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2014年10月 3日 (金)

289.新幹線開業50周年

本年10.1にて、東海道新幹線が開業して満50年を迎えたそうです。東京オリンピックが開催された年であり、私・稲生は小学校1年生でした。

私の生まれ育ったところは、現在のJR浜松駅から南西へ500㍍ほどの下町です。そして新幹線の線路から200㍍も離れていないところに位置しています。

高架上を往来する新幹線は、日常の景色として捉えていましたが、そのすぐ近くを走る東海道本線(在来線)ほどには身近に感じてはいませんでした。こちらは、踏切があったために、そこを走る客車や貨物列車などに、気を取られる機会が度々あったためでしょう。その東海道本線の方も、昭和54年には高架事業が完成して、邪魔だった踏切は撤去されました。

話を新幹線のことに戻します。恥ずかしながら、新幹線には中学1年のときに大阪万博に向かうために、初めて乗車しました。開業から6年が経過していました。そう、新幹線を使っていく用事がなかったのです。沼津に親戚があり、毎年夏になると1週間以上の滞在をして過ごしていたのですが、ここは新幹線と無縁の場所でしたので、在来線で2時間半をかけて、向かっていました。

子どもの頃の新幹線の思い出といえば、高架下で遊んだことです。その頃は、高架下の有効利用がなされていなくて、単なる空き地になっていました。ここで、鬼ごっこなどをして遊んだものです。それから、すぐ近くに国道1号線(当時)の跨線橋があり、その南斜面で草スキーをして遊んだ際には、向かい側に浜松駅から出発したばかりの新幹線が間近で見られたのを覚えております。

今や浜松駅からは、在来線の利用の機会は無くなり、新幹線に乗って東京や大阪に向かうことが主になっているのですが、開業してしばらくは、日常的に新幹線の姿を眺めつつも、まったく高嶺の花だった東海道新幹線の思い出でした。

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