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2011年11月 9日 (水)

2011年11月 9日 (水)

14.『いちご白書』をもう一度

‘いつか 君と行った 映画が また来る’

地元静岡のローカルラジオ放送で「昭和音楽堂」という番組があります。毎週日曜夜の21時からの30分番組です。ひとつ前の記事で、週4日は夜10時までの勤務と書きましたが、日曜だけは夜9時までの勤務で、ちょうど家路に着くまでの間に聴取できるので、毎週聴くことになっています。

杏里の「悲しみがとまらない」や中森明菜の「北ウィング」などを作曲した団塊世代の作曲家・林哲司と、20代なのになぜかやたらと昭和に詳しい俳優・半田健人が「昭和」の名曲やウンチクを語る渋い番組なのですが、先日(11/6)の放送の青春フォーク特集か何かでタイトルにある「『いちご白書』をもう一度」がかかっていました。

Itigoばんばひろふみのバンバンが歌い、大ヒットした名曲であります。1971に結成したフォークグループ・バンバンが全く売れずに、解散を考えていた頃に、最後の曲として、これも当時無名だった荒井由実(現・松任谷由実)に作詞・作曲してもらい1975にリリースして大ヒットした名曲です。

1950生まれのばんばひろふみはともかく、1954生まれの松任谷由実が学生運動を題材にした曲の作詞・作曲を手掛けたのには、ユーミンよりも3学年下で1956生まれの私・稲生としても、少し驚きました。私が大学に入学した1974には、学生運動は完全に下火になっており、3学年上のユーミンの時でも、下火であったはずなのですが、その郷愁を誘って作るところが、ユーミンの天才たる所以か、とも考えます。

荒井由実としても、『いちご白書』をもう一度」のリリースと同年の1975に、「あの日にかえりたい」で初のオリコン1位となり売れっ子となっていったようですが、その後の楽曲の傾向と違い、彼女にとっても異色さが際立つ名曲です。

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