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2020年6月27日 (土)

857.浜名地区の紹介-その1-

今回は超ローカルな、お題で話しを進めてみたいと思います。

Photo_20200615172201 昔、小学校の副読本として「のびゆく浜松」というものがありました。郷土の発展を記したものでありますが、私の住む浜松市は、曲がりなりにも、平成19(2007)年7.1に政令指定都市になっており、「のびゆく浜松」の未来像に沿った形の発展を遂げております。

横浜市を第一位とする政令指定都市の人口ランキングでは第16位となっており、永遠のライバル・静岡市の第20位(ビリ)に対しても、少なからず(約10万人ほど)リードしているのです。

もっとも、浜松市・静岡市ともに、政令指定都市が施行された時よりも、1.5万人、2.0万人それぞれ減少しており、お世辞にも伸び盛りと言えるものではありません。

ところが、私の住む浜北区については、1.1万人増加しており、中区などの5区が減少する中で、唯一増加し続けている「のびゆく浜北区」となっているのです。

〔ここまでのデータ:上段の表を参照してください。〕

次に、浜北区の中の浜名地区について、話を進めていきます。出来るだけ判りやすく話しますので、どうか皆さん、ついてきてくださいね。

私が生まれた年でもあるS31(1956)年4.1(※)に浜名町・北浜村・中瀬村・赤佐村・麁玉村の5町村が合併して「浜北町」が誕生しました。人口は5万人規模だったようですが、市街地形成が十分でなかったとかで、7年後のS38(1963)7.1に、ようやく「浜北市」として市制施行をしました。(※私は、浜松市生まれ(現・浜松市中区)です。)

1_20200615172301 その後は、浜松市の衛星都市として順調に発展していき、政令都市構想の中で、天竜市などの10市町とともに浜松市に編入合併したのがH17(2005)年7.1でありました。

浜名地区とは、旧浜名町のことであり、S26(1951)年11.3に小野口村が町制施行する際に、改称して浜名町になったもので、この‘浜名’は、いわゆる広域地名であります。(借用地名とも言われる。多摩市・伊豆市などと同じ。詳しくはググってみてください。)

その元となった小野口村は、村内の小松・内野・平口の3つの大字の一つずつをとった合成地名であり、当時の大字は3つしかありませんので、判りやすい命名でありました。小野口村の前身に関係する小野田村・平貴村などの細かなことは、長くなりますので、この際割愛させていただきます。

で、浜北町・浜北市・浜北区における浜名地区の位置づけは、簡単にいうとNO.2であります。貴布祢・美薗などの北浜地区が人口・面積(山林部分を除く)及び市内の位置的にもNO.1の座についており、区役所などの主要な施設が北浜地区にあることには、まったく異議がありません。

浜名地区は、昔も今もNO.2でありますが、ここ何年か前より浜名地区の西端に‘きらりタウン’なる大規模住宅地が形成されてきており、浜名地区内や、ゆくゆくは浜北区内においても勢力地図が塗り替えられようとするほどに勢いを増してきております。

〔ここまでの記述:左の地図を参照してみてください。〕

その2 に続く。

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