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2019年6月26日 (水)

751.宮城遠征のご報告-その2-

今回の宮城遠征のうち、仙台市外としては、初日に利府・塩竃北部へ、二日目にはそのすべてを、三日目には唯一・名取ゆりが丘局を廻っています。

初日の塩竃北部では、26局目が塩釜北浜町局で終わってしまい、残った2局(塩釜藤倉局、塩釜新浜町局)は、二日目の最後に廻ることにしました。

初日の夜は、石巻のルートインに宿泊したのですが、22:30頃に緊急地震警報のすぐ後に、震度3の地震に見舞われました。日本海の酒田沖が震源で、村上市では震度6強を記録した地震だったのですが、自分の感覚では1分くらい揺れていた感じがして、なかなかビックリしました。前の日にメールナビ案内をしてくださったSさんは山形県寒河江の方でしたので、すぐにメールして確認したところ、寒河江は震度4とのこと。そして被害はなかったとのことでした。それでも、震源より遠く離れた石巻で震度3とは、この辺りは地盤が悪いのかもしれません。

Photo_20190625152901 さて、二日目は石巻市桃生町・河南町から東松島市の旧・鳴瀬町を経て松島町に進みました。東松島市の野蒜地区は、大震災で集落が全滅状態となってしまい、山側に移動した仙石線の北側に集落ごと移転しており、その中に野蒜局が再開していました。

14局目の松島局の後は、塩釜港まで回送し、13:00発の塩釜市営汽船で浦戸諸島の中にある浦戸局への往復をしました。この頃から雨が降ってきて、コンビニで買った合羽の出番となりました。浦戸局では、局内で時間調整させていただきました。局長を含め、皆さん本土から通っているそうです。

6分遅れの15:00に塩釜港に到着し、塩竃市の残り2局、利府町の浜田簡易局、松島町の松島海岸局を廻り切り、この日は19局としました。

宮城遠征の三日間では75局を増殖し累計で283局、残りは141局としました。その他に、大震災後の休止中の局が23局もありますが、ともかく、今年の山形県完訪を果たした後は、来年のテーマ地域として宮城県の完訪を目指すことにいたします。

※写真は、浦戸諸島行きの塩釜市営汽船・しおじ。

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