2026年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ

« 1462.鹿児島・三島村遠征のご報告-その2- | トップページ | 1464.小説『私は忘れない』 »

2026年6月21日 (日)

1463.鹿児島・三島村遠征のご報告-その3-

それでは、三島村での訪問状況を真面目に綴ってみたいと思います。

三島村の初日は、梅雨前線の影響で終日の雨でした。それゆえ乗船前のコンビニにて、70㎝の黒いビニール傘(税込1,375円)を購入して、旅に臨みました。このコンビニ傘は、初日の竹島と硫黄島では大活躍しましたが、翌日以降は無用の長物となってしまいましたが高価でしたので、自宅まで持ち帰りました。

Photo_20260620144001 フェリーみしまは竹島に10:45に到着し、目的の場所・竹島簡易局へは11:10ごろ到着し、千円貯金をすることで任務完了です。雨ですので、他の場所への見学をすることもなく、隣の役場出張所で雨宿りをしていると、竹島滞在時間を短縮して出発するとの知らせが届きました。13:30発の予定を12:45発とするとのことです。

1年前の‘がん検診’船では、竹島に10:45に到着して14:30に出発する予定であったのを、今年の当初出発時間は13:30ということで、1時間も短縮しており、さすがにこれ以上の時間短縮は無いだろうと油断していましたが、荒天を理由に45分前倒しして、早発するということです。

同行者となった岐阜のK氏は、離島めぐりゆえ、竹島の色々なところへ出向く予定だったそうですが、雨脚が強く早めに出張所に退避して来られたために、この下船後に知らされた早発対応にも対処できました。これは良かったです。何しろ私の黒島におけるアッシーとなる方でしたので。

竹島を出航して40分後の13:25には2島目の硫黄島に到着しました。この時間に到着して貰っても目的の場所・硫黄島局は、13時から14時までは昼休み休憩の時間なので、港の待合所で時間を潰した後に、平家ゆかりの俊寛が流された島にちなむ俊寛像を見学して、時間を見計らって硫黄島局を訪問しました。その後、私は早々に宿泊先にチェックインしたのは、言うまでもありません。

Photo_20260620144501 この俊寛の流刑地は、三島村の硫黄島以外に、奄美群島の喜界島、長崎県の伊王島との説があるとのことで、同行のK氏から見事な解説をしていただきました。さすが元・高校の日本史の教師であります。

三島村の二日目は、硫黄島を8:50に出航して黒島大里港には10:00に到着しました。この日は昨夜からの雨は上がり、曇りのち晴れの程よい天候でした。

港に宿の方の迎えがあり、チェックイン後に、まずは大里簡易局を訪問しました。その後は、黒島の観光として、黒島平和公園・平等大彗会妙塔・有吉佐和子文学碑を廻った後に片泊方面へ。中間点にある焼酎工場は写真のみで、片泊集落内の最初に位置していた片泊簡易局を訪問し、私の目的は果たすことができたのでした。

その後もイパドンの墓・白衣観音像と観光をして、大里の宿泊地に帰ってきました。私は、ここまでで、K氏はさらに大里集落内の何箇所かを見て廻ったようです。

最終日は、帰路となり詳細は省きますが、帰りに寄港した硫黄島でのジャンベ演奏は、なかなか見事なのものでした。往路が雨であったため、復路で実施してくれたようです。

それから、黒島での出来事を小説にした有吉佐和子の『私は忘れない』は、昭和33年当時の電信・電話も繋がっていない時代の話でしたが、私は図書館で借りて、遠征中に読んでみました。今から60年以上前の話であり、ある意味時代物の小説でした。

以上の三島村での写真等々は、 こちら でご覧ください。

※写真は、上が硫黄島にある俊寛像。下が黒島にある有吉佐和子顕彰碑(『私は忘れない』)。

« 1462.鹿児島・三島村遠征のご報告-その2- | トップページ | 1464.小説『私は忘れない』 »

郵便局めぐり・西日本」カテゴリの記事

コメント

振り返るに、もし貴兄が先に黒島の旅荘きくみのレンタカーを借りていたら私はどうなっていただろうかとゾッとします。私は貴兄に同乗をお願いできただろうかと。運命とは良い方に動いているのでしょう。
ラオスはいいですよ。ご飯が餅米、早朝の托鉢は観光用だが風情は十分。クアンシー滝ではビキニの白人。メコン川沿いのホテルから川へ降りていくと釣りしている地元民がラオラオを舐めさせてくれました。セントレアからだとハノイ1泊となるから効率は悪いです。

岐阜のKさん、

拙ブログ内へのコメントありがとうございます。

一期一会とは言うものの、今回のフェリーみしま船内での出会いは、大変有意義な出会いでした。
離島めぐりとは別の海外遠征も着々と進んでいらっしゃるようですね。
楽しい出会いもあることでしょうが、恐ろしい出会いも無いとはいえません。
道中、お気をつけてお過ごしください。

また、拙ブログは勝手気ままに綴らせていただいてますが、もしかしたらKさんの
参考になるケースも一部あるかもしれません。
また、時間の空いた時にいくつかご覧いただければ、幸いです。

それでは、またいつかお会いできるのを楽しみにしております。

三島村3島4局の訪問お疲れさまでした。今年の医療船は初日は雨模様のようでしたが、竹島はやはり早発のようでしたね。昨年の私が訪問した時もそうでした。

黒島のレンタカー便乗はまさに幸運そのものだと思います。離島訪問では、とりわけ人との出会いが旅をいっそう思い出深いものにさせてくれますね。

私の場合は、下記の投稿:プ~やんのリンク先「離島の郵便局訪問記→黒島」のように、幸運にも役場の車に便乗させていただきました。1年前のことが懐かしく思い出されます。

プ~やんさん、

竹島の早発については、昨年の‘がん検診’便よりも予定でも1時間早くなっており、これを荒天を理由にさらに45分前倒しとされました。
それで、面白いのが硫黄島に13:25とかなり早く着いたのに、この日は準備をしたただけで、硫黄島の住民は翌日6時半からの健診だったようです。同宿の健診関係者は6時に宿を出て行きました。
黒島問題については、プ~やんさんの訪問記を読んでいましたので、まずは片泊簡易局の局員さんを当てにするつもりでしたが、その前のフェリーみしま船内で解決しており、事無きを得ました。
なお、プ~やんさんの乗船した‘レントゲン’便は、ことしはどうやら9月頃に実施されるようです。私は、昨年の7月の日程では地元の盆切行事に重なるため、どうしても6月の‘がん検診’便ダイヤで実施する必要がありましたが、無事に廻り終えてホッとしております。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 1462.鹿児島・三島村遠征のご報告-その2- | トップページ | 1464.小説『私は忘れない』 »