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2024年5月22日 (水)

1261.静岡・山梨・神奈川・東京の‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’局メグ

すでに5/15(水)に実施した上記の日帰り局メグについてのご報告です。

‘落ち穂拾い’なのは静岡1・神奈川2・東京1の計4局であり、それらに山梨1及び神奈川1の‘マルチ捕り’を加えて廻ってきました。

1局目は4.22に移転改称した富士駅前局と近いため、自宅を7:20頃に出発しても間に合うのですが、その1時間ほど前の6:20には出発しており、富士山が間近に拝める由比PAにて長めの時間調整をしての訪問でした(9:00)。

Photo_20240520174901 移転改称元の富士水戸島局は、23年半ほど前の2000(H12)年9月の訪問でしたが、富士駅前のある横割本町には、昔の彼女が住んでいました。さすがに自宅へは行った事がありませんでしたが、バイト先の富士駅前のパピーというショッピングセンターへ押しかけたことがありました(2008年閉鎖)。これは私が学生だった時ですので、50年近くも前の出来事でした。今回現地へ行った時に、そんな事を思い出しました。

2局目の道志村の道志局へは、御殿場・須走・山中湖経由で富士山を眺めながらの運転で、約80㌔1時間半ほどかかりました(10:45着)。この局へは、2003(H15)5月に訪問して以来で21年ぶりです。‘08’マルチをゲットしました。

3局目の相模原市中央区の さがみ夢大通り局は、3.4に相模原駅前局が移転改称したもので、道志局から42㌔1時間20分ほど(休憩込み)かかりました(12:15着)。隣のローソンに車を置くことができました。

続いて4局目として訪問したのは川崎市高津区の千年(ちとせ)神社前局で、川崎千年局が3年前から一時閉鎖中だったのを5.15に再開移転改称したもので、初日訪問となりました(13:45頃)。初日であるのですが午後でしたので、局内は午前中の忙しさが終わった頃で、すでに通常モードに近い感じでした。

Photo_20240520175301 5局目として神奈川県のもう一つのマルチ‘09’取得のため、すぐ近くの川崎久末局を再訪しました(14:05着)。千年神社前局を14:15以前に終わっていたら実施しても良いものと‘隠れオプション’としていたのですが、それを実現できたのでした。

ここからラストの6局目となる晴海西局を訪問すべく都内に突っ込みます。無料優先でナビ検索すると約20㌔ほどですが1時間強かかります。実際に晴海西局を訪問できたのは15:20頃でした。晴海西局は4.15に新規設置された局で、高層マンションの1Fに位置していました。同じ中央区の中央佃局が3.23に廃止されており、この局の輪廻転生となります。

そして何といっても、ここの局番号は13004であり、この13マルチは、貯金ができる局としては、13001の稲城市のSOCORA若葉台局に次いで2局目となります。これまで13マルチ欲しさに稲城市に何度か訪問していましたが、これからは晴海西局への訪問に差し変わることになりました。

駐車場は近くの晴海ふ頭公園駐車場を利用しましたが、30分無料ということでお金はかかりませんでした。都内にマイカーで突っ込むのは躊躇すべきかもしれませんが、都心から少し離れた臨海部であったため決行しましたが、ナビに従って行けば、それほど苦も無く到着できました。

その後は、首都高に乗っかってそのまま東名高速に入り、ナイターを聴きながら自宅に向かいました。この日の総走行㌔は535㌔ほどでした。今後は、上信越・南東北の1泊の旅や福井・但馬・丹波の日帰り旅があり、そちらの方はより多く運転を要する旅ですので、そのウォーミングアップでもありました。

※写真は、上が富士駅前郵便局。下が千年神社前郵便局。晴海西郵便局については、前の記事に添付しました。

2024年5月18日 (土)

1260.5月・6月の予定

5月のアルバイトのオファーがありませんでした。ということで、5月は少しだけ‘落ち穂拾い’的にまわることにします。この辺の状況は昨年同時期と同じような感じです。たまたまですが、ブログ記事NOが100番違いですね。

そこで、5/15には富士・道志・相模原・川崎・東京中央の‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’を実施しました。マイカーでの訪問です。これについては、次回の記事にてご報告させていただきます。

Photo_20240517191701 5月下旬には、上信越と南東北の‘落ち穂拾い’を実施します。長野・群馬・新潟と山形・宮城・福島の6県をマイカーにて行ない、1泊2日で実施いたします。予定走行㌔は1,520㌔で、昨年同様、走り詰めの旅です。いわゆる領地巡回の旅ですが、天気が良ければ楽しい旅となることでしょう。

6月第二週に北海道・道東大遠征を実施します。今年の北のテーマ地域です。いや今年から北海道はずっとテーマ地域です。

羽田から釧路空港の往復で、前泊として釧路の街に泊まります。レンタカーにて釧路をあとにして、根室方面に進み初日を終えます。続いて、二日目・三日目・四日目は根室・浜中・別海・中標津さらには標津・羅臼から知床峠を超えて斜里・清里と進みます。最終日は鶴居・阿寒などを廻り13:30にはレンタカーを返却して機上の人となります。

予定局数は97局となります。出来得ることなら100局超えとなれば良いなと思っておりますが、すでに高齢者ですので、安全運転及び旅先での身の安全が第一ですので、これは結果的にそうなれば良いと言うだけです。

最後に、6月下旬に福井・兵庫と京都の‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’を予定しています。6/24の移転改称局を含みますので、それ以降の実施となります。予定走行㌔の900㌔強は5/15に実施済みの535㌔を大きく上回る旅になります。

※写真は、東京都中央区の晴海西郵便局。5/15の最終局でした。映し方がアレですが、高層マンションの1Fにありました。

2024年5月14日 (火)

1259.最近の小ネタ(筒香効果・50ニュース・迷惑メール)

今回は、最近の小ネタとなります。

まずは、ベイスターズにおける筒香効果について。プロ野球の開幕直後に呟いた小ネタにおいて(NO.1247)、バウアー・筒香は要らないとのたまいましたが、球団では4月中旬に筒香を3年契約で獲得しました。

この時点でも、私は彼の起用については懐疑的でしたが、ファームでの調整を経て、5/6に一軍入りし6番スタメンで出場するや、3-5のビハインドの8回に逆転3ランを放ち、NPB復帰の初戦でのド派手な一発で自らの復帰戦を飾りました。その後5/11にも逆転弾を放つなど、チームにおける存在感を増しております。

考えてみれば、現状のベイスターズにはホームランバッターはほとんどいませんでした。牧や宮崎はアベレージヒッターであり、その延長線上に本塁打が出るのですが、しいて言えばケガで離脱しているオースティンぐらいのものでした。筒香が打線に加われば、相手投手の彼に対する警戒は強まり、前後の打者にも好影響を及ぼすことになることでしょう。今後の筒香の動向に注目であります。

Photo_20240513101801 次に、『50(ゴーマル)ニュース』という言い回しについてです。私が最初に耳にしたのは鹿児島県でした。遠征先では民放ラジオを聴いているので、鹿児島県ではMBC(南日本放送)となりますが、毎時50分になると流れるのが「50ニュース」であります。

そこで、気になったので検索してみたところ、「MBC50ニュース」で検索できました。毎時50分にニュースを流すので、そのように命名していて、県民に親しまれているとのこと。つまり、定時ニュースのタイトルだったのです。

民放ラジオのニュースなら、SBS(静岡放送)では静岡新聞ニュース、CBC(中部日本放送)では中日新聞ニュースとなるところを、放送時間の方を優先してニュースのタイトルにしており、これは新鮮なことでした。

さらに「50ニュース」は長崎県でも耳にしました。NBC(長崎放送)でも同様に「50ニュース」として毎時50分に放送していることが判りました。その後、「ラジオ局ローカルニュースタイトル一覧」と言うページが出てきて確認が取れました。

ラジオ局名もしくは新聞社名のタイトルになるのが一般的である中で「50ニュース」という言い回しは、なかなか新鮮な響きに感じた次第です。また秋田県における「さきがけニュース」も実は新聞社名なのですが、新鮮なものに感じました。

最後に、迷惑メールについてです。私のケイタイのメールアドレスには一件も来ないのですが、デスクトップPCのメールアドレスには、山ほど来ています。Amazon・楽天市場・Apple・えきねっと・三井住友カード・メルカリやら東京電力・国税庁・マイナンバー事務局など、請求額が決まっただのアカウントが不正だの、中には聞いたことの無いカード会社からも来たりして、百花繚乱の勢いです。

どうやら自分のメールアドレスは、あいつらの名簿の中に入れられており、あちらの業界内で使いまわしされているようです。

もちろん、すべて迷惑フォルダーに移し、結局は削除するのですが、これが日常的に発生しており、メールを開ける度に、その削除作業に取り掛かります。正規のメールも混在していますので、仕分けが必要になります。PCメールは旅行中は溜まる一方ですので、旅から帰ってきて一番最初に取りかかるのがこの迷惑メール削除作業となっており、4日も空ければ120通ぐらいになっており、面倒なことこの上ない状態です。

2024年5月10日 (金)

1258.『博多っ子純情』

最近、青年漫画『博多っ子純情』を読み終えました。おおよそ40年ぶりです。

作者は博多出身の長谷川法世で、漫画アクションという青年漫画誌に1976(昭和51)年から1983(昭和58)年まで連載されていて、全34巻となる単行本が発行されていました。

どうして急に読むようになったのかと言うと、本棚を整理していて、若かりし頃の小説本例えば、石川達三・吉川英治・庄司薫・新田次郎などの単行本をどんどん捨てて行った際に、『博多っ子純情』の単行本が出て来て、これだけは捨てられずに、もう一度1巻から読みなおしてみたというわけです。

Photo_20240509144701 主人公は郷六平で、博多人形師の一人息子。名字の郷は、福岡出身の郷ひろみに因み、六平は知人の名前からとったようです。幼馴染で恋の相手の名前は小柳類子で、同じく福岡出身の小柳ルミ子から取ったということです。

郷六平が中学2年のころから高校に入学後、浪人をして大学に入り、中退して人形師の卵となるまでのおおよそ9年ぐらいの青春の真っ只中を、面白おかしく時には真面目に描いた作品でした。

毎回、副題がついており、そのほとんどが博多弁(もしくは福岡弁)でした。漫画ですから字面(じずら)を読むだけでアクセントなど全くわかりませんが、第一回のタイトル‘しぇからしか’など、いろいろと博多弁を目にしたものです。

ちょうど先月、博多市内をレンタサイクルで廻っており、局メグの最後に博多山笠の聖地・櫛田神社に飾り山や櫛田のぎなん・博多べい見学などで参拝してきました。

実はラス前となる第33巻が欠けており、これだけはkinndle本(電子書籍)を購入して読んでみました。全34巻が続きものとなっているため、ここを飛ばすと理解が足りなくなってしまい、やむ終えずそのようにしました。

一通り読み終わって満足したので、あとは捨てるだけなのですが、娘がメルカリに出品してみるということで、ラス前が欠けた漫画本をいくらで売れるのか判りませんが、手続きをすることになりました。

2024年5月 6日 (月)

1257.福岡・長崎大遠征のご報告-その3-

二日間の五島列島・福江島をあとにして、長崎港には18:15に到着しました。この後、長崎在住の同業者さんと合流し、夕食を共にしました。1時間強の短い時間でしたが会話が弾み、楽しいひと時を過ごすことができました。

ところで、五島列島の訪問状況のことですが、宇久島・小値賀島を含む上五島の23局に続いて、椛島・嵯峨ノ島を含む福江島の24局を訪問したことで、残りは奈留島・久賀島の二島5局となりました。 

Photo_20240504174601 最終日は、長崎市内をレンタカーで廻りました。市内北西部の小江原・式見・福田・西泊地区と市内南部の上長崎・戸町・土井首・香焼・伊王島地区などです。ラスト3局は大浦局・県庁内局・長崎北局を廻り、計27局と予定どおりでした。

長崎市街地の6局は徒歩で廻るべく、今回は温存しておいたのですが、誤算だったのは、来る6.3より市内南部の新戸町簡易局が再開するとの公示がありました。大浦局より南の長崎半島は廻り切ったはずだったのですが、‘落ち穂’が発生してしまったのです。

このあとは、長崎駅17:00発に乗車して、西九州新幹線・長崎本線・山陽新幹線・東海道新幹線そして遠鉄電車と乗り継いで、自宅には23:50の帰宅となりました。西方面からの新幹線最終便での帰宅です。

今回の福岡・長崎大遠征においては、福岡県22局、長崎県51局の計73局を廻っており、福岡県は残り44局、長崎県は残り85局となりました。福岡県はすでにリーチが掛かっており、長崎県も残り2度の遠征をする程度のボリュームとなりました。

Photo_20240504174602 以上で、福岡・長崎大遠征のご報告は終了いたしますが、尺が余っているようなので、福岡県・長崎県の残りの攻略の目論見を示してみます。

まずは福岡県ですが、2泊3日で終了させるつもりです。筑豊地区の田川・嘉麻などに34局残っており、ここを廻ったあとに博多駅に戻り、筑後地方の‘落ち穂’である久留米市の移転改称局1局を拾うべく久留米市に宿泊し、最終日あさイチにこれを拾ったのち博多駅に戻り、レンタサイクルにて残り9局の福岡市内を拾ってゴールとなります。

この中の1局は玄界島ですが、博多港にレンタサイクルを置いて渡島することができるのではないかと考えております。これで行くと福岡県のラストの局は玄界島局か、もしくは市内の某局になることでしょう。離島終わりにするのか、それを回避するのか、これは思案中であります(笑)。

長崎県の方は、佐世保・波佐見・川棚などで44局、奈留島・久賀島および長崎市内と西海市などの41局となりました。離島としては、前者には黒島が、後者には奈留島・久賀島および松島・池島があり、残り二桁といえど時間と手間を要する局が存在しております。

これらを佐世保の方は2泊3日で、奈留島・久賀島と長崎の方は夜行3泊4日で攻略できるのではないかと目論んでおります。まだ決めていませんが、もしかしたら来年のテーマ地域を長崎県として、狙っていくことになるのかもしれません。

※写真は、下が手熊簡易郵便局。入り口にはトトロの置物が。下が伊王島郵便局。

2024年5月 3日 (金)

1256.福岡・長崎大遠征のご報告-その2-

福岡・長崎大遠征の二日目において、福江島に空路到着後は、福江空港からレンタカー営業所まで送迎バスで移動して、営業所を出発したのは9:45でした。

実は、早朝に博多を出た時には、雨が降っていたのですが、福江島に降り立つ時には晴れており、福江島滞在時は新緑の季節における快晴の二日間を過ごすことができました。

Photo_20240503084101 まずは福江局を皮切りに福江島南東部の福江と富江の局を10局廻ったのち、福江港13:15発の椛島(かばしま)行き定期船に乗船し、手前の伊福貴港に降り立ちました。(13:34着) 6局目の五島黒瀬局と9局目の福江城山町局が、少々難しいところに立地していました。

伊福貴集落の北寄りに簡易局があり、受託者さんは親子でやっていて少々会話が進みました。なぜかリニアの話までしたりして。その後、覚悟を決めて、5.1㌔先の本窯集落まで歩き出します。(13:55頃) 両足人工股関節の高齢者ですが、日ごろのウォーキングの成果を示す時がきました。

いきなり上り坂になっており、大丈夫かいなと内心不安になりましたが、標準時分1時間のところを1時間半をかけて本窯にある目的地の五島椛島局には15:30頃に到着しております。風が強いものの初夏の気候だったので、無事に歩き切ることができたのですが、暑さ厳しき真夏や寒さ厳しき真冬であれば断念していたかもしれません。なお、移動中に本窯方面に向かっていった車は2台だけした。ヒッチハイクは期待できないかもしれないです。

Photo_20240503084001 福江港に戻り宿泊後の三日目は、福江島での二日目となります。まずは北東部にある堂崎天主堂を訪問後、奥浦局から岐宿(きしく)・三井楽と5局を刻み、貝津港11:30発の嵯峨島旅客船に乗り込み、片道13分で長崎県最西端の島・嵯峨ノ島(さがのしま)に到着です。

ここの往路は第二便となる学校給食ダイヤを利用しており、現地滞在時間は1時間7分と手頃ですが、学校行事などで給食が無い日は運休です。今年度から小学校は児童がいなくなって休校で、中学生は3名のようです。(学校だより1号による) ということは、3年後には中学校も休校となる可能性が高いため、第二便は無くなるかもしれないということです。第二便がない場合は、第三便で向かい第四便で帰ってくるため現地滞在時間は2時間12分となります。あくまでも、現行のダイヤでの運航の場合ですが・・・

貝津港に13:03着で戻ってきた後は、福江島の西部に位置する玉之浦など残りの6局を廻りましたが、この日の8局目となった中須簡易局は、集落の奥にあり見つけるのが難しかったです。

15:50過ぎにはレンタカーを返却し、福江港ターミナルに移動して、16:30発の長崎港行きのジェットフォイルに乗り込みました。

その3に続きます。

※写真は、上が福江島の中心局、福江郵便局。下が福江島の海の玄関口、福江港ターミナル。

2024年4月30日 (火)

1255.福岡・長崎大遠征のご報告-その1-

4/23から26までの表記の大遠征から無事に帰還いたしましたので、そのご報告であります。

まずは行程ですが、初日は福岡市内をレンタサイクルで廻りました。翌日は福岡空港より空路福江島入りをして福江島およびその属島を二日間に亘り訪問しました。福江島からはジェットフォイルにて長崎港に進み、最終日には長崎市内をレンタカーにて訪問したもので、なかなか中身の濃い四日間を過ごしてきました。

Photo_20240503083001 そもそも五島列島の上五島を昨年10月に実施していて、次は下五島(※)の福江島への訪問ということを考えていましたが、福江島に渡るために空路を使うには、福岡に朝の段階で滞在していなくてはいけないため、五島(※)訪問前に前泊として福岡市内を廻ることにして、さらには五島から帰還後も長崎市に夕刻に到着するため、後泊として長崎市に宿泊するのなら、翌日は長崎市内を廻っておこうと考えたものです。

(※五島列島では、中通島を中心とする‘上五島’と福江島を中心とする‘下五島’と呼ぶこともあるのだが、後者の方は単に‘五島’と呼ぶことが一般的である。)

それでは、順を追って四日間の旅を振り返ってみましょう。

博多駅には10:24に到着しました。細かな話ですが、1年前には浜松駅を同様の時間の列車に乗車しても博多駅には10:46に到着しており、今度のダイヤ改正により22分短縮されていました。

Photo_20240503083101 博多郵便局の地下にあるKITTE博多のレンタサイクルを借りて、福岡市中央区16局と博多区・南区・城南区の各2局の計22局を廻りました。このレンタサイクルは、1年前に東区や博多区を廻った際にも使用しており二度目であります。心配だった雨も到着時には上がっており、曇り空ながら気温20℃ほどの快適な局メグでした。

福岡市内は西部・南部・東部と徐々に攻略を進めていて、中央区などの市街地の30局と玄界島の1局を残しており、今回の22局攻略により、残りは9局とカウントダウンに入りました。

ラストの福岡新天町局は10時-17時の時間スライド局でした。局メグ終了後は博多山笠の聖地・櫛田神社を参拝しました。実は最近、40年ぶりに長谷川法世の『博多っ子純情』(全34巻)を読み返しているところです。

博多駅近くの東横イン宿泊後は、福岡空港8:30発の飛行機にて福江空港9:10着で福江島に上陸しました。博多駅・福岡空港間は地下鉄に乗車しましたが、たった2駅ですが市営地下鉄初乗車でした。

福江島での二日間および最終日の長崎市内のことについては、次回以降となります。

※写真は、上が博多区の櫛田神社境内に陳列されている博多山笠。『博多っ子純情』の重要なモチーフです。下が博多郵便局前のハート型郵便ポスト。(下は5.3写真追加)

2024年4月26日 (金)

1254.日南市・串間市・志布志市

今回の宮崎・鹿児島大遠征では、宮崎県南部の日南市・串間市と県境で繋がる鹿児島県志布志市を訪問してきました。

九州としては、鹿児島本線側、すなわち福岡県・熊本県・鹿児島県の島原湾・八代海・東シナ海側が主経路であり、日豊本線側、すなわち福岡県・大分県・宮崎県・鹿児島県の周防灘・日向灘・志布志湾側は、どうしても従たる地域に位置付けられます。

このことは残念ではありますが、現在のところの共通認識となっており、新幹線でも高速道路でも、設置順は九州の西側幹線、東側幹線の順になっているのは事実であります。

Photo_20240503182901 さらには東側幹線においては、宮崎県では宮崎市からは山側の都城市方面に進み、鹿児島県では曽於市・霧島市・姶良市を通過して、鹿児島市に向かうため、表題の日南市・串間市・志布志市となると、ほとんど知識がなくかつ残念ながら興味もない状態であることが多いかと思います。

もちろん、これら3市をよく知っている方もいらっしゃることでしょうが、少なくとも私・稲生は、ほとんど知らないと言って良い地域です。ここで、これら3市のことを改めてお勉強してみることにいたします。

日南市についてですが、‘日’‘南’と太陽や南国にちなむ温暖な地のイメージを強く醸し出しているのですが、城下町である飫肥町と港町である油津町を中心とした新市が、どうして‘日南市’となったのか、これまで特段興味もなく良く判らないまま、こんな良い年になってしまったのでした。

今回、Wikipediaで調べてみて、ハタと合点がいったのですが、宮崎県全域を示す日向国の南の意味だと気が付きました。‘飫肥市’なのか‘油津市’なのか、新市名を巡って対立があり、合併がご破算になるかもれないところを‘日南市’という命名が、それを救ったということです。日南市が誕生したのが昭和25年ということで、昭和の大合併の先駆けとしての合併の成功例として、後発の昭和の大合併のお手本となったようです。

Photo_20240503182902 次に串間市ですが、中心部が福島町なのに何故‘串間市’なのか、‘ふくしま’なのになぜ‘くしま’なのか深掘りもしない中、漠然と疑問に思っていたのですが、やはりWikipediaなどによりその疑問は解消することになりました。鎌倉時代後期から1604年まであったのが櫛間城であったとのことで、それによる‘串間市’との命名であり、合点がいったのです。

最後は志布志市についてです。ここは日南市・串間市が昭和の大合併により市制施行したのに対し、平成の大合併時の平成18年(2006)に市となっております。

市となるのは遅かったのですが、志布志という名称は、昭和に合併でできた日南市・串間市と違って、古来からある由緒ある地名です。ですが私が興味あったのは「志布志市志布志町志布志」という、‘志布志’が3つ、‘志’の数を数えると6つとなる‘志布志’尽くしの事です。

ですので、志布志市志布志町志布志1丁目については、住居表示について、ちょこっと写真を撮ってみました。(宮北写真その4に写真あり)

※写真は、上が訪問8日前の4.1に再開した日南星倉簡易郵便局。下は志布志市の志布志大原簡易郵便局。(上は5.3写真追加)

2024年4月22日 (月)

1253.たかが‘落ち穂’されど‘落ち穂’

今回の宮崎・鹿児島大遠征でつくづく感じたのが、表題のようなセリフです。

『たかが○○されど○○』という言いまわしは、昭和の怪物・江川卓のことを書いた著書『たかが江川されど江川』からの借用いや応用です。(NO.897NO.898参照)

Photo_20240503162301 本年の目標として宮崎県完訪を挙げていたのですが、この‘落ち穂’に苦しめられることになりました。今回が宮崎県南部で、8月頃には延岡・高千穂などの宮崎県北部を廻ることで完訪に至る予定でしたが、これが難しくなりました。

NO.1244最近の‘落ち穂’の状況 他 で書いた、宮崎県南部で再開の噂のある四家簡易局・えびの岡松簡易局については、現地で聞き込みをしてみたところ、再開は確定ではなく何も決まっていないようです。まあ再開の噂というのが、受託者募集の簡易局名リストから名前が外れたという弱い理由だったので、もしかしたらこのまま廃止となるのかもしれません。

ですが、前回の記事の最後に触れた都城市の乙房(おとぼう)簡易局が5.1より再開することは、日本郵便から公示されたのですから確定事項です。この公示というのは、一昔前の郵政省時代であれば官報に掲載されることを言っており、大変重いものであります。

Photo_20240503182201 その乙房簡易局は、今回の大遠征における最終日の3局目の山田局と4局目の志比田簡易局の間にあります。たとえば、都城訪問が1ヶ月後であれば、たやすく訪問できるのですが、訪問した4.12には開いていないのですから、泣く泣く前を素通りするしかありませんでした。

再び都城の地を訪れるしかないのです。これが、たかが‘落ち穂’されど‘落ち穂’というものです。

これはアンラッキーなのか。否、ラッキーなこともありました。

二つ前の記事(NO.1251)で触れていますが、初日には4.1再開の日南星倉簡易局を拾っております。二日目には3.1再開の船間簡易局を拾っております。これらは、再開時期がもう少し遅かったら、もしくは遠征の時期が少しでも早かったら、拾うことができなかったのです。さらには、いつ閉鎖してもおかしくない辺塚簡易局や四浦簡易局も拾うことができています。

結局のところ、郵便局めぐりは自然体で行くしかないのです。

件の乙房簡易局は、大隅半島で残っている大崎・串良あたりの17局および姶良市の新規設置局・あいら池島局の訪問に繋げて拾っていくつもりです。それでも、今年はその方面への訪問予定はないので、宮崎県の完訪はお預けであるのは間違いのない事実であります。

※写真は、上が今回の最終日に‘落ち穂’として拾った小林市の三松簡易郵便局。下が峠越えで訪問難易度が高かった四浦簡易郵便局。(下は5.3写真追加)

2024年4月19日 (金)

1252.宮崎・鹿児島大遠征のご報告-その2-

それでは、今回の宮崎・鹿児島大遠征におけるトピックスをいくつか記してみます。その1で挙げた以外のものです。

セントレアの出発時までは、かなりの雨が降り、浜松西インター駐車場からバス乗り場まではビニール傘を必要としましたが、その後の予報では宮崎・鹿児島での四日間には雨マークがないため、現地への傘の持ち込みは不要と考え、空港バスのドライバーに傘を処分して貰おうとするも、やんわり断られたため、空港のトイレに忘れていくことにしました。コンビニのビニール傘を搭乗手荷物で持っていくのは、何やら恥ずかしい気がしており、そのようにしました。

Photo_20240503163101 日南沖の地震の話題については、海岸沿いに位置する局では津波の心配があり、大変気を付けて情報を確認したそうです。今回は、津波の心配はなくひとまず安心したそうです。

初日の13局目の栄松簡易局は、駐車場情報では9台となっており、実際に訪問してみると局の手前に民家が2軒ぐらいは建てられる広いスペースに、駐車場が用意されていました。

初日の8局目の大窪簡易局、2日目の1局目の大隅池田簡易局、12局目の大隅郡簡易局、17局目の大隅大原簡易局、これらは明らかに旧特定局の局舎をそのまま使っている簡易局でありました。

3日目の6局目の串間今町局において、通帳更新をお願いしました。NO.123からNO.124への更新です。

Photo_20240503163201 3日目は、鹿児島県曽於市末吉町を終えてなお時間があったため、都城市中郷局など3局を増殖できました。ですが、四日目の行程は決まっており、24局の予定が21局となっただけで、まわりは既訪問地域のため、四日目の終了が早くなったに過ぎません。それでもレンタカーの返却が早くなり、宮崎空港での出発待ちに余裕の時間ができました。

4日目の10局目の都城一万城局は、通算10,000局の節目に、ここの局を訪問するマニアが多いため、そんな話題で局長との会話が進みました。

これをもって、児湯郡以南の宮崎県南部の完訪となったのですが、都城市で一時閉鎖していた乙房簡易局が5.1から再開することが、遠征中の4.11に発表となり、これは大変痛い事態となりました。

これにて、宮崎・鹿児島大遠征のご報告は終わりますが、前述の痛い事態の話題等、‘落ち穂’にまつわる話題を次の記事でしていきたいと思います。

※写真は、上が日南市の栄松簡易郵便局。本文に記したように手前に駐車場が広くとってありました。下が都城一万城郵便局。(下は5.3写真追加)

2024年4月16日 (火)

1251.宮崎・鹿児島大遠征のご報告-その1-

4/9から12までの宮崎・鹿児島大遠征のご報告です。4日以上の遠征を‘大遠征’と呼んでおります。

出発前日に日南市沖で震度5弱の地震があり、現地の様子を心配しながら臨んだのですが、各局で尋ねてみても被害は報告されておらず、なおかつ余震もなく、いわゆる平常運転での4日間でありました。

Photo_20240503162401 天候の方も、名古屋空港(セントレア)出発時には結構な雨が降っていましたが、現地では雨が上がったあとの晴れの日の連続の日々でした。新緑のまぶしい日差しの中での局メグが実施できました。

初日は、宮崎空港を11時過ぎに出発して日南市方面に南下して、1局目の油津局には12:10頃の到着となり、日南・南郷及びラストは都井局と16局を廻りました。5局目の日南星倉簡易局は、去る4.1に移転再開した簡易局で、ここは上手に拾うことができました。

局メグ終了後は、10㌔ほど南下して都井岬へ向かいました。都井岬灯台は入場できるのが16:30までとのことで残念でした。ここからは270度の太平洋を眺めることができるそうです。なお、県道36号は、御崎馬の繁殖地ということで協力金400円が徴収されます。

二日目は、大隅半島の南部・南端部を廻りました。すなわち、錦江町・南大隅町・肝付町です。まだまだ道路事情も良くないところがあり、局間も長く局メグははかどりません。この日は22局でした。ここでは3.1に移転再開した船間簡易局を18局目として拾うことができました。

Photo_20240503162301 三日目は、日南市の南西のはずれにある榎原(よわら)局という難読局を1局目として、串間市・志布志市・曽於市末吉さらには都城市南東部の3局までを廻り28局でした。16局目の四浦簡易局は推定世帯数10~15世帯の限界集落にあり、ここへの往復は二日目の14局目に往復した辺塚簡易局に負けず劣らず、難易度の高い簡易局でした。そして、四浦簡易局の局舎はとても年季の入った局舎でした。

最終日となる四日目は、都城駅前の宿泊地から50分ほど進んだ小林市三松簡易局を拾ったあと、都城市街地と三股町を廻り21局。終了は14:30頃となり、このあと1時間以上をかけて宮崎空港に戻りました。

四日間トータルでは宮崎県が46局、鹿児島県が41局の計87局でした。ほぼ予定通りの旅ができました。

次の記事では、ここに挙げた以外のトピックスをいくつか取り上げていきたいと思います。

※写真は、上が都井岬灯台。下が初日の1局目となった油津郵便局。(下は5.3写真追加)

2024年4月12日 (金)

1250.12年ぶりの町内会隣保班長

12年前のH25(2013)4月より1年間、町内会長の大役をやって以来の町内会ネタであります。

この記事のアップされるのは、宮崎・鹿児島大遠征の最終日である4.12となります。記事を書いたのは遠征の出発前夜である4.8ですが、この日の午前中に宮崎県日南市で震度5弱の地震があり、大隅半島は震度4、都城などは震度3ということで、まさに地震のあった地域への遠征となりました。

4.8の宮崎空港の名古屋便は、3便ともに通常通りの着陸をしていますので、4.9のフライトも予定通りとの認識です。現地の状況は、不明ではありますが、大きな被害はなかったものとして、現地に向けて出発することにいたしました。

ギョーザネタでつかみをとるつもりでしたが、それどころではなく、まずは被害状況の確認から話を進めて行くことにいたします。心配なのは余震ですが、とにかく現地へ突っ込むことにいたします。

Photo_20240408194401 さて、表題の件ですが、R6年度の隣保班長の当番になりました。我が隣保は12世帯ですので、12年前の町内会長の際に、隣保班長も兼ねて以来の当番であります。昨年から2世帯が増えて14世帯となっており、次の当番は14年後、すなわちR20年度(2038)となります。稲生81歳となります。さすがにその時は、息子に役を譲っているか、もしくは墓の中に入っていることでしょう。

12年前に町内会長を仰せつかった際には、住民としての賦役として避けられない役回りと考え、それなりに前向きに町内会と向き合ってきたのですが、今回は隣保班長の当番でありますので、責任などはなく、隣保班への滞りない伝達に徹すればよいだけのことで、とっても気楽な気持ちであります。

12年前の稲生は55歳。どうしてこんな現役世代に大役を回すのかと、町内会を恨んだものでしたが、その後、このままでは若い世代が気の毒だと、有志が立ち上がり、自分を含む町内会長・副会長経験者が、2度目の役目を引き受けることになり、希望者を募ったのですが、私・稲生はお断りをしましたが、それでも延べ数年は2度目の役目を引き受け、確実に町内会長・副会長の該当年齢は上がっていくことになりました。

次いでに言えば、町内会委員・環境美化推進員・秋葉神社大世話人・小世話人・八幡神社氏子総代など、色々な役回りもすべてお断りして、老後を過ごすことにしております。そのため町内では、協力性のない輩(やから)とみなされており、この1年間の隣保班長だけは、真面目にかつ大人しく役目を遂行していくことにいたします。

2024年4月 8日 (月)

1249.当ブログ リンクの修正等の作業

当ブログ『稲生のつぶやき(ブログ)』からのお知らせです。

この度、当ブログにおけるリンク等のチェックを主目的に、2011.11.19のNO.1の記事から、前の記事となる2024.4.4のNO.1248の記事まで、ひととおり調査をしてみました。まあ、わかりやすく言えば、最初から読み返してみたということです。

これは、昨年7.3のNO.1174でお知らせしたように、『稲生ホームページ』における別館の位置づけとなっているsecondinouのアドレスが、契約しているプロバイダーの都合により変更となってしまい、それに伴って主にそれ以前に記事にしている部分で、別館へのリンクが無効となってしまっており、これらのリンク切れを訂正する必要があったのです。

Photo_20240503161701 もちろん、それ以外のリンク切れにも対応していきました。

約12年半にわたる記事のチェックですので、時間がかかりました。そして、自分のブログのチェックばかりやっているわけにはいきません。4月に廻る予定の大遠征の下調べはもちろん、日々動静が変わる改廃情報のメンテナンスやら、例の記録室・その5、その17、その22の1ケ月以内の案件の削除作業等々、それらを優先していく必要もありました。

さらに、この趣味のことばかりに時間を割くばかりではいけません。プロ野球も開幕しており、それをライブで観戦する時間も必要ですし、今ハマっていることとして、懐かしい漫画の全34巻を読み進める時間も必要でした。その他、散歩にも行く時間が必要ですし、毎週金曜日には『不適切にもほどがある』を見る時間が必要などなど、いろいろな事象に時間を割く必要がありました。

ということで、昨年の秋ごろから始めた記事のチェック作業は、実はまだ終わっておりません。今までに終えたのは、NO.1からNO.410及びNO.530以降であります。

この記事をアップする4.8までに終えてしまいたかったのですが、あと120ぐらいの記事数が残ってしまいました。

もしよろしかったら、皆さまのどなたか、NO.1から読み進めていただき、さらなる間違い・リンク切れ等々、ご指摘いただけましたら幸いです。そして、この記事NO.1249にコメントという形で、お知らせいただければなおのこと有難く思います。

ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

※写真は、浜松駅前。2.27撮影。(5.3写真追加)

2024年4月 4日 (木)

1248.杉簡易郵便局訪問

 去る4/1(月)に、浜松市天竜区春野町杉に設置された杉簡易郵便局を訪問してきました。

訪問の1ヶ月前の3.1に移転再開しており、これまで貯金業務をやっていなかった簡易局が貯金業務を開始したため、メグラー達のほとんど全員が訪問が必要となり、天竜区春野町既訪問者にとっては‘落ち穂’と認識する案件であり、再開日の3.1はもちろん、この1ヶ月の間には、結構多くの‘同業者’が訪問したようです。

実はメグラーというものは孤独な趣味であり、ここの訪問をしたことをXなどのSNSに投稿することで、優越感に浸ることもあり、それらが実際に次々と投稿されており、私・稲生もそれらを眺めておりました。

2_20240403182101 自宅のある浜松市浜名区からは、約45㌔1時間10分ほどであります。当日は、9時ごろに自宅を出発して、10時過ぎには到着いたしました。半月前につぶやいたとおりで、2.20に下見をしており、その際に受託者さんと5分ほどの立ち話をしておりましたが、私の顔を覚えていたようで、訪問してすぐに、あの時のマニアであることを見破られてしまいました。

ちょうど所定の機械操作中だったようで、約10分のその作業ののちに私の千円貯金の対応をしてもらいました。この日の私は、ここともう1局だけの訪問だけの予定でしたので、時間はたっぷりあり、地元ならではの世間話をしてきました。

かれこれ30分近くの滞在後は、来た道を戻るのですが、杉簡易局から1.5㌔ほど戻った所は、11年前に茶畑に地滑りがあって、このニュースが全国に駆け巡った場所が見ることができます。現在は、斜面をコンクリートで固めている上に、川筋も蛇行を改めたりしていて、再び土砂崩れが起こることは無くなっております。

帰り道に、もう一つ立ち寄ったのが、同じ天竜区春野町の宮川簡易局です。ここは旧春野町役場内にありますが、ちょうど3年前に新型コロナによる県を跨ぐ移動が制限されていた際に、遠州地方の簡易局めぐり(すべて再訪以上)を実施した際に、この宮川簡易局が一時閉鎖中だったため、その後に再開したことを祝って再訪してみました。

とりあえず、稲生としては2月以来の局メグ再開のウォーミングアップは終わりました。次は、来週火曜からの宮崎・鹿児島大遠征となります。

※写真は、再開後の杉簡易郵便局。

2024年3月31日 (日)

1247.最近の小ネタ(バウアー・筒香は要らない・ギョーザ日本一奪還・三十三銀行)

本日は、最近の小ネタとなります。

まずはプロ野球が開幕しました。我がベイスターズは、とりあえず開幕連勝と良いスタートを切りました。

開幕前の下馬評では今永・バウアーが抜けて、二人での17勝278回1/3イニングはどうするんだと、前評判は良くありませんが、実は若い戦力が次々と出てきているのです。東・平良・大貫の3本柱のあとは、新外国人ジャクソン・オリ戦力外からの中川に濱口・石田さらには新外国人ケイ・森唯斗・小園らが先発を任されてきます。

打者の方は、オープン戦首位打者となったドラ1黄金ルーキー度会が1番ライト確定で、開幕2試合連続本塁打と実力を示し、オースティン・佐野・牧・宮﨑と続く強力打線となりました。課題だった、盗塁などの先の塁を目指す野球も何とかできる体制が整ってきました。

フロントは、今永のポスティングによる譲渡金を原資として、バウアー・筒香を獲得しようとしていますが、もう彼らの出番は要らないのです。バウアー・筒香が中途加入すると、チーム全体が揺れ動くようで、乱れが生じかねません。ですので、両名はどうぞ他球団で使ってやってください。

小ネタで話すには尺が足りませんが、ベイスターズネタは、これからもチョイチョイ書き込んでいくことになることでしょう。

次は、ギョーザ日本一に浜松市が3年ぶりに返り咲いたという話題です。総務省の家計調査によるものです。

ここのところは、2年連続で宮崎市が首位となっていましたが、今回は昨年3位だった浜松市が首位に返り咲き、2位が宇都宮市、宮崎市は3位陥落となったのでした。(元記事は NHKのこちらの記事)

Photo_20240330192001 それにしてもいつも疑問に思うのが、外食と冷凍食品を除くギョーザの1世帯あたりの購入額で順位を決めていることです。それでいてNHKの記事にもあるように、ギョーザを外食として食べに来た市民に感想を聞いているのです。

昨年2月の宮崎遠征では、このギョーザネタがまあまあ好評を博してきましたので、来月の宮崎遠征でも、話のつかみにはなることでしょう。

最後は三十三銀行という銀行名のことについてです。

銀行名に数字の付くのは、上の表にある通りです。明治時代にあった国立銀行のうち、第一国立銀行から第百五十三国立銀行まであった時のなごりだそうです。(元となる記事は こちらの記事)

この表にある8つの現存する銀行のうち、長野県の八十二銀行は第十九銀行と六十三銀行の合併によるものだそうで、なかなかのトリビアです。

この記事が書かれたのは2012年でしたが、その時の一番目にある三重県の第三銀行は2021年に三重銀行と合併して三十三銀行になっております。

この第三銀行は元々は相互銀行で、国立銀行ではなかったのですが、それに三重銀行の「みえ」=「さんじゅう」を足して三十三銀行としたようで、八十二銀行のは単なる足し算でしたが、三十三銀行はダジャレですよね。大変ユニークです。

2024年3月27日 (水)

1246.4月の予定

労働の3月も今週限りとなりました。今は4月からの趣味の日々を思い描きながら、1週間を過ごしております。

具体的に見てみることにしましょう。

第一週には天竜区の杉簡易局への訪問をすることになります。なるべく天候の良い日を選んで実施してゆきます。

第二週で宮崎・鹿児島遠征を実施いたします。3泊4日の大遠征となります。テーマ地域である宮崎県の南部の45局を刈り取ることに加え、鹿児島県大隅半島も攻めていくことになります。

Photo_20240330164401 宮崎県では日南・串間・都城などです。鹿児島県では志布志・錦江・南大隅・肝付などです。鹿屋や大崎などはすでに概ね廻っているのですが、今回大隅半島の先の部分を廻り切ってもなお17局ほどが残ってしまう状況です。あの辺りは簡易局王国であり局数が多いのです。

第四週で福岡市内と長崎五島および長崎市内を廻る予定です。これも3泊4日の大遠征です。メインが福江島ですが、この前後に福岡市と長崎市を付けていきました。

当初は、第二週の宮崎・鹿児島遠征と第四週の長崎五島遠征をどちらに先にしても良かったのですが、実は長崎五島が第二週ではダメな理由があり、このような遠征順になりました。

福江島の西方に嵯峨島(さがのしま)という属島があり、ここにある嵯峨島簡易局を拾う為には渡船での往復が必要であり、ここは片道13分で渡ることができるのですが、一日3往復のうち真ん中の便は学校給食ダイヤとなっており、学校給食が休みの日はその1往復は無くなるというもの。第二週では給食が無い日がありそうだったため、長崎五島遠征そのものを第四週にすることにしました。

Photo_20240330164501 どうやって調べたのか?ということですが、嵯峨島小中学校のホームページで調べたのです。HP内に月行事と言うのがあり、令和6年度は未だにアップされていませんが、前年度である令和5年度の4月をみると、春の遠足により4/14(金)が給食無しとなっております。このことから推測して第四週の方が問題がなかろうと判断したのです。

私が嵯峨島に渡る予定の日は4/25(木)ですが、遠足となると雨天順延などもあり、どうなるのかわからないところなのですが、この第二週・第四週問題を飛行機の予約や宿泊予約などの都合により、今から2ヶ月前の1月中旬に判断しなければならなかったのです。

実際に中部AP・宮崎APの往復便は1/16に、福岡AP・五島APの片道便は1/20に予約が完了しております。宿泊予約やレンタカー予約も同時期に完了しており、あとは浜松・博多と長崎・浜松のJRの切符を、この週末に購入すれば手配完了となるのです。

嵯峨島小中学校の春の遠足が順延等で4/25に当たったらどうなるのか?これは4月になってからわかることですので、その時は福江島内の廻り順を組み替えたりして、忙しいことになるでしょう。

※写真は、上が都城北原局。移転改称してイオンモール都城駅前内局になっています。下が、曽於市の大川原局。ここは局種変更して大川原簡易局になっています。ともに宮崎県の初訪問の日に訪問しました。

2024年3月23日 (土)

1245.磐信小松支店のこと

本日はローカルネタであります。

磐信とは磐田信用金庫のことであり、磐田市を本店として磐田市・袋井市・森町・浜松市天竜区など中遠・北遠地区を拠点とした信用金庫で、2019年1月に浜松信用金庫と対等合併しました。現在は浜松磐田信用金庫(通称では 浜松いわた信金 と いわた のみひらがな表記)となっております。

我が町・小松には郵便局やJAの他には静岡銀行と遠州信金が支店を持っております。浜松信金の支店は北隣の貴布祢及び南隣の西ヶ崎にあります。

Photo_20240330161901 磐信小松支店が進出したのは、昭和の終わりか平成の始め頃だったかと記憶しております。天竜川の東側を主力基盤とする磐田信金にとって、それまでに浜松南支店(向宿)・浜松北支店(船越)・葵町支店・鴨江支店・浜北支店が天竜川を越えて支店を持っており、人口の多い浜松市域に攻勢をかけているように感じておりました。いずれもすでに同業の浜信・遠信がある中での出店ですので、職員は大変な思いを持って顧客獲得・業務拡大を目指したものと推察いたします。

磐信小松支店は、浜北地区には西美薗に設置した浜北支店に次いで2店舗目であったのですが、当然のことながら、磐信職員は新規口座獲得を目指して、小松地区の各家庭に戸別訪問してきており、我が家では祖母が反応して、孫のための定期積金をとりあえず始めるということで、口座が開かれました。その後、子どものお年玉貯金などでも使用し、彼らが大人になってからは奨学金の返済口座として使ったのですが、私たち夫婦もいつの間にか口座開設して、それなりに利用するに至っております。

それで、浜信との合併後の処理に気に入らないことがありました。

Photo_20240330161902 まず西ヶ崎支店が建物を作り直すということで、小松支店の地に店舗内店舗で入ってきた後に、今度は西ヶ崎・小松支店が西ヶ崎の地に新しく作り直した場所に移転したのですが、小松支店の顧客には、新聞折り込みのチラシだけでの知らせであったのです。小松支店の顧客としては、ハガキの1枚でもいただきたいものです。

「磐信の口座を作る時には大変熱心に家庭訪問していたのに、小松の地を出て行くときには折込チラシ1枚だけなのかよ!怒」と文字通り怒りが湧いて、移転直前の西ヶ崎・小松支店に掛け合うと、支店長が私の自宅まで出向いて回答するも「本部がそのように言ってますので」と、まるで他人事のような返事で終わりました。

そのとき、本部での電話応答の窓口だった職員が、人事異動で西ヶ崎・小松支店に来て私の自宅まで挨拶に来たのですが、なんとその職員は祖母から孫の定期積金を獲得した職員だったのです。彼曰く「昔のお客様に怒られました!」

小松支店で口座獲得に邁進した職員が、立場が違うとはいえ、血の通う移転処理を出来なかったということです。彼は、1年足らずで本部に異動していき出世していったようです。

まあ、そんな個人的なやり取りがあった磐信小松支店のスタートからエンドまでの小ネタでした。

※写真は、上が旧磐信小松支店。現在は住友生命がテナントとして入居している。下が浜松いわた磐田信用金庫西ヶ崎・小松支店。

2024年3月19日 (火)

1244.最近の‘落ち穂’の状況 他

今月は、労働月のため郵便局めぐりに出掛けることが出来ませんが、その間にも要訪問局すなわち‘落ち穂’が増えております。

要訪問局の話をする前に、今年のテーマ地域としている宮崎県の訪問予定局に変化が生じております。

1.2に今年のテーマ地域として、したためたブログNO.1223には、宮崎県に残っているのは、南部45局と北部41局の計86局としていましたが、北部にある日向市の簡易局が2局、3.30にて一時閉鎖となる旨発表がありました。大王町簡易局と日向富高簡易局であります。2局とも契約解除ということでした。

これにより、8月に予定している北部方面での郵便局めぐりで、刈り取りできる局は2局減って39局そして宮崎県の要訪問局も86局から84局になりました。

2局減ったことについては残念でありますが、それよりも気になる情報が出て来ました。現在一時閉鎖している えびの市のえびの岡松簡易局と都城市の四家簡易局が受託者交代により再開するらしいという情報です。宮崎県南部は来月上旬に廻ることになっており、それにより南部45局は完訪する運びでいたのですが、その後に2簡易局が再開すれば‘落ち穂’となるのです。

さらにそれが8月に宮崎県北部39局を刈り取る前に再開するようならば、その際に南部の2簡易局へは拾いに行くことは不可能なため、今年の宮崎県は完訪ならず と言うことになってしまいます。

自県および他県における‘落ち穂’の発生のお話しに移ります。

Photo_20240330160801 地元の浜松市で、これまで貯金業務をやっていなくて一時閉鎖中だった簡易局が3.1より貯金業務を含み再開しました。天竜区春野町の杉簡易局です。地元と言ってもかなり奥地で、自宅から45㌔・1時間10分ほどかかります。浜松駅からならば、55㌔・1時間35分と出ました。

残念ながら初日にはいけませんでしたが4月に入ったら訪問しようかと思っております。きっとその頃には周囲の茶畑が綺麗な緑色に輝いている頃でしょう。

愛媛県松山沖の離島の中島に神浦簡易局が3.1より再開して貯金業務を開始しました。これまでJA委託で貯金業務を行っていませんでしたので未訪問でした。でも遠くの四国ですので、これだけのために訪問するわけにはいけません。もう少し‘落ち穂’が溜まってからということで保留であります。

福島県の浜通りの双葉郵便局が3.7に再開を果たしました。11.3.11の東日本大震災以来で13年ぶりです。これは茨城県行方および宮城県仙台市あたりと繋げて泊りがけでの訪問ができたら良いなと考えています。

大分県の日田市のお隣にある玖珠町の小野原簡易局が4.1より再開いたします。昨年ようやく完訪したばかりと言うのに、‘落ち穂’が出来てしまいました。山奥の簡易局での一時閉鎖だったので、このまま廃止なのかと思っていましたので、これには驚きました。しばらく保留となることでしょう。

その他としては、兵庫県豊岡市に1簡易局、静岡県富士市に移転改称局が1局などが新しく‘落ち穂’として発生しております。

現在のところの‘落ち穂’の状況は こちら でまとめてあります。一度眺めて見てください。

※写真は、浜松市天竜区春野町に3.1に移転再開した杉簡易郵便局。実は2.20に下見をしていて、受託者さんと立ち話をしております。

2024年3月15日 (金)

1243.遠鉄奥山線跡の散策

今月はバイトのオファーがあり、元目町まで遠鉄電車で通勤しております。

昨年1月に本庁に通った時には遠州病院駅での往復でしたが、元目庁舎はそれよりやや北方にあります。そのため、今のところ往路は遠州病院駅ですが、復路は八幡駅まで歩いて乗車しております。そろそろ往復ともに八幡駅乗下車にしてみようかと考えております。

Photo_20240313201201 往路の遠州病院駅からは、遠鉄奥山線跡を進んで元目庁舎に進んでおりますが、このことを秘かに喜んでいるのは私くらいのものです。奥山線という軽便鉄道のことを知らない世代の大人がほとんどだからです。

遠州鉄道奥山線とは、遠鉄浜松駅(現・遠州病院駅)から分岐して三方原台地を北上して、国鉄二俣線(現・天竜浜名湖鉄道)の金指駅を経由して、奥山方広寺のある奥山駅まで、営業キロ25.7㌔の軽便鉄道です。昭和39(1964)年11月に廃止されました。

三方原台地上では、廃止の前後頃から住宅供給地となってきており人口も増えて行ったため、なにゆえに廃止したのかと疑問に思う方もあろうかと思いますが、狭軌(762ミリメートル)のままでは、輸送スピード等の問題があり、1,067ミリメートル幅の狭軌または標準軌(1,435ミリメートル)に設備投資していく必要があったため、廃止の選択をしたようであります。

70代後半の方では、浜松北高校や浜松市立高校への通学で利用した方もいらっしゃることでしょうが、私・稲生は奥山線廃止時の年令は8歳で、浜松駅駅南の下町育ちですので、ほとんど縁がありませんでしたが、一度だけこの奥山線に乗車した思い出があります。

Photo_20240313201401 それは黄金週間(現・ゴールデンウイーク)の時期の浜松まつりにおいて、町内で出している凧揚げ会場行きのバスに何らかの理由で乗り遅れて、当時の凧揚げ会場である和地山公園まで乗車したのです。帰りは町内バスでしたので片道だけでした。稲生少年は小学校1年か2年の時でした。中学生であった6つ年上の兄に連れられてのことです。細かなことは覚えておりませんが、確かに乗車したことに間違いはありません。

元城駅跡にはホテルコンコルド浜松が建っております。狭い面積の駅跡を上手く利用し、南側の浜松城公園を借景としており、したたかな遠鉄らしい経営手法です。

もう少し進むと国道257号をくぐる亀山トンネルがあり、ここから暫くは遊歩道となっております。今でもそうなのかな?北高生と市立(イチリツ)生のカップルが仲睦まじく歩くことができる歩道なのです。

補足しますと、浜松北高校は西遠地区ナンバーワンの進学校で、浜松市立高校は通称イチリツと言って2004年までは女子高でした。

私が昼休みに散歩できたのは、この亀山トンネルまででした。もう少ししたら、浜松城公園の桜が咲きますので、次の機会にはその話題でもさせていただきます。

※写真は、上がホテルコンコルド浜松、下が亀山トンネル。

2024年3月11日 (月)

1242.愛車HVフィット本当に最後(?)の車検

1ケ月以上前のことですが、愛車HVフィットの車検を取りました。

車検が通った日である1.31現在において、走行㌔は211,800㌔でした。2013年2月の購入ですので、満11年を経過したことになります。

実は2年前、ブログNO.1040にて『愛車HVフィット最後(?)の車検』と題して、この時を最後にして買い替える心づもりがあることとしてタイトルに願いを込めたのですが、残念ながら、もう一回車検の時期が来て、それを通してしまったのです。

2年前の走行㌔が196,100㌔となっており、今回の車検時までに15,700㌔走行したことになります。1年あたりでは7,850㌔と至ってノーマルな使い方になったのです。

2年前の記事にも示しているように、以前の愛車フィット時代には1年あたり3.2万㌔、現在のHVフィットを新車で購入してから10万㌔を迎えた時期までは1年あたり2.8万㌔、その後の5年半の前回の車検までには1年あたり1.8万㌔とペースダウンしておりましたが、ここ2年では前述のとおりで1年あたり0.8万㌔とペースダウンが著しく、全く走行㌔が伸びない結果となっております。

Hv_20240330153401 こうなると、私には愛車はいらないのではないかと思う気持ちが顔を出し始めております。

ここ2年での愛車HVフィットでのお出かけ状況としては、2022年には2月に奈良・大阪・岡山、4月には四日市と京都木津川、愛知豊川と山梨県、6月に北関東3県と福島県、8月に岐阜高山と北陸3県、9月に名古屋・岐阜・津島、10月に磐田・沼津と山梨県、12月に湯河原・箱根と山梨県などとなっております。(郵便局めぐりR4年編・目次参照)

2023年には4月に千葉と神奈川、5月に北関東3県と南東北3県及び四国4県と広島・岡山・兵庫、10月に近畿地方及び岡崎、12月に山梨県などとなっております。(郵便局めぐりR5年編・目次参照)

ここに挙げた郵便局めぐり時の使用以外には、仕事に従事した際に場合により通勤に使ったり、買い物などの市内走行で使う程度となっております。

こうして考えると、現在は妻と私とそれぞれ1台持っておりますが、妻も仕事を終えたこともあり、二人で1台でも良いのではないかと思い始めております。

妻の車の車検が今年の夏にありますが、それを通したあとの2年後までに、二人で1台としてダウンサイジングをして行っても良いのかなと思い始めている今日この頃であります。

※写真は、HVフィット近景。龍禅寺にて。

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