグループに参加しており、『簡易局LOVE』の参加者は684人、『丸型ポストの会』の参加者は1,612人となっております。私のように、重複して参加しているメンバーも多いかと思いますが、1,000人は優に超え、2,000人は確定であると言って良いと思います。

そもそもFacebookなどは、やっていないマニアも多く、私もつい数ヶ月前まではこれらのグループに参加しておらず、閲覧専門でした。ですので、その5倍くらいは、いるのではないかと考えても間違っていないと思います。

冒頭のゆうちょラリー懇親会では、事務局には事前に質問の機会を求めていましたが、手狭な会場でワイワイガヤガヤの中での開催でしたので、参加者に質問ができる機会などはなく、一部の知り合いに聞いて廻ることが精一杯でした。

聞いて回った限りでも、1万人ほどあるいは1万人超 と言う数は、妥当であろうと言うことでした。

先日亡くなったよろず評論家の山田五郎さんの『山田五郎アワー 新マニア解体新書』(Wikiは こちら)の16.旅行郵便貯金マニア に出演されたT氏も、その中で1万人超はいるのは間違いないとおっしゃっており、少なくとも1万人と言う私の見立ては間違いないとの結論になりました。

※写真は、2025年度の表彰状と山田五郎DVD。観てみたい方は、お貸しいたしますよ。

 

2026年8月15日 (土)

1478.浦和駅・北浦和駅・東浦和駅・・・中浦和駅

7/31に新橋駅から中浦和駅に乗車したときに思ったことがありました。

○○浦和駅は多いんじゃないかな?地元のさいたま市の人は、間違えないのかな?

私は、武蔵浦和駅の次が中浦和駅なので、武蔵浦和駅で間違えて降車しないように、ドキドキしていました。

Photo_20260811203401 ‘浦和が付く駅名’で検索してみると、8駅あるとの回答でした。

京浜東北線・高崎線などの北浦和駅・浦和駅・南浦和駅、武蔵野線の東浦和駅・(南浦和駅)・武蔵浦和駅・西浦和駅、埼京線の(武蔵浦和駅)・中浦和駅、それに埼玉高速鉄道の浦和美園駅の8駅です。

東西南北中に本家浦和と武蔵浦和および浦和地区の美園駅の8つです。

さすがの本物の政令指定都市・さいたま市であります。なんちゃって政令市の浜松市に住む私・稲生は、乗換案内に頼ることでようやく間違えずに訪問できるのみで、異世界に飛び込んだ井の中の蛙が、ドタバタするのみであります。

大学ゼミ同期にさいたま市在住者が2名いましたので、ちょっと質問してみました。これらの駅のイメージが頭の中に湧いてくるのかどうかを。

やはり1つぐらいは、おぼろげであるようでしたが、まあまあ、正確に覚えているようでした。

さいたま市において浦和と永遠のライバルである大宮は、交通の要所・結節点であるのですが、‘大宮のつく駅名’は、大宮駅・北大宮駅・大宮公園駅の3駅だけでした。(※東大宮駅と西大宮駅もありました。計5駅です。:8.16 9:00追記)

と言うわけで、今回は、閑話休題的なお話しでした。

2026年8月11日 (火)

1477.令和8年熊本地震の影響

改めまして、今回の熊本地震における被災者の皆様、熊本県の皆様、心よりお見舞い申し上げます。復旧の道は果てしなく長いですが、心を強く持って、負けることなく前に進んで行って下さるよう願っております。

熊本地震では、郵便局も被災しました。震災直後は、多くの局が閉鎖しました。8/5の公示では26の郵便局が閉鎖しておりましたが、8/10の17時現在では5局の閉鎖に減少しております。

爆発による建物崩壊のあったイオンモール熊本では、7名のテナント従業員がお亡くなりになりましたが、地震当時3,000人ほどの来場者と1,400人前後の従業員がいて、直接避難したり、避難誘導により屋外へ避難できたのは、ある意味驚異的なことと捉えています。これが徹底できていなければ、相当大勢の犠牲者が出ていたことでしょう。

Photo_20260809102301 さて、イオンモール熊本には郵便局が設置されております。2023(R5)7.18の設置でしたが、私は半年後の2024(R6)1.30に訪問をしておりました。窓口貯金可能時間が10:00~17:00の時間スライド局でしたので、熊本市内を廻ったあとの締めとして廻っておりました。

今は一時閉鎖中の扱いですが、建物が壊れておりますので、元どおりイオンモール熊本の店内で再開することができるのか、イオンモール熊本本体が再建しない限り難しい状況であります。

実は熊本県の郵便局を、今年4/21・22・23の3日間を最後に完訪しており、その際に廻った中に、被災地となった宇城市や氷川町や八代市の郵便局が含まれております。

昨年の8月豪雨で裏山が崩れて閉鎖している下岳局の局長は、八代市の某局に異動しており、その際に、この方と直接お話しをしているのですが、異動先の局も今回の被災による閉鎖リストに入っており(8/7に再開)、去年・今年とダブルで災難にあっていたことになります。

その最後の熊本遠征では、1泊目が嘉島町のホテルAZと2泊目が氷川町のホテルAZに宿泊しております。ホテルAZのHPを見ると、氷川町の宮原店は一時休業をしているようです。(9/1より営業再開:9/10追記)

ついこの前、訪問したり宿泊したりした場所が、被害にあって閉鎖している事実は、大変心が痛む話であります。

10年前に益城町で震度7を観測した平成28年熊本地震でも、多くの郵便局も被災しておりましたが、そもそも私が熊本県を廻り始めたのが、その2年後から今回の地震の直前となる3ヶ月前まででした。益城町などでは、復旧の様子を伺っておりましたが、何ゆえ熊本ばかりが被災するのか、理不尽でしかありません。

※写真は、在りし日のイオンモール熊本内郵便局。

2026年8月 7日 (金)

1476.埼玉‘落ち穂拾い’&東京‘マルチ捕り’&ゆうちょラリー懇親会-夜の部-

前の記事の続きです。

14時50分に星乃珈琲に入ってからは、1時間40分ほど粘りました。その間、SNSで本日の成果の報告をしたりして。

2026_20260806025201 それでも、一人で喫茶店で粘るのには限界があります。会場である八丁堀へ向かうことにしました。17時半には到着してしまいましたが、案の定一番乗りでした。二番目がI氏(八尾市の方)、三番目が九州の大御所I氏です。18時15分までは中に入れてもらえず、二番乗りのI氏と歩きながら雑談などをして過ごしました。

さて、どうして夏のクソ暑い時期に参集するのでしょうか?

ゆうちょラリーは年度制をとっており、4/1から3/31までの1年間の成果を争うものとなっており、応募期間が該当期間の終了直後の4月末までとなっております。それらの集計を事務局の方が手弁当で行う必要があり、締め切りから2ケ月後の6月末ごろを目途にこれを終了しております。その結果の発表が最近は遅れがちになっておりますが、7月上旬にはされております。

どうやら、学校関係者が事務局側に多いようで、その方の時間の自由になる夏休み期間に会が催されることになっているようです。

今回の私・稲生の順位は第14位でした。2008年度から17回連続で参加しておりますが、これまでの最低だった参加初年度の第12位を抜いて、最低記録の順位でした。(私の参加の記録は⇒こちら)

2026 すでに日本全部を完訪されている九州のI氏や限りなく完訪に近づいている八尾市のI氏は、私より下位におりました。最終段階に入っている方は、そもそも預入局数が少なくなっているためです。私は544局でしたが、両I氏のそれは92局と102局です。これにマルチを多く拾っても数字が伸びることはありません。

預入総数は4桁の1,000局以上が理想です。今年は4名しかおりませんでした。マルチについては、65を摂った方が1位でした。65は全マルチのコンプリートです。その方が栄えある1位を獲得したのです。充実した1年であったことでしょう。

さて、今回の会場ですが、例年開催されていた新富町のホテル会場からピザ屋に変更になっており、10畳ほどの店内(※)に34名を入れ込んで、ごった返しでした。手狭な会場では、私も一言発言の機会をお願いしていましたが、話し合いなどはできることもなく、ワイワイガヤガヤの2時間を過ごすのみでした。(※訂正です。20畳弱でした。)

どうやら、会場選びに失敗した年だったようです。事務局の方には、来年は元の場所での開催を希望しておきました。

真夏の夜の祭典は終わりました。エネルギーチャージをしたマニアの面々は、明日からは再び、一人一人の単独行動の旅を始めていくことでしょう。

※ここで訂正です。店内の広さですが、僅か10畳ほどではなく20畳弱でした。10畳で34人ですと長崎県久賀島の‘牢屋の窄’に近づいてしまいますので、ここは店の名誉のためにも、訂正させていただきます。

2026年8月 4日 (火)

1475.埼玉‘落ち穂拾い’&東京‘マルチ捕り’&ゆうちょラリー懇親会-昼の部-

◎令和8年熊本地震で被災された方々、熊本県の皆さん、心よりお見舞い申し上げます。

本文に入らせていただきます。7/31(金)の猛暑厳しき日に、郵便局マニアが年に一度集まるオフ会が東京都中央区であり、そのために上京しました。

例年のことながら18:30開始のため、その前に各々がそれぞれの局メグをしたのちに参集することになります。これが‘変態’なるマニア集団の当たり前の行動様式であります。

Photo_20260803193401 何ゆえ、こんなド暑い時期にやるのかというと、それらしい理由は、次号となる夜の部の冒頭にでも、つぶやいてみることにして、この日の昼の部の私の行動を振り返ってみることにいたします。

‘マルチ捕り’としては、埼玉県の03は‘落ち穂拾い’として廻る際に必然的に捕れるとして、東京都の‘00’‘01’‘13’の3つのマルチを効率よく廻って行くことのできるプランを組んでみました。

自宅(浜松)⇒中央区・晴海⇒さいたま市・南区⇒志木市⇒板橋区であります。

遠鉄電車遠州小松駅を7:36発にて浜松に出て、8:17発のひかりにて東京駅9:42着で山手線外回りにて新橋駅に進み、東京BRTバスにて晴海ふ頭公園バス停で下車して、1局目の晴海西局には10:15頃の到着です。私は再々訪(3度目の訪問)であります。まずは‘13’マルチをゲットしました。

現在‘13’マルチは、この局(13004)と稲城市のSOCOLA若葉台局(13001)の2局しかないため、稲城市は遠いので23区内のこの局を目指すものが多いのです。R6(2024)年に晴海西局が設置されるまでは、SOCOLA若葉台局を目指しておりました。私も3度ほど訪問しております。

局員さんには「本日はマニアの集会があるため、この手の者の訪問が多いですよ」とつぶやいておきました。夜の部でお会いしたI氏(八尾市の方)が16時前に訪問した際に、局員さんが「今日は(同業者が)多かったです」と予想通りの言葉があったそうです。

Photo_20260802164601東京BRTバスで新橋駅まで戻り、東京上野ラインにて赤羽駅で埼京線に乗り換え中浦和駅には11:40に着きました。高架駅となっている東端の高架下に中浦和駅前郵便局はありました。閉鎖していた浦和鹿手袋局が本年5.11に再開移転改称した局です。

次の局へは、大変効率の良い移動方法がありました。中浦和駅前局前、徒歩3歩の国際興業バス停より志木駅東口行きで15箇所目の市場坂上バス停で下車し、徒歩5歩で志木本町郵便局の敷地内に入りました。(12:35頃)こんな効率の良い移動はなかなかありません。中浦和駅前⇒志木本町の順で行くことが必要です。逆順では向かい側のバス停になってしまいますので。

志木本町局は、本年3.16に志木上町局が移転改称したものです。この2局の訪問により15回目の埼玉県の完訪ですが、9月中旬に川越に移転改称局ができるようで、束の間の完訪期間でしかありません。

志木駅エキナカで昼食をゆっくり摂り、東武東上線にて10駅目の大山駅で下車し、板橋ハッピーロード局で‘01’マルチを大山駅前局で‘00’マルチを摂りました。これにて本日の郵便局めぐりのメニューが全て終了です。時間は、まだ14時50分ですので、商店街にあった星乃珈琲で時間調整の長い休憩をとりました。

この続きは、次回の夜の部の投稿にて、展開していくことになります。

※写真は、上が中浦和駅前郵便局、バス停の位置を見ておいてください。下が志木本町郵便局。

2026年7月31日 (金)

1474.京都・兵庫‘落ち穂拾い’&滋賀・大阪・奈良‘マルチ捕り’局メグ-後半-

前の記事の続きです。

池田細河局からは、阪神高速・池田線より名神高速に乗り、阪神高速・神戸線にて神戸北野局までは、約42㌔55分かかりました。(13:20頃)これらの高速を使うのは、神戸攻めをしている時に使っていた道でしたので、聖地巡回の行動の一つです。生田川出口からもナビの指示に従って進むだけです。

Photo_20260729022801 6局目の神戸北野局は、神戸中山手局が去る7.8に移転改称したばかりの局で、神戸の街並みに似合った瀟洒な佇まいの局でした。ここには風景印が設置されており、それも所望してみました。この局の訪問により兵庫県の7回目の完訪となりました。

この神戸北野局には‘43’マルチが付与されていますので、同じ神戸市中央区である神戸ポート局にて‘42’マルチを取得すべく約1.7㌔ほど移動します。この際に、猛暑の中を歩いている観光客を横目に見ることぐらいが唯一の観光なのかもしれません。何しろ郵便局めぐりというものは、「観光とグルメはしない」のがお約束なのですから。

一つの県で複数のマルチがある県では、ゆうちょラリーをやっているものとしては、ついでに訪問することは必要なことですが、隣接したあるいは間近かな局を選択するのに、便利な方法をご存知でしょうか?それは、inukugi:webを利用することで、簡単に選ぶ事ができます。

各市区町のページまで進むと、局番号順に郵便局が掲載されているからです。でも、東京の‘13’マルチは2局のみ、千葉の‘10’マルチは10局のみ、福岡の‘75’マルチは1局のみという基礎知識を持っていないと、いたずらに無駄な努力をする羽目になりますので、注意が必要です。

Photo_20260729024301 兵庫県の二つのマルチを拾ったあとは、岡山県や四国の徳島県あたりに向かっても良いのですが、日帰りで来ていますので、自宅方面に帰らなければいけません。帰り道として奈良県を目指すことにします。阪神高速の京橋出入口より神戸線・大阪港線・東大阪線を進み、最後は第二阪奈道路の壱分ICで降りて約53㌔1時間かかりました。(15:25頃)

大阪市内・大阪府内を横断するコースなのですが、ナビに従って進むだけです。どの道も過去に利用していますので、都市間の有料道路といえど、それほど難しいわけではありません。それでも、すでに高齢者となっておりますので、関東圏の首都高速などはなるべくなら避けておきたいところです。

ラストとした生駒市の南生駒局は、かなりの田舎の局でした。それでも番号札発行機が設置してあり、これを敢えて引くとなんとNO.1が出てきました。これは凄い記録です。私が経験したNO.1の番号札をゲットした最遅時間であった15:25とタイ記録となりました。1位の記録とは、どこだったのかと言うと、福岡県嘉麻市の上山田局でした。ブログNO.1390の後段に詳しく書いてあります。

この局にて‘45’マルチをゲットしたことで、関西5府県を跨いで7つの‘マルチ’を捕ったことになりました。自己満足ながら充実感を得た上で、帰路に着きます。奈良県に来ても奈良公園の鹿を見学することはありません。

生駒市では、ガソリン給油をして、お金を落としたのちに、西名阪道・名阪道路・東名阪道・伊勢湾岸道および新東名高速にて帰宅しました。帰宅時間は20:20頃でした。そして、この日の総走行㌔は653㌔でした。

※写真は、上が神戸北野局。下が神戸ポート局。こちらも小綺麗な局でした。

2026年7月28日 (火)

1473.京都・兵庫‘落ち穂拾い’&滋賀・大阪・奈良‘マルチ捕り’局メグ-前半-

酷暑となった7/23(木)に、京都・兵庫両府県の‘落ち穂拾い’と滋賀・大阪・奈良3府県の‘マルチ捕り’をマイカー自走にて実施してきました。

郵便局めぐり・旅行貯金の趣味に近いと思っている離島めぐりのどなたかさんに、観光もせず郵便局だけを巡るのは、充分に‘変態’だとお褒めの言葉(笑)をいただきましたが、地元浜松市の3つの観測地点(佐久間・天竜・浜松)において、40℃超えの日に表記局メグを実施したのは、どう見ても‘変態’の成せる技であります。

Photo_20260727150601 成果としては、宇治市と京都市及び神戸市の移転改称局を訪問して、京都府の8回目、兵庫県の7回目の完訪となりました。さらに隣接府県の‘マルチ捕り’も実施したことで、計7つのマルチをゲットしており、自己満足度は高いものがあります。

記録としては、一日の訪問都道府県数において、5府県訪問は4位タイの記録となりました。と言っても、4位同数が13回ありますので、4位から16位となりますが・・・

それでは、順を追って詳しく見ていきましょう。

‘落ち穂拾い’の宇治市の前に、名神高速の瀬田東ICで下車して大津市の石山別所局を拾うことで、‘46’マルチを捕るべく、ここを1局目としました。(9:00)年寄りの超早起きにより早朝4時に自宅を出発していますので、高速を降りる手前の草津PAにて1時間半ほどの待機休憩をしております。

石山ICより京滋バイパスに入り巨椋ICで下車して、2局目の宇治中ノ田局には9:30前に到着しております。地元のマツヤスーパーの店舗内に入居しており、本年2.24に宇治蔭田局が移転改称した局であります。

Photo_20260727145501 まだ、それほどの暑さではないと思っておりましたが、ズボンのポケットに入れておいたスマホが高熱により使用が出来なくなっておりました。しばしの時間経過後の再起動により復旧させました。

続いて、約16㌔先の京都市下京区の京都高辻室町局を目指すのですが、無料優先で向かう予定が、前述のスマホ対応に時間をとってしまっており、有料道路(第二京阪道)を使いました。ここへは10:30頃の到着で、コインパーキングに車を置いての訪問です。本年4.20に京都若宮松原局が移転改称した局です。

宇治市と京都市の移転改称の2局の訪問によって京都府の8回目の完訪です。京都に来て京都を見ずに神戸市に向かうことにいたします。

続いて、大阪府の‘40’と‘41’の2つのマルチを拾ってから、兵庫県入りするのですが、新名神道の箕面とどろきICで下車して池田市北部の池田伏尾台局と池田細河局をチョイスしてみました。

大阪府の市街地の賑やかなところを回避して、かつ隣接した局を‘マルチ捕り’として訪問しており、我ながら良いチョイスであると自画自賛しております。

尺の関係で、前半・後半に分割させていただきます。後半に続きます。

※写真は、上が石山別所郵便局。下が京都高辻室町郵便局。

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