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2024年2月28日 (水)

1239.沖縄・宮古島遠征 おまけの一日

沖縄・宮古島遠征の最終日の帰路は、下地島空港を18:35の定刻を5分遅れて離陸して、2時間半後に富士山静岡空港に着き現地解散するだけの行程でした。

それまでの3日間は概ねスケジュール通りで、楽しく充実した旅行でありました。今回のツアーの参加者は総勢60名で、確か75名の募集だったのでしたが、参加者はそれぞれの宮古島の思い出を胸にして、故郷の静岡に帰るばかりでありました。

Photo_20240226155801 離陸して1時間半ほど経過したところでしょうか。室内の明かりが消えて、真ん中の通路のみ点灯する非常灯の状態になりました。私は、ちょうど持参の本で読書でもしようかというところでした。機内の飲料サービスも途中でストップしてしまいました。ベルト着用サインも消えております。

これは尋常ではないと思っていましたが、しばらくして機長よりアナウンスがありました。電気系統のトラブルがあり、機内での修復が出来ない状態となったので、これから最寄りの高知空港に着陸します。とのアナウンスでした。

これを聞いて、機内の乗客は騒ぐのかと思いきや、それほどでもありません。参加者に子供連れがいなかったこともあるのかもしれませんが、皆さま大人の対応であります。

当時のメモによると、高知空港には20:35の到着でした。素人目には、通常の着陸だったように感じました。ですが、そこから約10分は滑走路上に止まったままで動くことはありません。不安が無かったと言えば噓になります。もし、火災が発生したら?あの滑り台を降下していく緊急脱出だったらどうしようか?など、動きのない10分の間に、色々なケースが頭によぎりました。

Photo_20240226161201 結局、空港側のレッカー車両のようなもので、飛行機は空港ビルの方に運ばれて通常どおりの降機、そして預け荷物の受け取りをして、その後は高知空港におけるFDA職員の指示を待ちました。

21:30前には、高知市内のホテルで宿泊をして、翌日の高知空港発は11:00である旨説明がありました。空港からホテルまでの往復のタクシー代はFDA負担なので安心してくださいとのことです。もちろん宿泊代もFDA負担です。

高知市の中心部のクラウンパレス・新阪急ホテルに60名全員の宿泊手配ができました。これは良かったです。例えば、土曜の夜とか、緊急着陸が種子島空港だったら、こんなに大勢の宿泊確保は難しかったことでしょう。夜8時過ぎからの手配で、この結果は上出来です。

翌朝の朝食後、高知城を城下より眺めて証拠写真を撮りました。後で考えると、近くの郵便局を訪問して‘64マルチ’でもゲットしておいても良かったのですが、ホテルを9:10のタクシー配車だったので、これは残念なことでした(笑)。

この程度のイレギュラーで済んだので、今は稀有な経験を積んだことで済んだのですが、もしも胴体着陸だったら無傷ではなかったかもしれませんし、色々考えると飛行機での旅行の恐ろしさを実感した事件でした。

※写真は、上が高知城。下が事故機、高知空港発の飛行機内より。

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