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2026年9月14日 (月)

1486.2026シーズン横浜DeNAベイスターズの進撃

今回は、ベイスターズネタです。

毎度お馴染みなのですが、今年は初のお目見えです。シーズン序盤から、予想通りに弱かったため、話題にするのを控えていたためです。

本題のベイスターズネタを展開していくその前に、佐藤啓介選手のことを触れておきます。

広島カープで売り出し中の内野手登録の選手で、23年育成ドラフト2位での入団ながら24年に支配下登録となり、3年目の今季はすでに4本塁打、一塁手や右翼手などで先発出場を果たしている若武者です。

この方なんと、我が母校・静岡大学の卒業生で、本校初の支配下選手でもあります。学部は地域創造学環という良く判らない学部ですが、4年間を同好会に毛の生えた程度の硬式野球部からプロ野球に就職した、進取の精神を持ったお方であります。

Photo_20260911155401 私は同一リーグの敵チームとなるため、応援はできませんが、皆さま、応援よろしくお願いします!

さて、2026シーズンのベイスターズは、昨シーズンに活躍したジャクソン・ケイが移籍によりいなくなってしまうなど、評論家の順位予想も押しなべてBクラス(4位~6位)の低評価でした。

長年のファンである私・稲生も、それほど期待しておりませんでした。

それでも、3・4月が13勝13敗、5月が10勝14敗2分けの頃までは、まずまず健闘をしていたのですが、6月の交流戦の時期に4勝15敗と、1ヶ月に4つしか勝てないチームに成り下がってしまい、累計27勝42敗2分けの借金15の最下位となり、この時点で今シーズンは終わってしまったという認識をする状況になりました。

ですが、途中加入のエンカーナシオンと尾形(ソフトバンクからのトレード)が加入した7月からは、猛反撃が始まりました。7月は12勝9敗、8月は15勝10敗と、2ヶ月で8つも借金を減らしてきたのです。

そして9月は何と12日現在で7勝2敗の借金2の3位です。残りは16試合ですが、3位にてCS出場は間違いのないところですが、何としても借金完済をして、クライマックスシリーズに臨んでいただきたいところです。

この尻上がりの進撃が続けば、セリーグの代表として、おととし(2024年)以来の日本一となることも夢ではなくなりました。

ガンバレ!横浜DeNAベイスターズ!!

※9/14にアップのこの記事は、大学同窓会開催の9/13・14の前夜である9/12に書いておりますので、その時点での勝敗・順位となっております。

※ベイスターズ2026後半戦スローガン・限界のその先へ。

2026年9月10日 (木)

1485.巨人・大鵬・卵焼き

9/8に予定していた千葉県勝浦への鉄路の日帰り旅は、秋雨前線の活発化の影響により列車遅延等が考えられたため、来週に順延することにしました。

ですので、今回予定していた報告記事も順延となり、代わりに閑話休題的なネタを提供していくことにいたします。

Photo_20260907202501 『巨人・大鵬・卵焼き』とは、昭和の時代に子供だった方々は、みんな知っているフレーズで、子どもたちが大好きなものを並べて、その時代の象徴とした流行語です。Wikiには、色々詳しく解説されております。

当然ながら、それに対抗する反対勢力もいる訳で、『阪神・柏戸・目玉焼き』は、反抗期を過ぎた青年から大人たちは、好んで使ったものです。

前述のWikiには、『大洋・柏戸・水割り』が、もじった呼称の一番目に記載されていますが、私がまだ若すぎたためか、このフレーズは初耳です。

それよりも、3番目に記載されている『江川・ピーマン・北の湖』の方は、私も良く知っていますが、その心は「みんなが嫌いなもの」という意味です。判るな~!

とにかく巨人は強かった。そして人気がありました。プロ野球全盛の時代にON(王・長嶋)の活躍する巨人軍は絶大な人気を誇り、V9(日本シリーズ9連覇)をしたのですから。テレビ実況放送は、人気の巨人戦しかやっていなくて、プロ野球が詳しくなかった私の妻などは、相手チームは巨人戦以外の時は、休んでいるかと思ったという迷言まで飛び出す始末でした。

大鵬もとても強かった。でも、ご本人はWikiによると、団体競技の野球と個人競技の相撲を同一視されたくなかったようで、「巨人と一緒にされては困る」と語ったようです。どうやら大鵬本人が‘アンチ巨人’だったようで、南海の野村克也に親しみを感じていたようです。

このような昭和を懐かしむネタは、私のような昭和人間には好ましい話題でもあります。もしかして、時々ネタを探しては、話題にしてみようかと思う今日この頃です。

 

 

 

 

2026年9月 6日 (日)

1484.9月10月の予定

8月は、中旬の四国・中国‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’遠征の二日間だけの活動でしたが、9月からは、もう少し動くことにいたします。

9月第二週に、日帰りで千葉県および神奈川県を訪問してきます。

自宅より鉄路で往復いたします。千葉県のほとんどはマイカーでの訪問でしたが、今回は鉄路利用です。外房の勝浦市鵜原まで向かいますが、鉄ちゃん気分を味わってみようかと思います。

ここでは、‘落ち穂拾い’1局と千葉の残りのマルチ1局と神奈川のマルチ2局を拾います。

9月第三週に、大学ゼミ同窓会を信州昼神で行ないます。私はアルコールを飲まないため、アッシーとしてマイカーHVフィットで参加します。23万㌔超えのガタイも小さな車ですが、それでも良いとのことですので、3人も乗せて、馬籠・妻籠などや阿智村の釣り堀など移動することになっています。

Photo_20260905022701 日・月のため、解散後に下條村の下條局を訪問しておくつもりです。一応‘マルチ捕り’でもあります。

9月最終週から10月にかけて、北海道・道央大遠征を実施します。年初の予定では、4月としていましたが、これをようやく実施出来る運びとなりました。

4月では往復飛行機はタイムセールで安く取っていましたが、今回は違うため、2万円以上の上乗せ料金となってしまいました。宿泊についても、4泊のうち2泊は違うホテルになりました。これらはやむを得ません。実施できるだけでも良しとしておきましょう。

10月下旬に沖縄のどこかを廻る予定となっております。実は南北大東島なのですが、南北大東島間は、24年7月をもって飛行機が廃止となってしまい、那覇から往復するフェリー乗船の一択になりました。

これがとっても怪しいスケジュールなのです。毎月20日に翌月分を発表するので、10月分はシルバー連休後の9/24です。この発表を待って、ようやくセントレアからの往復飛行機の予約が出来、南先航か北先航かで、宿泊する島が北か南かが決まります。

さらに厄介なのが台風です。8/20に発表された9月のスケジュールも、延期の表記に変更され、9/12以降のスケジュールは白紙に変更になってしまいました。台風の時期は、止めておいた方が良いのかもしれません。

10月下旬は、まだ台風の可能性もあるということで、11月に予定していた鹿児島4日間に変更することにしました。ここでは大隅半島に出来た‘落ち穂’1局と種子島の‘落ち穂’2局と薩摩半島南部を廻ります。そして南北大東島は、11月あたりに変更いたします。

あとは10月中旬に、小牧・南伊勢‘落ち穂拾い’と新宮‘マルチ捕り’を日帰りで実施します。また、上信越・南東北・北関東の1泊2日の‘マルチ捕り’&‘落ち穂拾い’遠征も実施したいものと考えております。

※写真は、地球岬(17.9月撮影)(よく見れば気が付くかと思いますが、現地での写真は海の色などがイマイチで、これは現地にあった看板を写したものです。:9/10コメント追加)

 

 

2026年9月 2日 (水)

1483.最近の小ネタ(感震ブレーカー設置・愛車HVフィット23万㌔・生活道路30km制限)

.今回は、最近の小ネタです。

先日、浜松市危機管理課から封書が届きました。‘危機管理課’などとは私には全く身に覚えのない部署からの封書でしたが、中身を見ると感震ブレーカー設置事業費の補助金(9,000円)をいただけるとのこと。先立つこと6月中旬に、感震ブレーカーを設置していて、稲生家御用達の電気店の店主が市の補助金を申請していてくれたのでした。

震度5強相当の揺れを感知すると自動で電気を遮断し、地震による電気火災を防ぐとともに、復旧時の通電火災にも対応しているものです。

設置費用は約2万円かかっており、その45%が補助金で賄われたというものでした。もしもの時の備えの一つとして、我が家でもこれを設置しておきました。

23_20260831102501 次に、先の記事でも記載した通りで、先日の四国・中国遠征時に愛車HVフィットが23万㌔を突破してしまいました。こんなにたくさんの距離を乗り続けるつもりがなかったのですが、マイカーの買い替えが出来なかったために、ここまで走らせてしまうことになりました。

22万㌔を超えたのが昨年の5.27でしたので、1年3ヶ月ほどで1万㌔を上乗せしたことになります。昨年夏に‘みちのく一人旅’で2,438㌔も走行したあとは、今年5月の北陸遠征、7月の関西遠征ぐらいのものでしたが、‘落ち穂拾い’にはマイカーが欠かせないものとなっており、もう少し愛車HVフィットにはお世話になることになります。

今年1月に車検をとおしており、この次の車検となる28年1月までには乗り換えていきたいと思っています。

最後に、この9/1より生活道路における走行速度が30㌔となる話題です。

生活道路とは、‘最高速度の標識がなく、中央線・車両通行帯・往復分離構造がない一般道路’のことです。これまで法定速度60㌔であったのを30㌔にするというもの。

これって、これまでの法定速度60㌔というのが信じられません。生活道路を40㌔でも50㌔でもなく、60㌔で走っても良かったのかと。

我が家の前も生活道路ですが、駅に行く近道なのか、混雑箇所を避けて行く近道なのか、早朝6時頃からかなりのスピードで通過していく乗用車を見かけます。中には角ごとにクラクションを鳴らしていく車もあるほどです。

歩行者無視のこのような危険な走行は、是非とも止めてもらいたいと思います。さっそく警察の取り締まりをお願いしたいところです。

※写真は、マイカー23万㌔突破直後の証拠写真。岡山県新見市哲西町あたりで23万㌔を突破しており、直後の神郷PAにて撮影。

2026年8月29日 (土)

1482.四国・中国‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’遠征-後半-

前の記事の続きです。

初日のラストとして訪問した愛南町の正木簡易局は、15.6.1から一時閉鎖と随分前から閉鎖しており、これが昨年6.2に、まさかの再開となっており、場所が高知県と愛媛県の県境にあるため、なかなか訪問出来そうもないと思っていましたが、先のI氏が訪問していたことを知り、私も行くしかないと覚悟を決め、重い腰を上げて行程を作った次第です。

Photo_20260827161801 それでも、近くに日本で一番長い名称の小中学校があり、そこを激写する機会を得たところです。その名称は『高知県宿毛市・愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小・中学校』ですが、昨年度をもって休校となり、今年度末に廃校となるそうです。(こちらの記事参照)

正木簡易局への訪問で、愛媛県の4回目の完訪となりました。

その後、約155㌔3時間ほど(休憩込み)かけて、松山港近くの宿泊地に着き、翌朝、松山観光港8:25発の瀬戸内海フェリーにて広島宇品港には予定通りの11:07に入港しました。これまでは、夜のフェリーだったため、周囲の景色を楽しむことは無かったのですが、今回は、忽那諸島や音戸の瀬戸の通行など、景色を楽しむことができました。

広島宇品港最寄りに広島宇品神田局が4.3に再開移転改称した局である広島宇品西局を無事に訪問後(11:25頃)は、次なる訪問地の津山市の広戸簡易局までの約240㌔を中国自動車道をひたすら東進していきます。広島宇品西局への訪問で、広島県の5回目の完訪となりました。

途中の新見市哲西町あたりで、愛車HVフィットの走行㌔が23万㌔を超えました。この話題は、別の記事にて取り上げるつもりです。

Photo_20260827161901 広戸簡易局付近には、15時頃ナビの案内が終了したのですが、目指す局が見つかりません。集落内を自力で探すも見つからず、普段からこれを最終手段としている電話にてお尋ねをしてみたところ、受託者さんが判るところまで出向いてくれて事無きを得ました。

この広戸簡易局は案内簡易局が、おととし24.8.1に移転改称した局で、この局だけを訪問するわけにはいかず、2年間保留にしておいた簡易局です。ともかく、岡山県の8回目の完訪となりました。

続いて、北上し分水嶺を超えて鳥取県に入ってすぐの、智頭町の那岐局を再訪し‘52’マルチを捕りました。(15:45頃)これにて全日程終了です。

那岐局となりのガソリンスタンドで満タン給油をして帰路に着きます。鳥取道・中国道・新名神道・名神道・新名神道・伊勢湾岸道・新東名道を通り、要所要所で休憩をしながら約400㌔を5時間半ほどかけて帰宅しました。

初日の走行㌔は914㌔、二日目は683㌔で計1,597㌔をワンドラで走行してきました。

※写真は、上が音戸の瀬戸。下が広島宇品西郵便局。

2026年8月26日 (水)

1481.四国・中国‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’遠征-前半-

去る8/19・20の1泊2日にて、表記遠征を実施しました。マイカー自走です。

これは、6/25・26に予定していた遠征を、梅雨前線の活発化の影響で中止にしていたもので、2ヶ月遅れの実施となりました。

四国地方や中国地方で発生した‘落ち穂’は、なかなか遠方のため、それぞれ別々に拾っても効率が悪く、1泊2日に仕立て上げて実施するようにしており、この手の遠征は、過去2度ほど実施しており、昨年5月の遠征の記事にその前の遠征分もリンクで入れてあり、それぞれを見ていただければ詳しくお判りになるのかと思います。

Photo_20260823162901 過去2回は、四国地方を訪問したのちに、松山観光港を18:05発のフェリーで広島宇品港に渡り、その夜は広島市内に宿泊しておりましたが、今回の初日の最終訪問局は、後述しますが、愛媛県最南の愛南町であったため、3時間ほどかけて松山市に向かい、宿泊後の翌朝、松山観光港の2便である8:25発で広島宇品港に渡りました。

それでは、まずは初日についてお話ししていきましょう。

徳島県と愛媛県に出来た‘落ち穂’を拾うのですが、残りの香川県・高知県は道中でもあるため、‘マルチ捕り’として1局ずつ訪問していきました。

例によって、年寄りの超早起きのため、早朝1:30には自宅を出発し、途中のSA・PAでの3箇所にて各1時間超の休憩をとりながら、1局目とした三豊市の財田中(さいたなか)簡易局には、10時に到着しました。

この局は読売新聞に「私、局長になります」という記事が掲載された簡易局で、入り口には丸型ポストがあり、以前は正直な話、かなり小汚いごちゃごちゃした簡易局でしたが、再開時には、裏側の県道沿いを入り口として、局舎を作っており、小綺麗な簡易局としてオープンしておりました。

Photo_20260823163001 当初の予定では、11時着としており、1時間も早く到着していることもあり、本年4.1の再開開始日から4ヶ月以上経過した現在の感想等、雑談を多めにしてしまいました。冒頭で丸型ポストの会のために、後で激写させていただきますと言ってしまったからか、女性局長からは丸型ポストの貯金箱を贈呈していただきました。これは、孫へのありがたいお土産になりました。

続いて、峠越えにて徳島県三好市に入り、三好市南部の山奥にある河内簡易局には、11時半前に到着しました。この局は一時閉鎖されていた山城谷簡易局が本年3.2に再開移転改称した局で、時間に余裕があったため、受託者さんと30分近くの会話となり、12時過ぎの出発となりました。

河内簡易局への訪問で、徳島県の5回目の完訪となりました。

ここからがロングドライブとなります。前2局で時間を摂り過ぎてしまったこともあり、今度は時間の余裕がすっかりなくなってしまいました。

河内簡易局から約155㌔2時間半(休憩込み)かけて黒潮町の伊田簡易局には14時半に着きました。ここは、私に先行し同じような行程で四国を廻られたI氏(八尾市の方)が、この簡易局を‘マルチ捕り’として訪問されており、そのまま真似て訪問しておきました。

最後に愛南町の正木簡易局を15:50にギリギリで到着したのですが、この続きは次号で展開させていただきます。

※写真は、上が財田中簡易郵便局。下が河内簡易郵便局。

2026年8月22日 (土)

1480.局番号順に廻るということ。(マニア向け)

前の記事の続きです。

二つ目の質問ですが、99775上仁頃簡易局で聞いた話。局番号に全国を廻り切った方が、当時の上仁頃簡易局を最後として訪問されたマニアがいたとのことでした、受託者さんは驚いていましたが、果たしてそのような方が本当に存在したのかどうか?ということです。

NO.1469に尺も多く書いてありますが、もう少し掘り下げてみたいと思います。

局番号99775の上仁頃簡易局が当時の最後だったそうですが、inukugiさんの局所コード順一覧>北海道を見てみますと、90001札幌中央から始まって、91001大津、92001本厚岸、93001根室・・・99001網走・・・99805瑞穂となっており、99775上仁頃よりも後に、一時閉鎖中の局を除いても7つの簡易局があります。

1つ後の99776活汲は不明であるものの、2つ後の99779日吉は1996.4.1設置となっており、99775上仁頃が局番号順の最後だった時期は、少なくともそれより前の時期であったことが判り、1996以前すなわち平成8年、今から30年ほど前のことだったのが判ります。

では、北海道において局番号順に廻ってみるとは、どういうことでしょうか?

90マルチは石狩支庁・後志支庁・胆振支庁・日高支庁管内でしたが(※)、札幌・小樽・室蘭・余市・岩内・石狩北・伊達・えりも と気持ちよく廻っていったことでしょう。(※振興局・総合振興局となったのは2010年4.1より)

94マルチに入ると奥尻島があります。島内に4局ありますが、前後の局が瀬棚町・北檜山町・今金町・大成町(いずれも平成の合併前の町名)であり、奥尻島には4回渡る必要があります。

98マルチでは焼尻島と天売島がありますが、1島1局ですので、各1回渡るだけで済みます。99マルチでは礼文島4局と利尻島7局がありましたが(※)、前述の奥尻島同様に礼文島には4回、利尻島には7回も渡る必要があります。(※礼文島の一時閉鎖局1、利尻島の廃止局1を含む)

北海道内では5離島がありますが、なかなか手間も暇もかかる廻り方です。北海道は全部で1500局ほどあったことでしょうが、北海道在住者であれば地元であると考えて、チャレンジ出来ないことは無いことでしょう。もちろん北海道在住者でなくとも、チャレンジができるかと思います。

では、00001中野サンクォーレ内局からの東京都ではどうでしょうか。離島としては伊豆諸島や小笠原2局があり、017××とまとまっているものの、島から島へ度々渡って廻る必要があります。特定局で10島24局さらに簡易局で3島3局あり(現在は、一時閉鎖中が1局)、北海道内5離島の比ではなく、驚くほどの手間暇がかかります。

01203宮内庁内局は一般客は利用不可であり、コメント欄で誰かさんがおっしゃってたように、00001からスタートして01203で断念するというオチもあるのかも知れません。

離島の多い長崎県・鹿児島県および沖縄県でも、相当の手間暇がかかる趣味活動です。

結論が出ましたね。全国を局番号順に廻ること、これは独りの個人では無理というものです。せいぜい、北海道内だけとか東京都内だけで、死に物狂いで廻り続けて達成する記録であることでしょう。

まあ、こんなことを同業者の皆様に質問してみたいと思ったのでした。

2026年8月19日 (水)

1479.郵便局めぐり・旅行貯金などの愛好家の数

先日(7/31)行われたマニアの集会・ゆうちょラリーの懇親会(ブログNO.1476参照)の際に、参加の皆さんに質問しておきたいことが2つありました。

一つは、表題の件です。もう一つは、次回に掘り下げますので、その際にお話しすることにいたします。

これは、そもそも去る7月上旬に、鹿児島県の三島村フェリーの中で出会った‘離島マニア’のK氏に質問された事柄でした。

私からすると、いわゆる‘同業者’の数なのですが、その時にも1万人ほどはいるのではないかと答えておいたのですが、自信の有る回答ではありませんでした。

Dvd すぐにSNS上の『郵便局巡り(貯金旅行・風景印・郵趣・ポストなど・・・)』のグループに投稿して質問してみましたが、それに関しての反応が今ひとつで、私の1万人ほど でどうでしょうか?と言う投げかけに対して、九州の大御所さんからの妥当なところでしょうと言う応答があったのみで、その他の方からは‘いいね’ボタンこそ17個いただきましたが、その他の投稿に埋もれてしまい、モヤモヤしたままでした。

その1つ前にしておいた三島村3島4局の訪問の報告では、いいねボタンを32個貰っていたのですが、上記の質問はスルーされてしまったようです。

これはFacebookの中で、私が参加しているグループの一つなのですが、これの参加者は現在1,380人となっております。

Facebookでは、その他に2つのグループに参加しており、『簡易局LOVE』の参加者は684人、『丸型ポストの会』の参加者は1,612人となっております。私のように、重複して参加しているメンバーも多いかと思いますが、1,000人は優に超え、2,000人は確定であると言って良いと思います。

そもそもFacebookなどは、やっていないマニアも多く、私もつい数ヶ月前まではこれらのグループに参加しておらず、閲覧専門でした。ですので、その5倍くらいは、いるのではないかと考えても間違っていないと思います。

冒頭のゆうちょラリー懇親会では、事務局には事前に質問の機会を求めていましたが、手狭な会場でワイワイガヤガヤの中での開催でしたので、参加者に質問ができる機会などはなく、一部の知り合いに聞いて廻ることが精一杯でした。

聞いて回った限りでも、1万人ほどあるいは1万人超 と言う数は、妥当であろうと言うことでした。

先日亡くなったよろず評論家の山田五郎さんの『山田五郎アワー 新マニア解体新書』(Wikiは こちら)の16.旅行郵便貯金マニア に出演されたT氏も、その中で1万人超はいるのは間違いないとおっしゃっており、少なくとも1万人と言う私の見立ては間違いないとの結論になりました。

※写真は、2025年度の表彰状と山田五郎DVD。観てみたい方は、お貸しいたしますよ。

 

2026年8月15日 (土)

1478.浦和駅・北浦和駅・東浦和駅・・・中浦和駅

7/31に新橋駅から中浦和駅に乗車したときに思ったことがありました。

○○浦和駅は多いんじゃないかな?地元のさいたま市の人は、間違えないのかな?

私は、武蔵浦和駅の次が中浦和駅なので、武蔵浦和駅で間違えて降車しないように、ドキドキしていました。

Photo_20260811203401 ‘浦和が付く駅名’で検索してみると、8駅あるとの回答でした。

京浜東北線・高崎線などの北浦和駅・浦和駅・南浦和駅、武蔵野線の東浦和駅・(南浦和駅)・武蔵浦和駅・西浦和駅、埼京線の(武蔵浦和駅)・中浦和駅、それに埼玉高速鉄道の浦和美園駅の8駅です。

東西南北中に本家浦和と武蔵浦和および浦和地区の美園駅の8つです。

さすがの本物の政令指定都市・さいたま市であります。なんちゃって政令市の浜松市に住む私・稲生は、乗換案内に頼ることでようやく間違えずに訪問できるのみで、異世界に飛び込んだ井の中の蛙が、ドタバタするのみであります。

大学ゼミ同期にさいたま市在住者が2名いましたので、ちょっと質問してみました。これらの駅のイメージが頭の中に湧いてくるのかどうかを。

やはり1つぐらいは、おぼろげであるようでしたが、まあまあ、正確に覚えているようでした。

さいたま市において浦和と永遠のライバルである大宮は、交通の要所・結節点であるのですが、‘大宮のつく駅名’は、大宮駅・北大宮駅・大宮公園駅の3駅だけでした。(※東大宮駅と西大宮駅もありました。計5駅です。:8.16 9:00追記)

と言うわけで、今回は、閑話休題的なお話しでした。

2026年8月11日 (火)

1477.令和8年熊本地震の影響

改めまして、今回の熊本地震における被災者の皆様、熊本県の皆様、心よりお見舞い申し上げます。復旧の道は果てしなく長いですが、心を強く持って、負けることなく前に進んで行って下さるよう願っております。

熊本地震では、郵便局も被災しました。震災直後は、多くの局が閉鎖しました。8/5の公示では26の郵便局が閉鎖しておりましたが、8/10の17時現在では5局の閉鎖に減少しております。

爆発による建物崩壊のあったイオンモール熊本では、7名のテナント従業員がお亡くなりになりましたが、地震当時3,000人ほどの来場者と1,400人前後の従業員がいて、直接避難したり、避難誘導により屋外へ避難できたのは、ある意味驚異的なことと捉えています。これが徹底できていなければ、相当大勢の犠牲者が出ていたことでしょう。

Photo_20260809102301 さて、イオンモール熊本には郵便局が設置されております。2023(R5)7.18の設置でしたが、私は半年後の2024(R6)1.30に訪問をしておりました。窓口貯金可能時間が10:00~17:00の時間スライド局でしたので、熊本市内を廻ったあとの締めとして廻っておりました。

今は一時閉鎖中の扱いですが、建物が壊れておりますので、元どおりイオンモール熊本の店内で再開することができるのか、イオンモール熊本本体が再建しない限り難しい状況であります。

実は熊本県の郵便局を、今年4/2122・23の3日間を最後に完訪しており、その際に廻った中に、被災地となった宇城市や氷川町や八代市の郵便局が含まれております。

昨年の8月豪雨で裏山が崩れて閉鎖している下岳局の局長は、八代市の某局に異動しており、その際に、この方と直接お話しをしているのですが、異動先の局も今回の被災による閉鎖リストに入っており(8/7に再開)、去年・今年とダブルで災難にあっていたことになります。

その最後の熊本遠征では、1泊目が嘉島町のホテルAZと2泊目が氷川町のホテルAZに宿泊しております。ホテルAZのHPを見ると、氷川町の宮原店は一時休業をしているようです。(9/1より営業再開:9/10追記)

ついこの前、訪問したり宿泊したりした場所が、被害にあって閉鎖している事実は、大変心が痛む話であります。

10年前に益城町で震度7を観測した平成28年熊本地震でも、多くの郵便局も被災しておりましたが、そもそも私が熊本県を廻り始めたのが、その2年後から今回の地震の直前となる3ヶ月前まででした。益城町などでは、復旧の様子を伺っておりましたが、何ゆえ熊本ばかりが被災するのか、理不尽でしかありません。

※写真は、在りし日のイオンモール熊本内郵便局。

2026年8月 7日 (金)

1476.埼玉‘落ち穂拾い’&東京‘マルチ捕り’&ゆうちょラリー懇親会-夜の部-

前の記事の続きです。

14時50分に星乃珈琲に入ってからは、1時間40分ほど粘りました。その間、SNSで本日の成果の報告をしたりして。

2026_20260806025201 それでも、一人で喫茶店で粘るのには限界があります。会場である八丁堀へ向かうことにしました。17時半には到着してしまいましたが、案の定一番乗りでした。二番目がI氏(八尾市の方)、三番目が九州の大御所I氏です。18時15分までは中に入れてもらえず、二番乗りのI氏と歩きながら雑談などをして過ごしました。

さて、どうして夏のクソ暑い時期に参集するのでしょうか?

ゆうちょラリーは年度制をとっており、4/1から3/31までの1年間の成果を争うものとなっており、応募期間が該当期間の終了直後の4月末までとなっております。それらの集計を事務局の方が手弁当で行う必要があり、締め切りから2ケ月後の6月末ごろを目途にこれを終了しております。その結果の発表が最近は遅れがちになっておりますが、7月上旬にはされております。

どうやら、学校関係者が事務局側に多いようで、その方の時間の自由になる夏休み期間に会が催されることになっているようです。

今回の私・稲生の順位は第14位でした。2008年度から17回連続で参加しておりますが、これまでの最低だった参加初年度の第12位を抜いて、最低記録の順位でした。(私の参加の記録は⇒こちら

2026 すでに日本全部を完訪されている九州のI氏や限りなく完訪に近づいている八尾市のI氏は、私より下位におりました。最終段階に入っている方は、そもそも預入局数が少なくなっているためです。私は544局でしたが、両I氏のそれは92局と102局です。これにマルチを多く拾っても数字が伸びることはありません。

預入総数は4桁の1,000局以上が理想です。今年は4名しかおりませんでした。マルチについては、65を摂った方が1位でした。65は全マルチのコンプリートです。その方が栄えある1位を獲得したのです。充実した1年であったことでしょう。

さて、今回の会場ですが、例年開催されていた新富町のホテル会場からピザ屋に変更になっており、10畳ほどの店内(※)に34名を入れ込んで、ごった返しでした。手狭な会場では、私も一言発言の機会をお願いしていましたが、話し合いなどはできることもなく、ワイワイガヤガヤの2時間を過ごすのみでした。(※訂正です。20畳弱でした。)

どうやら、会場選びに失敗した年だったようです。事務局の方には、来年は元の場所での開催を希望しておきました。

真夏の夜の祭典は終わりました。エネルギーチャージをしたマニアの面々は、明日からは再び、一人一人の単独行動の旅を始めていくことでしょう。

※ここで訂正です。店内の広さですが、僅か10畳ほどではなく20畳弱でした。10畳で34人ですと長崎県久賀島の‘牢屋の窄’に近づいてしまいますので、ここは店の名誉のためにも、訂正させていただきます。

2026年8月 4日 (火)

1475.埼玉‘落ち穂拾い’&東京‘マルチ捕り’&ゆうちょラリー懇親会-昼の部-

◎令和8年熊本地震で被災された方々、熊本県の皆さん、心よりお見舞い申し上げます。

本文に入らせていただきます。7/31(金)の猛暑厳しき日に、郵便局マニアが年に一度集まるオフ会が東京都中央区であり、そのために上京しました。

例年のことながら18:30開始のため、その前に各々がそれぞれの局メグをしたのちに参集することになります。これが‘変態’なるマニア集団の当たり前の行動様式であります。

Photo_20260803193401 何ゆえ、こんなド暑い時期にやるのかというと、それらしい理由は、次号となる夜の部の冒頭にでも、つぶやいてみることにして、この日の昼の部の私の行動を振り返ってみることにいたします。

‘マルチ捕り’としては、埼玉県の03は‘落ち穂拾い’として廻る際に必然的に捕れるとして、東京都の‘00’‘01’‘13’の3つのマルチを効率よく廻って行くことのできるプランを組んでみました。

自宅(浜松)⇒中央区・晴海⇒さいたま市・南区⇒志木市⇒板橋区であります。

遠鉄電車遠州小松駅を7:36発にて浜松に出て、8:17発のひかりにて東京駅9:42着で山手線外回りにて新橋駅に進み、東京BRTバスにて晴海ふ頭公園バス停で下車して、1局目の晴海西局には10:15頃の到着です。私は再々訪(3度目の訪問)であります。まずは‘13’マルチをゲットしました。

現在‘13’マルチは、この局(13004)と稲城市のSOCOLA若葉台局(13001)の2局しかないため、稲城市は遠いので23区内のこの局を目指すものが多いのです。R6(2024)年に晴海西局が設置されるまでは、SOCOLA若葉台局を目指しておりました。私も3度ほど訪問しております。

局員さんには「本日はマニアの集会があるため、この手の者の訪問が多いですよ」とつぶやいておきました。夜の部でお会いしたI氏(八尾市の方)が16時前に訪問した際に、局員さんが「今日は(同業者が)多かったです」と予想通りの言葉があったそうです。

Photo_20260802164601東京BRTバスで新橋駅まで戻り、東京上野ラインにて赤羽駅で埼京線に乗り換え中浦和駅には11:40に着きました。高架駅となっている東端の高架下に中浦和駅前郵便局はありました。閉鎖していた浦和鹿手袋局が本年5.11に再開移転改称した局です。

次の局へは、大変効率の良い移動方法がありました。中浦和駅前局前、徒歩3歩の国際興業バス停より志木駅東口行きで15箇所目の市場坂上バス停で下車し、徒歩5歩で志木本町郵便局の敷地内に入りました。(12:35頃)こんな効率の良い移動はなかなかありません。中浦和駅前⇒志木本町の順で行くことが必要です。逆順では向かい側のバス停になってしまいますので。

志木本町局は、本年3.16に志木上町局が移転改称したものです。この2局の訪問により15回目の埼玉県の完訪ですが、9月中旬に川越に移転改称局ができるようで、束の間の完訪期間でしかありません。

志木駅エキナカで昼食をゆっくり摂り、東武東上線にて10駅目の大山駅で下車し、板橋ハッピーロード局で‘01’マルチを大山駅前局で‘00’マルチを摂りました。これにて本日の郵便局めぐりのメニューが全て終了です。時間は、まだ14時50分ですので、商店街にあった星乃珈琲で時間調整の長い休憩をとりました。

この続きは、次回の夜の部の投稿にて、展開していくことになります。

※写真は、上が中浦和駅前郵便局、バス停の位置を見ておいてください。下が志木本町郵便局。

2026年7月31日 (金)

1474.京都・兵庫‘落ち穂拾い’&滋賀・大阪・奈良‘マルチ捕り’局メグ-後半-

前の記事の続きです。

池田細河局からは、阪神高速・池田線より名神高速に乗り、阪神高速・神戸線にて神戸北野局までは、約42㌔55分かかりました。(13:20頃)これらの高速を使うのは、神戸攻めをしている時に使っていた道でしたので、聖地巡回の行動の一つです。生田川出口からもナビの指示に従って進むだけです。

Photo_20260729022801 6局目の神戸北野局は、神戸中山手局が去る7.8に移転改称したばかりの局で、神戸の街並みに似合った瀟洒な佇まいの局でした。ここには風景印が設置されており、それも所望してみました。この局の訪問により兵庫県の7回目の完訪となりました。

この神戸北野局には‘43’マルチが付与されていますので、同じ神戸市中央区である神戸ポート局にて‘42’マルチを取得すべく約1.7㌔ほど移動します。この際に、猛暑の中を歩いている観光客を横目に見ることぐらいが唯一の観光なのかもしれません。何しろ郵便局めぐりというものは、「観光とグルメはしない」のがお約束なのですから。

一つの県で複数のマルチがある県では、ゆうちょラリーをやっているものとしては、ついでに訪問することは必要なことですが、隣接したあるいは間近かな局を選択するのに、便利な方法をご存知でしょうか?それは、inukugi:webを利用することで、簡単に選ぶ事ができます。

各市区町のページまで進むと、局番号順に郵便局が掲載されているからです。でも、東京の‘13’マルチは2局のみ、千葉の‘10’マルチは10局のみ、福岡の‘75’マルチは1局のみという基礎知識を持っていないと、いたずらに無駄な努力をする羽目になりますので、注意が必要です。

Photo_20260729024301 兵庫県の二つのマルチを拾ったあとは、岡山県や四国の徳島県あたりに向かっても良いのですが、日帰りで来ていますので、自宅方面に帰らなければいけません。帰り道として奈良県を目指すことにします。阪神高速の京橋出入口より神戸線・大阪港線・東大阪線を進み、最後は第二阪奈道路の壱分ICで降りて約53㌔1時間かかりました。(15:25頃)

大阪市内・大阪府内を横断するコースなのですが、ナビに従って進むだけです。どの道も過去に利用していますので、都市間の有料道路といえど、それほど難しいわけではありません。それでも、すでに高齢者となっておりますので、関東圏の首都高速などはなるべくなら避けておきたいところです。

ラストとした生駒市の南生駒局は、かなりの田舎の局でした。それでも番号札発行機が設置してあり、これを敢えて引くとなんとNO.1が出てきました。これは凄い記録です。私が経験したNO.1の番号札をゲットした最遅時間であった15:25とタイ記録となりました。1位の記録とは、どこだったのかと言うと、福岡県嘉麻市の上山田局でした。ブログNO.1390の後段に詳しく書いてあります。

この局にて‘45’マルチをゲットしたことで、関西5府県を跨いで7つの‘マルチ’を捕ったことになりました。自己満足ながら充実感を得た上で、帰路に着きます。奈良県に来ても奈良公園の鹿を見学することはありません。

生駒市では、ガソリン給油をして、お金を落としたのちに、西名阪道・名阪道路・東名阪道・伊勢湾岸道および新東名高速にて帰宅しました。帰宅時間は20:20頃でした。そして、この日の総走行㌔は653㌔でした。

※写真は、上が神戸北野局。下が神戸ポート局。こちらも小綺麗な局でした。

2026年7月28日 (火)

1473.京都・兵庫‘落ち穂拾い’&滋賀・大阪・奈良‘マルチ捕り’局メグ-前半-

酷暑となった7/23(木)に、京都・兵庫両府県の‘落ち穂拾い’と滋賀・大阪・奈良3府県の‘マルチ捕り’をマイカー自走にて実施してきました。

郵便局めぐり・旅行貯金の趣味に近いと思っている離島めぐりのどなたかさんに、観光もせず郵便局だけを巡るのは、充分に‘変態’だとお褒めの言葉(笑)をいただきましたが、地元浜松市の3つの観測地点(佐久間・天竜・浜松)において、40℃超えの日に表記局メグを実施したのは、どう見ても‘変態’の成せる技であります。

Photo_20260727150601 成果としては、宇治市と京都市及び神戸市の移転改称局を訪問して、京都府の8回目兵庫県の7回目の完訪となりました。さらに隣接府県の‘マルチ捕り’も実施したことで、計7つのマルチをゲットしており、自己満足度は高いものがあります。

記録としては、一日の訪問都道府県数において、5府県訪問は4位タイの記録となりました。と言っても、4位同数が13回ありますので、4位から16位となりますが・・・

それでは、順を追って詳しく見ていきましょう。

‘落ち穂拾い’の宇治市の前に、名神高速の瀬田東ICで下車して大津市の石山別所局を拾うことで、‘46’マルチを捕るべく、ここを1局目としました。(9:00)年寄りの超早起きにより早朝4時に自宅を出発していますので、高速を降りる手前の草津PAにて1時間半ほどの待機休憩をしております。

石山ICより京滋バイパスに入り巨椋ICで下車して、2局目の宇治中ノ田局には9:30前に到着しております。地元のマツヤスーパーの店舗内に入居しており、本年2.24に宇治蔭田局が移転改称した局であります。

Photo_20260727145501 まだ、それほどの暑さではないと思っておりましたが、ズボンのポケットに入れておいたスマホが高熱により使用が出来なくなっておりました。しばしの時間経過後の再起動により復旧させました。

続いて、約16㌔先の京都市下京区の京都高辻室町局を目指すのですが、無料優先で向かう予定が、前述のスマホ対応に時間をとってしまっており、有料道路(第二京阪道)を使いました。ここへは10:30頃の到着で、コインパーキングに車を置いての訪問です。本年4.20に京都若宮松原局が移転改称した局です。

宇治市と京都市の移転改称の2局の訪問によって京都府の8回目の完訪です。京都に来て京都を見ずに神戸市に向かうことにいたします。

続いて、大阪府の‘40’と‘41’の2つのマルチを拾ってから、兵庫県入りするのですが、新名神道の箕面とどろきICで下車して池田市北部の池田伏尾台局と池田細河局をチョイスしてみました。

大阪府の市街地の賑やかなところを回避して、かつ隣接した局を‘マルチ捕り’として訪問しており、我ながら良いチョイスであると自画自賛しております。

尺の関係で、前半・後半に分割させていただきます。後半に続きます。

※写真は、上が石山別所郵便局。下が京都高辻室町郵便局。

2026年7月24日 (金)

1472.最近の小ネタ(70歳時がん検診・浜松市プレミアム商品券)

今回は、最近の小ネタです。

私・稲生は今年の誕生日が来ると、とうとう70歳になることになります。そこで、5年刻みで受診できる浜松市のがん検診を受けてみました。

北海道・道東大遠征の前の週である6月最終週・7月最初の週のことです。

胸部レントゲン・心電図・検尿や血液検査などの基本検査のほかに、大腸がん検査(便潜血反応検査)・前立腺がん検査(問診・PSA検査)と受けて、胃がん検査はいわゆる胃カメラによる検査を受けました。

その結果、再検査または不可となるような病変は見つかりませんでした。もうちょっと、世の中に存在しても良いようです。いわゆるお迎えは来ていないようです。

Photo_20260722143301 それから、帯状疱疹ワクチンというのも、接種しておきました。1回接種する生ワクチンによるものと、2回接種を必要とする組み換えワクチンによるものがあるようですが、私のような免疫抑制剤を服用しているものは、後者の方が良いとのことでした。ですので、その週には1回目を接種してあります。2回目は2ヶ月後だそうです。

この組み換えワクチン接種による予防効果は9割程度あるそうで、私の場合、すでに2度帯状疱疹にかかっていますので、なんとか3度目は回避できる見通しです。そう信じております。

これらにかかる費用は、特定健診が500円で、その他は無料で受けられました。帯状疱疹ワクチンなどは2回接種で自己負担額が18,000円×2がかかるようですが、市民税非課税世帯は無料ということで、大変ありがたいことでした。

次に、浜松市プレミアム商品券についてです。

浜松市物価高騰支援商品券事業として、「プレミアム付商品券」及び「生活支援商品券」の二つの事業がありました。(詳しい説明は こちら

Photo_20260722143401 「プレミアム付商品券」の方は、1口3,000円の購入で6,000円分の商品券が当選するとのことで、一人3口まで申し込み可能で、抽選により当選が決まるというもの。我が家では98歳・91歳の両親と69歳・67歳の我々夫婦の計4人分を応募してみて、2口当選が3名、1口当選が1名の計7口が当選しました。

3,000円×7口=21,000円の支払いで42,000円分の商品券をゲットできました。

これの申し込みも引き換えも、私が全て担当してやりましたが、このほど妻に聞いたところ、もうとっくの昔に使い切ったとのことでした。エンゲル係数の大きな我が家では、その消費も早いようです。

「生活支援商品券」については、浜松市による説明(上記括弧内のリンク)の後半に記載がありますが、65歳以上の住民に対して、一人3,000円を配布してくれるとのこと。我が家は4人全員が該当者ですので、3,000円×4人=12,000円分の商品券がゲットできました。

それらの受け取りは、近くの郵便局でできるというもので、前者の方(プレミアム付商品券)は申込時に郵便局を指定できますが、後者(生活支援商品券)の方は市が郵便局を指定して来ており、我々のエリアでは浜名地区の西端にある染地台(いわゆる、きらりタウン)の方など、東南端にある小松郵便局を指定されており、そんな郵便局などどこにあるのか良く判らないなど苦情が殺到したようで、交換を開始してまもなく市内のどこの郵便局で交換しても良いことになりました。

「プレミアム付商品券」などは印刷ミスがあって遅延していたり(プレミアム付商品券がまだ届かない、コラム)、この指定郵便局の混乱など、市が行うイベントでは、毎度のことながら手違い間違いが発生しているようです。これも含んで日本旅行に丸投げしている市役所の責任ですが、今さら怒ってもしょうがないことです。お役所仕事ですから。

2026年7月20日 (月)

1471.釧路総合振興局!釧路国(‘92’マルチ)完訪!!

今回の北海道・道東大遠征において、表記の完訪を果たしました。

釧路総合振興局は、14ある総合振興局・振興局の中で7箇所目の完訪であります。R5.8.23に留萌、R6.6.13に根室、R6.10.4に檜山、R7.6.11に宗谷、R7.10.3に後志、R8.5.21に渡島と順調に完訪を進めてきました。

Photo_20260719162101 14分の7箇所目の完訪ですので、ちょっと話を広げてみます。

各振興局・総合振興局の完訪時局数は、留萌が32局、根室が44局、檜山が36局、宗谷が44局、後志が99局、渡島が138局そして釧路が80局です。

7つのうち、1箇所目から3箇所目の留萌・根室・檜山は振興局で、4箇所目から7箇所目の宗谷・後志・渡島・釧路は総合振興局です。完訪するということは、全てを廻るということですので、小さなところから完訪がなされるのは、至極当然のことであります。

残る7つの総合振興局・振興局は、当然ながら大きな局数を有しており、なかなか一筋縄では行かないところです。稲生調べによると、オホーツク総合振興局管内には126局、上川総合振興局管内には150局、十勝総合振興局管内には110局あり、オホーツクでは残り71局、上川では残り72局、十勝に至っては15局しか廻っていないため95局が残っています。

そして何といっても大票田があるのは石狩振興局です。札幌市が239局を有し、江別市・石狩市・千歳市などの71局を加えて計310局となっており、そのうち訪問済みなのが、札幌市で47局、石狩市で全15局など計70局のみであり、ここを制した際が北海道の完訪を果たすときであるはずです。

Photo_20260719163101 次に釧路国の完訪についてですが、ここで気を付けなくてはいけないのは、十勝総合振興局管内の足寄町に4局、陸別町に1局の‘92’マルチの局があり、これらを含めて85局が釧路国のエリアであり、そこの完訪に至ったということです。

北海道の旧国は、千島国を除いて10国あり、最初に根室国の全44局を、次に天塩国の全71局、後志国の全99局、渡島国の全150局を完訪していき、今回の釧路国の全85局完訪が5箇所目となりました。

ちょうど半分の5国の完訪なのですが、胆振国は全149局のうち18局のみ、日高国は未訪、石狩国は石狩振興局・空知総合振興局・上川総合振興局(一部天塩国・胆振国のエリアあり)から成り立っており、まだ正確に数え切っていませんが、物凄い局数であることに間違いありません。

今回は、統計的な手法で話しを展開してみました。ためになりましたか?それほどでもなかったですね。

※地図は、上が釧路総合振興局のエリア。下が釧路国の当初のエリアを示したもの。地図上の現在の美幌町・津別町のエリアは発足12年後に北見国に編入されている。詳細は釧路国Wikiを参照してください。

2026年7月17日 (金)

1470.北海道・道東大遠征のご報告-その3-

前の記事の続きです。

最初に言い忘れていましたが、今回の遠征時の天候は、曇り時々晴れの日々で、最高気温20℃から22℃で最低気温は15℃程度の過ごしやすい陽気で、梅雨空の本州から逃避してきており、緑の季節に緑の大地をドライブしており、爽やかで気分上々な日々を送ってきました。

Photo_20260716160601 釧路市内に宿泊後の四日目(最終日)は、釧路市街地の中部・西部で24局を廻り、庶路・白糠・音別と初日にスルーしていた局を廻りました。計30局です。すでに釧路町に隣接する釧路市東部は、前回の道東大遠征の際に9局廻っております。

1局目を8年前に新規設置されたイオンモール釧路昭和内局としました。こういったモール内の局は、混みあわないうちに廻るのが吉であります。

11局目としてフィッシャーマンズワーフ局を訪問しました。10~17時の時間スライド局ですが、この日は最終日のため帰路を急ぐと言うこともあり、この恩恵を使うことなく、通常の順番通りに訪問しました。観光客用の魚市場仕様の店舗の中にあり、局前には丸型ポストが鎮座しており、激写してFacebookの丸型ポストの会に投稿しておきました。

釧路総合振興局管内の67局の直営局を対象に風景印巡りというのを、昨年8.1より今年7.31まで開催しており、そのための台帳を1冊2,000円で販売していました。少し拝見させていただきましたが、中身は各局の歴史など大変充実した詳しいものでした。私も北海道在住なら、このイベントに参加してみたいと思いました。

Photo_20260716160701 15局目にゆうちょ銀行釧路店を訪問しましたが、ゆうちょ銀行への訪問も累計231局目となり、残りは3店舗となりました。札幌東・帯広・那覇です。余談ですが、旭川には中央郵便局があるのに、ゆうちょ銀行化しておりません。これは謎であります。

ラストの音別局は音別町が平成の大合併時に、隣の白糠町ではなく釧路市と合併したため、釧路市の飛び地となっております。それがどうしたとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、マニアにはチェックしておくべきポイントなのであります。

音別局を最後に訪問して、釧路総合振興局管内の80局ならびに釧路国・‘92’マルチとしての85局を完訪としました。

音別局のあとは、釧路市街地の星が浦あたりまで戻り、モダ石油釧路店で給油後、約16㌔離れたニッポンレンタカー釧路空港営業所に返却しました。

釧路空港は二回目の利用であり、前回は空港入口のたんちょうの像の写真を撮って喜んだのですが、よく見ると牧場の牛の親子や魚を捕獲した大型フクロウやヒグマの親子やエゾシカの親子もそれぞれ設置されており、激写してみました。サイズが小さいですが、こちらからご覧ください。

以上で、4日間にわたる道東大遠征のご報告を終わらせていただきます。

※写真は、上がイオンモール釧路昭和内にあったぽすくま。下がフィッシャーマンズワーフ局前の丸型ポスト。

2026年7月14日 (火)

1469.北海道・道東大遠征のご報告-その2-

前の記事の続きです。

北見市街地に宿泊後の三日目は、37㌔先の女満別局を1局目として、北見市に合併した常呂・端野を経て美幌市街地に入ります。4局目の常呂局の局前のポストは、カーリングの街らしくストーンが鎮座していました。

Photo_20260713164701 8局目となる上仁頃簡易局(99775)では、にわかに信じられないことを伺いました。何年か前の話ですが、ある局メグ家が為替番号順に訪問してきて、当時の最後がこの上仁頃簡易局だったとのことです。東京の00001番から順番に廻ってきたとのことです。

日本中の郵便局を廻り切ることが神様級のことなのに、この方は局番号順にこつこつと廻り切ったというのです。Facebookの旅行貯金のグループに、このことを投稿してみましたが、やはり反応は薄く、一つの県たとえば東京都とか愛知県とかを局番号順に廻る方はお見掛けしたことがあるとのコメントをいただいたのみでした。

この受託者さんは、少なくとも上仁頃簡易局の99775までの通帳は拝見しているものの、それより前の通帳は見ていないので、結論としては北海道管内について局番号順に廻り終えたのではないか、と推察することといたしました。それほど、信じがたいお話しでありました。

さて、三日目の局メグに話を戻します。8局目の上仁頃簡易局から9局目の端野局への道が、事前に調べてきた道ではなく、北見市街地寄りの道をナビが指示をしたため、近くの北見春光局に立ち寄るかどうか迷ったのですが、11局目の美幌駅前局の12:30からの昼休み休業が気になっており、これはスルーすることにいたしました。

Photo_20260713164801 13局目の美幌南局は12局目の美幌局から数百メートルの距離にあり、近すぎると思いました。また、14局目の稲美簡易局はATMも設置してある立派な簡易局でした。

18局目の津別局の近くに24.11月から閉鎖中の津別豊永簡易局がありますが、何やら再開の動きがあるようです。ということは、もう一度津別までやってくる必要が出てきたということです。これは、痛いお話しです。

20局目の北見相生局を過ぎて、釧北(せんぽく)峠を経て、阿寒湖温泉にある阿寒湖郵便局をラストとして訪問しました。観光客も多かったのですが、エゾシカ(♀)が道路を横切ったのにはビックリしました。

阿寒湖局では、読み終えたばかりの『阿寒に果つ』の話を局員さんにしましたが、ご存じないとのこと。五十嵐淳子は知っているようでした。

ここがラストですので、お土産屋で孫のお土産に‘まりもっこり’を購入後、阿寒湖と遊覧船を写真に納めてこの日の任務を終了しました。

ということで、最終日は-その3-でのご報告となります。

※写真は、上が美幌駅前郵便局。下が阿寒湖観光船のりば。

2026年7月11日 (土)

1468.北海道・道東大遠征のご報告-その1-

7/6から9までの4日間の日程で、道東大遠征を実施して、阿寒に果てることなく(笑)、無事に帰ってきました。

概ね事前の予定通りでしたので、その明細はNO.1466で示してあるとおりであり、ここでは初日より順を追ってご報告していきましょう。

Photo_20260713144001 初日の釧路空港13:55着からのレンタカー受け取り後、14:22に出発しましたが、庶路・白糠・音別をスルーして十勝地方に入り、浦幌町の厚内局を1局目、常室簡易局を2局目としました。空港営業所から厚内局までは48㌔1時間ほどかかりました。

3局目の浦幌局は16時を2分程過ぎてしまいましたので、ATM貯金+窓口押印となりました。まあ、これは仕方がないというか、予定通りでもありました。

白糠町に宿泊後の二日目は、白糠北部の3つの簡易局を皮切りに廻っていきましたが、ここで判ったことは白糠町の計5つの簡易局は白糠町が受託者となっていることでした。これならば、町の方針が変わらない限り閉鎖はないかと推察いたしました。

3局目の北進簡易局から4局目の上浦幌局までは局間が長く、途中の釧勝(せんしょう)峠越えで約31㌔35分ほどかかりました。

5局目となる本別町の銀河線本別駅内簡易局は、2006年に廃止された本別駅を道の駅として営業している建物の中にありました。足寄町に入り、松山千春の実家の前で激写してから局メグ活動を進めました。義妹がロン毛時代の千春のファンだったため、代参としての聖地巡礼をしておきました。

Photo_20260713144201 足寄町の7局のうちの4局、陸別町の2局のうちの1局が、釧路国に属する‘92’マルチであり、釧路国および‘92’マルチを完訪するための必須なる局メグでした。

15局目の陸別局から16局目の勝山局までも局間が長く、池北(ちほく)峠越えで約39㌔45分ほどかかりました。オホーツク総合振興局管内入りです。

勝山局では、丸型ポストが入口に鎮座していました。次の置戸局も同様です。これらは、この日のうちにFacebookの丸型ポストの会にお知らせしておきました。

二日目としては20局廻りました。局間の長い二つの国を跨ぐ峠があったこともあり、局数は伸びませんでした。それでも、ラストの訓子府局は、ジャスト16時とオフサイドギリギリの好プレイでした(笑)。

三日目以降については、次回の記事となります。

※写真は、上が足寄町にある松山千春の実家。下が置戸郵便局。

2026年7月 7日 (火)

1467.映画『阿寒に果つ』&小説『阿寒に果つ』

ライター稲生は、道東大遠征を実施中ですので、一つ繋ぎの記事をお届けいたします。

『失楽園』で有名な渡辺淳一の私小説的な側面を持った小説が表題の『阿寒に果つ』です。ちょうど今回廻る予定の局の一つに阿寒湖郵便局がありますが、この本を読むきっかけは、この小説を映画化した同名映画に五十嵐じゅんが主演で出ていたことによります。

Photo_20260703163602 五十嵐じゅんは、後に五十嵐淳子と改名し、俳優の中村雅俊に出会い結婚し1男3女を育てあげた良妻賢母なお方ですが、今年4月に73歳にて逝去されました。

18歳でデビューし清純派アイドルとして人気を博しますが、デビュー前に1週間ほど銀座の高級クラブでホステスとして働いていたことをスクープされると、徐々に人気が衰え、一旦引退をしてしまい、2年ほど経過したのちに、この映画『阿寒に果つ』で再スタートをした方です。

当初、この映画は山口百恵の主演に決まっていたのですが、裸体シーンなどの問題点があり、主演女優を決め直すことになり、渡辺淳一に映画化の際には私をヒロインにして欲しいとのファンレターを送っていた五十嵐じゅんに決定したとのこと。五十嵐じゅんは、一旦引退をしていた際に、本を読み漁っていたようですが、物凄い意気込みですね。

私・稲生は惜しいことにこの映画を観ていませんが、興行的には今ひとつだったようで、DVD化はされておらず、アマゾンでVHSテープで16万円で売ってはいるのですが、さすがに購入できるはずはなく、やむなく原作である小説『阿寒に果つ』を図書館で借りて、読んでみたのでした。

改めて渡辺淳一の小説『阿寒に果つ』は、高校の同級生・天才少女画家・時任純子が十八歳の若さで厳冬の阿寒湖で自殺したのですが、その20年後に関係の深かった同級生の作者や画家や新聞記者や医者や党の活動家や純子の姉に取材を進めていき、時任純子の生きた証を確認していった物語です。

この小説は、渡辺淳一の自伝的小説とされているように、加清純子という実在の人物がいた実話でした。この加清純子のWikiは、実に詳細に説明されていますので、下手に私が文にするよりも、Wikiをご覧いただければ、よろしいかと思います。

感想としては、高校生らしくない自由奔放な早熟の女性が、生き急ぎ死に急いでしまった物語でした。

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