253.会津・新潟遠征のご報告・その2
前の記事の続きです。3日目は、おかしな天候でした。![]()
朝は晴れていたのですが肌寒く、10局目の木越簡易局を訪問する直前に、突然の豪雨とその直後に雹(ひょう)が降り、驚かされました。その後は、次第に晴れてきたのですが、強風の一日となりました。![]()
話が前後しますが、8局目の村松局のあとに立ち寄ったコンビニの店名が、村松駅前通店となっており、少し気になりました。後日調べてみると、蒲原鉄道が平成11年まで五泉・村松間を通っていたとのこと。しかも驚くことに、昭和60年までは、さらに南下して峠を越え信越本線の加茂駅まで繋がっていたとのこと。![]()
私・稲生は決して‘鉄ちゃん’ではありませんが、地域の発展にはレールで結ばれることが、大事なファクターであると思っています。そして、モータリゼーションの進展により、次第に駆逐されていくことも歴史の必然であり、それを憂う気持ちを有しています。![]()
白根あたりも、何か鉄道の匂いがすると思っていたのですが、新潟交通電車線というのが、新潟市・燕市間を走っていたようですね。これも旅が終わってから、ググッてみてわかりました。そして、手持ちの地図でその路線経路をたどってみて、主要集落を縫って走っていることに、なるほどと納得いたしました。![]()
さて、16時までに予定の33局を廻り、いよいよ帰路につき、新潟市内の巻潟東ICから北陸自動車道を上越JCTまで進み、かなり広い長野県内を縦断し、岡谷JCTから山梨県を縦断し、新東名の新清水ICに乗り、午前0時過ぎに自宅に到着しました。延べ500㎞超のみちのりでした。これでも、同じ中部地方なのです。![]()
新潟市内からは、上越JCT経由で長野県縦断のあと、岡谷JCTで恵那山トンネル経由と山梨県経由に分かれます。今回は、山梨県経由の方をとりましたが、2年前のとき(H24.6月)と、5年前の佐渡島から帰路についたとき(H21.5月)は、恵那山トンネル経由で帰ってきました。![]()
それ以外に長岡JCTで関越自動車道に進み、首都高を抜けるか、圏央道に進むかして帰宅することも選択肢としてあります。まだまだ、新潟県は全体の4割強の293局しか廻っておりませんので、次の機会には、こちらのコースも経験していこうとかと思っています。![]()
※写真は、今回の遠征の最終局となった新潟市南区の白根中央通郵便局。通算12400局目でもあります。元・白根郵便局(本局)で、本局機能が移転した後も、町の郵便局として使われています。
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