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2012年6月10日 (日)

88.東京多摩地区

次回廻る予定なのが、東京都西東京市・東久留米市など、残り17局となっていた‘三多摩’地区です。この‘三多摩’地区ですが、最近では‘三’が取れて‘多摩’地区と呼ぶのが一般的になってきているようです。

東京多摩地区とは、そもそも西多摩郡・南多摩郡・北多摩郡の総称で、かってあった東多摩郡を含めた多摩4郡のうち、3つの郡のエリアを指しています。

西多摩郡とは、青梅市を中心とし、奥多摩町から福生市のエリアで、南多摩郡とは、八王子市を中心とし、町田市・日野市・多摩市・稲城市のエリアで、北多摩郡とは、昭島市・立川市から調布市・狛江市さらには武蔵村山市から西東京市・武蔵野市までの大きな地域(全17市)を占めていました。

この三郡のうち、南多摩郡・北多摩郡は、町がそれぞれ市に昇格して消滅し、西多摩郡の3町1村だけが現存しています。この辺りまでは、皆さんもよくご存じかと思います。

では、‘三’多摩から外れた四つ目の東多摩郡とは、どのあたりか?この辺になるとあまりご存じない方も出てくることでしょう。正解は中野区・杉並区のあたりだそうですが、昭和7(1932)年のことですので、相当昔の話です。この辺りは、もうすでに武蔵野台地の面影はなく、知らないのは当たり前、知らなくても何の問題も生じません。

そして最後に、この多摩三郡は、かっては神奈川県だったという話になると、まさにマニアックな話となり、そういった過去の市町村・県の変遷に興味あるものの世界になります。

明治22(1889)年に市制町村制が施行されて、件の多摩三郡は神奈川県に所属し、その4年後の明治26(1893)年に東京府に移管されました。このような事は、伊豆諸島がかって静岡県だったというのと同じぐらいの、一般の方々には、どうでもいい話です。

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