1243.遠鉄奥山線跡の散策
今月はバイトのオファーがあり、元目町まで遠鉄電車で通勤しております。
昨年1月に本庁に通った時には遠州病院駅での往復でしたが、元目庁舎はそれよりやや北方にあります。そのため、今のところ往路は遠州病院駅ですが、復路は八幡駅まで歩いて乗車しております。そろそろ往復ともに八幡駅乗下車にしてみようかと考えております。
往路の遠州病院駅からは、遠鉄奥山線跡を進んで元目庁舎に進んでおりますが、このことを秘かに喜んでいるのは私くらいのものです。奥山線という軽便鉄道のことを知らない世代の大人がほとんどだからです。
遠州鉄道奥山線とは、遠鉄浜松駅(現・遠州病院駅)から分岐して三方原台地を北上して、国鉄二俣線(現・天竜浜名湖鉄道)の金指駅を経由して、奥山方広寺のある奥山駅まで、営業キロ25.7㌔の軽便鉄道です。昭和39(1964)年11月に廃止されました。
三方原台地上では、廃止の前後頃から住宅供給地となってきており人口も増えて行ったため、なにゆえに廃止したのかと疑問に思う方もあろうかと思いますが、狭軌(762ミリメートル)のままでは、輸送スピード等の問題があり、1,067ミリメートル幅の狭軌または標準軌(1,435ミリメートル)に設備投資していく必要があったため、廃止の選択をしたようであります。
70代後半の方では、浜松北高校や浜松市立高校への通学で利用した方もいらっしゃることでしょうが、私・稲生は奥山線廃止時の年令は8歳で、浜松駅駅南の下町育ちですので、ほとんど縁がありませんでしたが、一度だけこの奥山線に乗車した思い出があります。
それは黄金週間(現・ゴールデンウイーク)の時期の浜松まつりにおいて、町内で出している凧揚げ会場行きのバスに何らかの理由で乗り遅れて、当時の凧揚げ会場である和地山公園まで乗車したのです。帰りは町内バスでしたので片道だけでした。稲生少年は小学校1年か2年の時でした。中学生であった6つ年上の兄に連れられてのことです。細かなことは覚えておりませんが、確かに乗車したことに間違いはありません。
元城駅跡にはホテルコンコルド浜松が建っております。狭い面積の駅跡を上手く利用し、南側の浜松城公園を借景としており、したたかな遠鉄らしい経営手法です。
もう少し進むと国道257号をくぐる亀山トンネルがあり、ここから暫くは遊歩道となっております。今でもそうなのかな?北高生と市立(イチリツ)生のカップルが仲睦まじく歩くことができる歩道なのです。
補足しますと、浜松北高校は西遠地区ナンバーワンの進学校で、浜松市立高校は通称イチリツと言って2004年までは女子高でした。
私が昼休みに散歩できたのは、この亀山トンネルまででした。もう少ししたら、浜松城公園の桜が咲きますので、次の機会にはその話題でもさせていただきます。
※写真は、上がホテルコンコルド浜松、下が亀山トンネル。


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