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2019年9月19日 (木)

775.『引っ越し大名!』

先週木曜は、久しぶりに映画鑑賞をしてきました。星野 源 主演の映画『引っ越し大名!』であります。

あまりパッとしないタイトルですね。おまけに、主演者・星野源の役柄は、“引っ越し大名”ではなく“引っ越し奉行”なのです。

Photo_20190916201701 映画を観た後でしたが、原作も読みました。そのタイトルは『引っ越し大名三千里』です。タイトルとしては、こちらの方が良かったかもしれません。

原作者の土橋章宏氏は、あの『「超高速」参勤交代』の作者でありますので、今回の『引っ越し大名!』も、そっちの路線であります。つまり、これまでになかったユニークな視点での時代劇ということです。

徳川家御家門である越前松平家の松平直矩(劇中:ミッチーこと及川光博)は、生涯7回の国替えをした大名でした。この物語は、その5回目として、姫路藩15万石から豊後日田7万石への、減封の上での国替えをする事となった引っ越し事情を詳しく描いたものであります。

書庫にこもって本を読んでばかりの引きこもり侍・片桐春之介(星野源)が、誰もやりたがらない“引っ越し奉行”に任命されるという、むちゃくちゃな人事から話は始まるのですが、金策やら、人減らしやら、意外なことに書物から得た知恵者ぶりを発揮し、奮闘する物語でした。

この手の痛快時代劇は、肩がこらない映画ですので、私は結構好きです。

2019年9月15日 (日)

774.我が愛すべきベイスターズ!

今日は野球ネタです。その詳細は、もちろんベイスターズネタであります。

こちらのブログには、主たる趣味である「郵便局めぐり」を中心に話題を提供し、書き込ませていただいているのですが、私・稲生の実生活においては、「郵便局めぐり」と同じぐらいに時間を割いているのが「横浜DeNAベイスターズ」への応援であります。

今シーズンにおいては、オープン戦の1試合と開幕直後のナゴヤドームでの1試合のみの試合観戦となっておりますが、これは「郵便局めぐり」に係る時間と費用が多くなっているため、「ベイスターズ」の方への支出を減らして、もっぱらテレビやネットによる観戦に留めているためです。まあ、これから先、日本シリーズに出場が決まれば、ハマスタでの観戦も辞さずとの構えは持っておりますが。

CSでの有料放送も考えていたのですが、今季は出遅れたため、これを見合わせ、無料のBS放送・たまの地上波に、ネット上ではニコニコ生放送・YouTubeによる生放送などを駆使して、ほぼ毎試合、皆さんの予想している以上に熱心に応援しております。

Photo_20190914221801 これらの試合観戦に加えて、SNS内のファンサイトへの応援トピや、試合前後の分析トピなどへの書き込みによって、ベイスターズファン同士で日々盛り上がってきております。

昨夜のヤクルト戦が終わったところで、残り試合は9試合となりました。今は2位の座を死守して、ハマスタでのCS開催権を何としても獲得してもらいたいところです。

オールスターまでの前半戦の成績は、39勝41敗2分けの借金2の2位タイでしたが、その後、7月の後半を7連勝を含み11勝3敗1分けと躍進したものの、8月を14勝13敗と苦しみ、勝負のかかった今月は昨夜が終わった時点で4勝6敗(5連敗あり)と芳しくなく、134試合で68勝63敗3分けの2位となっております。

まだCS勝ち上がりによる日本シリーズ出場という希望も残っておりますので、あと1ケ月ほど、野球を楽しむことが出来そうですが、ここでしいて話をまとめるとすれば、我がベイスターズが目指していた1998年以来のリーグ優勝は実現ならず、今年は1997年であったということになりそうです。

その心は、1997年に2位となった翌年の1998年には、歓喜の優勝(リーグ優勝&日本一)の年となったからです。

2019年9月11日 (水)

773.10月までの予定

10月末までの予定が固まりました。

まずは、来週の3連休明けの9/17から19にて、秋田遠征を実施します。

秋田県は、これまで山形酒田の延長として、象潟南部を無理やり2局廻り、また別の日には、岩手雫石の延長として、これも無理やり田沢湖方面にて3局廻っただけの計5局に留まっております。先週の宮崎遠征と同様に‘たっぷり秋田’として、秋田市・潟上市・男鹿市・大仙市などで79局から85局を予定しております。今は、その準備にいそしんでおります。

Photo_20190911132301 10月に入り、第一週の10/2・3は1泊2日での宮城遠征となります。初日が仙台市内でのレンタサイクルですので、何としても晴れてもらわないと困ります。二日目が名取から角田までの仙南地区へのレンタカー訪問です。

第二週は伊豆諸島の利島と神津島への夜行日帰り訪問です。これも、海が荒れずに無事出航してもらいたいものです。天候が悪ければ11月に延期としますが、秋が深まるほど海は荒れる傾向がありますので、何とか一発回答をいただきたいものです。

第三週は大分遠征です。飛行機だけ7月にポチっとしてありましたが、宮崎遠征から帰って、ようやく中身を詰めてみました。ここも、宮崎県や秋田県同様に、無理やり何とか7局を廻っていたのに対して、‘たっぷり大分’を堪能してみます。初日に国東半島を廻り姫島にも渡りますが、実は、これがメインであります。二日目は宇佐市・中津市、三日目は由布市から大分市内に入ります。

第四週は山形遠征です。当初は、第四週は休養の一週間で第五週に予定していましたが、第五週に用事が出来たため、大分から山形と連荘になってしまいます。山形県では庄内地区に残った44局の刈り取りであります。無事にこなすことができれば山形県の完訪と相成ります。

というわけで、私の趣味の郵便局めぐりも佳境に入っていきます。

※写真は、2年前に訪問した秋田県の田沢湖。

2019年9月 7日 (土)

772.宮崎遠征のご報告

9/3(火)から9/5(木)までの日程で、宮崎遠征を実施しました。宮崎県へは、本年2月の鹿児島遠征の初日に、都城市内で7局ほど廻ったのが人生初の訪問でした。あれから7ケ月後、今度は三日間に亘る‘たっぷり宮崎’であります。

中部国際空港(セントレア)を8:20発のフライトでしたので、宮崎空港には9:45の到着です。静岡空港からは宮崎行きはないので、お隣のセントレアからの搭乗です。鹿児島往復の際にも便を選べるという理由で、セントレアを使っております。これからも空路の際には、こういう方法での搭乗となりそうです。

Photo_20190911132201 初日は、1局目の宮崎本郷局を10:15スタートでの26局でした。宮崎市の南部から西部さらに北部・佐土原と廻りました。宮崎市中部の15局は、次回以降となります。トピックスとしては、19局目のシーガイヤ最寄りの宮崎山崎簡易局が、居酒屋だった建物を若干改造して使用していて、固定されたイスとカウンター、ボトルボックスなど、なかなか面白い簡易局でありました。

二日目は、山間部の椎葉村大河内簡易局を1局目(9:30スタート)として、西米良村2局、西都市東米良2局を苦労して廻った後は、西都平野部13局、新富町3局さらには高鍋町4局を廻り、計25局としました。

1局目とした椎葉村大河内地区は、椎葉村役場や西米良に出るよりも、熊本県球磨郡方面に出る方が便利であるそうです。西米良方面への国道219号は別名ひむか神話街道と名がついており、‘日向(ひゅうが)’を‘ひむか’と別名として読ませることが新鮮でした。‘ひむか◯◯’と銘打った会社などもありました。

三日目は、沖縄・台湾方面に向かった台風13号由来の暖かな空気と、スコールのような雨が時折降る中での局メグでした。おかげで、宮崎でもコンビニ傘を買うことになり、自宅への歓迎されないお土産となってしまいました(笑)。

国富町10局、綾町2局、宮崎市高岡町など8局、都城市など11局および時間延長局の ゆうちょ銀行宮崎店の計32局でした。国富町や都城市あたりは、簡易局王国でありました。帰りの便が18:40発であったため、16時過ぎの1局が実施できたのでした。

三日間で83局を廻り、7局だった宮崎県の累計局数は90局となり、その伸び率は1286%と、飛躍的なものでありました。来年も是非、宮崎遠征を実施したいものと考えております。

※写真は、宮崎小松簡易郵便局。

2019年9月 3日 (火)

771.新島・式根島 夜行日帰り局メグのご報告-その3-〈式根島の思い出とともに〉

15分ほどで『連絡船にしき』は式根島・野伏港に到着しました。『にしき』(※1)が到着した場所は、昔と何も変わっていませんでしたが、その手前に高速ジェット船が停泊している場所や、今回、式根島を離れる際に乗船した『フェリーあぜりあ』の外洋に面した場所は、以前はありませんでした。(※1『連絡船にしき』って、新島と式根島を結んでいるから『にしき』なのですね、きっと。)

38年前の野伏港は、新島への連絡船の発着のみで、東海汽船の『さるびあ丸』や高速ジェット船及び神新汽船の『あじさい丸』(※2 後述)は、島の南側にある式根島港での発着でした。野伏港を拡張整備して、これらすべての発着を野伏港に集約したようです。

Photo_20190830050401 野伏港から式根島郵便局に向かう道は、昔と変わらず急坂を登り、その後だらだらと進み、約1㌔弱15分弱でしたが、島の中央にある郵便局の周辺は、昔は郵便局と小学校それに中学校しかなかったのが、現在は民家が立ち並んでおり、38年の歳月を感じました。

さて、38年前の1981年(S56年)8月に、E鉄の新卒社員3年目の私は、観光サービス部に所属し、バス旅行の営業を担当していました。E鉄では主催旅行として「バンビツアー」と称し、色々と手がけており、これは現在でも主力商品として、地元での集客・販売をしております。

そのころ、突然の離島ブームが日本全国に沸き上がり「バンビツアー」でも、新島や式根島へのツアーを用意し、好評を博しておりました。初めのうちは、個別に添乗員を付けて対応していたのですが、そのうち毎日出発するほどの人気コースとなり、現地駐在員を派遣して、お客さんは運転手とバスガイドが、熱海港または下田港まで送り、お客さんだけを神新汽船の『あじさい丸』(※2当時の名称:現在は後継3代目の『フェリーあぜりあ』)に乗船してもらい、新島と式根島に張り付けた現地駐在員が、面倒を見るという形態をとったのです。その方が、効率が良いという訳です。

当時の添乗員は、専属の部隊がいるわけではなく、若手社員が業務の合い間に交代でこなすという、それは酷いものでした。私の担当と主催旅行「バンビツアー」とは、まったく違う部署なのですが、若手社員の宿命で、現地駐在員の役目が廻って来たのでした。そのことは、自分の業務に1週間ほど穴をあける事を意味し、周りの同僚・上司に当面の仕事を委ねて、1週間の島流しに遭うようなものです。物凄く辛い思いを感じながら、『あじさい丸』に乗船した記憶が、これを書いている今、蘇ってきました。

確か、式根島への最初の上陸は、熱海港(※3)から『あじさい丸』で新島港に着き、お客さんとともに『連絡船にしき』にて、野伏港に到着したんだと思います。うら寂しい野伏港に着き、不安が募ったことでしょう。(※3神新汽船は、今は下田港のみの発着ですが、以前は熱海港⇒利島・新島・式根島・神津島⇒下田港 でした。また、今と同じく曜日によって逆パターンになりました。)

Photo_20190830053301 現地駐在員の業務は、実は滅茶苦茶ゆるいものでした。島に到着したお客さんを迎え、民宿の方に引き渡し、落ち着いたころに各民宿に出向き、お客さんに注意事項を話し、民宿にはクーポンを渡すだけです。1泊2日と2泊3日のコースがあったかと思いますが、船への送迎は民宿が全てやってくれますので、帰りの駐在員は港でお客さんの無事を確認すると、お見送りをするだけです。

だいたい昼過ぎに『あじさい丸』がやってきて、その船にお帰りのお客さんをお見送りするというパターンだったと思います。一度だけ、新島発着があり、連絡船も含めてお客さんを案内したことがあったかもしれません。その辺の記憶は曖昧です。

私は、島中央の民宿「ひまわり」を拠点に、午前中は近くの小浜漁港の海岸で泳ぎ、午後に2時間弱の駐在員らしい仕事をし、その後は業務上で借りているレンタバイクで式根島島内めぐりをしていました。島内にある足付温泉と地鉈温泉にも入りました。それはそれは、パラダイスなお仕事でありました。

何時の夜だったか島の祭りがあり、それを見学した日もありました。そして何より鮮明に覚えているのが、我が母校・浜松N高が、最初で最後の甲子園に出場し、その1回戦を式根島でテレビ観戦したことです。(佐賀学園に1-0で勝利)なお、二回戦ではバスの保安要員として甲子園に出向きました。(北陽に1-2で敗戦)(NO.95 にも記載があります。)

1週間の島流しだと思っていた式根島での駐在員業務は、1週間の楽園でのパラダイスであったのです。あまりに素晴らしい楽しい思い出であったので、翌年結婚したばかりの妻と、今度は「バンビツアー」にて、客として式根島に来たほどです。ですから、式根島の方は、厳密には37年ぶりです。

さて、今回の式根島郵便局では、式根島に生まれ育った局員さんが窓口にいらしたので、色々とお話しさせていただきました。離島ブームはとうに去り、私の宿泊した民宿「ひまわり」は廃業していました。野伏港近くの観光協会にも立ち寄り昔話をしたのですが、本土生まれのアルバイトの若者しかいなくて、ここは今一つでした。

こうして新島2局と式根島1局の局メグを無事に終え、13:10発の『フェリーあぜりあ』にて3時間20分かけて下田港に到着し、伊豆急行・JR伊東線・東海道新幹線にて帰ってきました。そして実は、伊豆急行とJR伊東線は初乗車だったりします。同じ静岡県内に住みながら、これはこれで奥手な鉄分の薄い稲生の、長~い呟きでありました。

2019年8月31日 (土)

770.新島・式根島 夜行日帰り局メグのご報告-その2-

竹芝桟橋を定刻の23:00に出航した『大型客船さるびあ丸』は、5:00に大島、6:35には利島と時間通りに運航し、私の目的地である新島には定刻の7:30に到着しました。太平洋は凪の状態で、船体も揺れる事はなく、大変良い日に乗船できたと喜んでおります。

実は、新島には38年ぶりの上陸であります。どうして初上陸ではないのか?レジャーで来ていたのか?そのあたりのことにつきましては、次回のブログ ご報告-その3- にて、詳しくお話ししたいと思います。ですから、この3局だけのご報告の割には、話が長くなっていきます。お付き合いのほど、よろしくお願いします。

到着した新島・前浜港は、何だか38年前と様変わりしているように感じました。以前は港のすぐ横で、海水浴をする人々で溢れかえっていたような記憶があるのです。現在では、港湾の整備が進んだのか、港としての機能だけで、泳いだりする場所は見当たりませんでした。

新島では無料巡回バス「ふれあいバス」に大変お世話になりました。若郷集落への往復、新島局から新島港へと、都合3回乗車させていただきました。運転手1人のワンマン運行のマイクロバスで、車中では色々とお話しをさせていただきました。郵便局めぐりの先人たちも、度々乗車されているようで、全国に郵便局が24,000局以上あることもご存じでした。きっと先人たちも、色々と話に花を咲かせていたことでしょう。

Photo_20190830040001  ここで、私の乗車したバス停と時間ですが、①B堤駐車場8:10発⇒若郷消防詰所前8:42着、②若郷消防詰所前9:43発⇒健康センター前10:00着、③住民センター前10:50発⇒B堤駐車場11:10着 であります。新島村のHPに予定ダイヤが記載されております。なお、①と②は夏季運行ダイヤ(7/21~8/31)となっており、通常ダイヤでは、①7:50発⇒8:22着、②9:23発⇒9:40着であります。

9時から若郷郵便局に行く事を考えると、夏季ダイヤがちょうど良かったようであります。なお、若郷局のすぐ横から海岸に出る事が出来、そこは東屋などが整備されていて、時間調整に使うのには、ちょうど良い場所でありました。

実は、新島の事前の予習では、この巡回バスは時間が合わなくて使えないと、間違って判断していたのですが、新島に向かう さるびあ丸の中で、最後の直前シュミレーションをしてみようと、念のため島内バスの時間と、ルートマップに書かれたバス停マークを照らし合わせてみると、今回の郵便局めぐりに適した運行ダイヤであることが判明しました。自宅でアウトプットしていた時刻表と地図を持参してきたことが功を奏した格好です。事前の予定では、タクシーでの往復を考えておりまして、推定料金3,000円が、丸々浮くことになりました。

なお、新島局訪問後には、村のHPで目星をつけておいたパン屋さんで昼食用のパンを調達し、これは式根島へ向かう連絡船に乗船する前に食べました。新島局のあと、港までは徒歩で向かう予定でおりましたが、巡回バスの運転手さんが、③ダイヤを推奨してくださったため、これを使わせていただきました。当日は30℃ほどの残暑の中でしたので、歩いて汗をかくことを考えれば、これはかえって良かったと思いました。

新島での2局訪問を無事に終え、11:20発の『村営連絡船にしき』にて、式根島に向かいました。これも38年ぶりであります。38年前の『にしき』よりも、船が若干大きくなっていましたが、それなりに揺れました。38年前はもっと揺れていたんだな、と、懐かしく思い出した次第です。

それでは、いよいよ式根島訪問です。38年前に私は、連続6日間式根島に滞在しておりました。仕事です。そんな、懐かしい思い出話などは、次の記事で展開したいと思います。

※写真は、『村営連絡船にしき』新島港にて。

※コメント欄に、島内交通についての補足説明をしてみました。

2019年8月28日 (水)

769.新島・式根島 夜行日帰り局メグのご報告-その1-〈プロローグ〉

今年の隠れテーマである、伊豆諸島のうちの〈利島・新島・式根島・神津島〉の4島5局への訪問の第一弾として、8/25(日)夜行26(月)日帰りの日程で、〈新島と式根島〉に渡島し、2島3局を廻ってきました。

局メグ的には、たった3局の増加に過ぎないのですが、大変有意義な旅が出来たと思っています。

残る〈利島・神津島〉へは、10月の上旬に予定しておりますが、天候不順の際は、順延・越年となることもあります。

当初、5/19夜行20日帰りで〈神津島と式根島〉を予定していました。その延期のいきさつについては NO.742 にて呟いております。参考にしてみてください。

Photo_20190829042701 ですから、今回の日程も〈神津島・式根島〉のリベンジであったのですが、夏ダイヤを良く調べると、この時期のダイヤでは、式根島から帰って来れないことが判り、それならばと、もう一つのペアと考えていた〈新島・利島〉の2島3局を目指すことにし、出発2日前の8/23には東海汽船に乗船予約を入れました。

5月の延期の際にも、東海汽船HP内の「本日の運航状況」を定期的にチェックしていた結果、式根島から下田に帰る『フェリーあぜりあ』が怪しいために出発前日の朝にキャンセルしたのでした。(結果的には、欠航しなかった)

今回は利島から下田に帰る『フェリーあぜりあ』が8/23と24において、利島のみ欠航となっており、これを回避する次善の策を考えた結果、〈新島・利島〉のセットを〈新島・式根島〉のセットに変更する事とし、出発当日の朝(25日)に決断し、東海汽船に変更を入れたのでした。

もちろん、利島から下田へ渡るのが、大変怪しいことを加味して、第二弾である10月上旬の〈利島・神津島〉の行程も作成してみて、4島5局訪問が完結することを確認した上の日程変更であります。

さて、8/25の夜22時過ぎの東京・竹芝客船ターミナルは、夏を楽しむ若者や家族連れで大いに賑わっていました。そして『大型客船さるびあ丸』は、定刻23:00に東京港を出航したのです。

ここまでのプロローグ編が大変長くなってしまいました。当日のようすは、ご報告-その2-に続きます。

※写真は、新島港に到着した『大型客船さるびあ丸』

2019年8月25日 (日)

768.『月』に行ってきました!(笑)

去る8/5の暑い日に、急に思い立って『月』まで行ってきました!(笑)

Photo_20190824092301 もちろん、38万㌔先の衛星『月』ではなく、浜松市天竜区月のことです。浜北区南部の自宅から「月集落」までは約19㌔30分強の道のりです。

本当の目的地は、「月集落」の手前の伊砂(いすか)集落と対岸の相津(そうづ)集落に架かる『夢のかけ橋』を歩いて渡ることでしたが、どうしても、「↑ 月 3km」の青看板に惹かれてしまい、用事もないのに「月集落」に向かってしまうのです。「月集落」は46世帯86人(2018年)の南北朝時代の落ち武者集落であります。

かっては路線バスのバス停があり、その写真を撮る事で、‘月に行った証拠’としていましたが、とうの昔に路線バスは廃止され、代わりに対岸の国道152号線に「月バス停」がありました。ここは、かって月集落への渡船場だったところで、現在は一軒の民家すらなく、単なる目印としてのバス停に過ぎないようです。

この遠鉄バス「月バス停」も、天竜区西鹿島から水窪まで結ぶ北遠本線が、今年10月に廃止になりますので、もうすぐ見納めとなっています。(北遠本線については NO.719 を参照してください。カテゴリー・遠州ネタから入れます。)

Photo_20190824092401 ここで『夢のかけ橋』についての解説です。船明(ふなぎら)ダム湖に架かる人道橋なのですが、その橋脚は国鉄時代の未成線・佐久間線の橋脚でした。昭和55年(1980年)に佐久間線が幻の路線となってから、この船明ダム湖に造られた4基の橋脚は、長らく負の遺産として無用の長物になっていたのですが、20年後の平成12年(2000年)に、この橋脚を土台としたアーチ橋を架け再整備したものです。左岸の相津側に道の駅・花桃の里が設置されており、そこに車を置いて往復しました。

7/16の山口・島根遠征の時に、岩国市錦町の深須局にて、未成線の岩日北線の話をした際に、地元の佐久間線のこの橋脚のことを思い出していて、久しぶりに『夢のかけ橋』を見学してみようと思ったからでした。

船明ダム湖の湖面では、天竜ボート場を拠点としたカヌーの練習をしていて、それなりに賑やかでしたが、湖の色が濁っていて、そこのところはイマイチなものでした。

まったくの思い付きで、よりによって猛暑の日(天竜35.5℃)に訪問したものですから、景色を心から楽しむことは出来ず、ここはまた後日、例えば紅葉の頃とかに訪問してみても良いと思いました。

※写真は、上が「↑ 月 3km」の青看板。下が『夢のかけ橋』。

2019年8月21日 (水)

767.四国地方の(仮)完訪!

愛媛県を完訪したことで、四国4県の完訪となりました。

ただし、高知県に8/5に新規開局したイオンモール高知内郵便局が‘落ち穂’として発生しており、ここを訪問することで、真の完訪となります。

これは、今年中に訪問しておきたいと思っています。これをグズグズと後廻しにしておくと、その間にも‘落ち穂’が発生してしまうかもしれませんので、1度の四国行きで済むうちに訪問を終えたいと考えております。(すでに、8/26に徳島県に新たな‘落ち穂’が発生することになっております。)

Photo_20190819194001  四国全体としては、香川県215局、徳島県229局、高知県238局、愛媛県378局の合計1,060局+香川県の‘落ち穂’2局+徳島県の‘落ち穂’1局の合計1,063局であります。大阪府の1,117局+‘落ち穂’5局よりも、若干少ないのですが、なかなかのボリュームであります。

四国地方の初訪問は、瀬戸大橋の橋脚の島・与島にある坂出与島郵便局でした。すなわち、四国本土ではありません。これが香川県の1局目でもあります。愛媛県の1局目も、しまなみ海道の架橋島・大島にある宮窪郵便局でした。

当時は、瀬戸内の海を廻ることが主目的であり、四国地方を包括的に廻ろうとは、考えていなかったのです。それがいつの間にか、1,000局超の四国地方全体を廻り切ってしまったのです。

余談ですが、今でも日本全国の郵便局を全て廻ろうとは考えておりません。郵便局めぐりをすることが、楽しいから廻っているのであって、楽しくなくなったら、いつでも止めるつもりです。まあ、どこまで続くことやら、それは自分自身にもわかりません。

しかしながら、今のところ、郵便局めぐりに対する情熱は失っておりません。ですから、今現在の気持ちとしては、もう少し楽しく廻っていきたいと思っています。西日本の次なるターゲットは島根・山口そして九州となっています。

2019年8月18日 (日)

766.愛媛県の完訪について

8/9に愛南町の城辺郵便局を最後に訪問して、愛媛県の全378局の完訪となりました!

足掛け10年でしたが、H22とH23で、しまなみ海道の大三島・伯方島・大島と上島町の島々、さらに安芸灘海道に属する岡村島・大下島の瀬戸内海の計19局を訪問した後に、2年間の未訪問の年があり、その後、本土部を粛々と訪問してきての完訪となっています。すなわち、実質8年であります。

Photo_20190817005001 松山市沖の旧・中島町(忽那諸島)は、手前の睦月島・野忽那島を除いた島々(4島7局)を一日で廻り、その2島と興居島は、松山市内と絡めて廻っていきました。

 今回廻った宇和島沖の2島(戸島・日振島)の他に、八幡浜沖の大島(八幡浜大島)、新居浜市沖の大島(新居浜大島)の離島もありました。(安居島や青島は、私が手掛ける前に一時閉鎖・廃止になっていました。)

佐田岬では、対岸の九州が肉眼で見る事ができ感動しました。(NO.443)八幡浜港では、謎のパンクも経験しました。(NO.525)

大洲市や西予市それに今回廻った宇和島市・愛南町の山村や漁村

へは、道路状況がまだまだ悪く、二度目は勘弁して欲しいなとも思う箇所もありました。それぞれが、思い出深い訪問となっております。

足掛け10年(実質8年)延べ25日を要した愛媛県の旅は、無事に終了し、今後の愛媛県入りは、‘落ち穂’が発生した場合の‘落ち穂拾い’及び‘マルチ捕り’での訪問となってゆきます。

※写真は、愛媛県地図と宇和海郵便局・城辺郵便局それに戸島郵便局と日振島郵便局のポスト型はがき・風景印。

 

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