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旅行・地域

2019年6月 8日 (土)

746.長崎旅行のお話し-part2-

それでは、長崎旅行中の若干のトピックスをお話しいたしましょう。

博多駅から長崎までは、特急にて向かったのですが、佐賀県内の景色が意外なものでした。見渡す限りの田園地帯を想像したのですが、両側に広がるのは収穫期の麦畑でした。田圃は見当たりません。

最近になってスマホで検索することを覚えた妻が調べると、この地方は二毛作で、麦の収穫後の6月過ぎにようやく水入れ・田植えが始まるのだそうです。こういう沿線風景を見る事ができるのも、旅行の醍醐味であります。

長崎では、初日の大浦天主堂、二日目の浦上天主堂、最終日には平戸のザビエル記念教会と田平天主堂と、キリスト教徒のごとく見学をさせていただきました。キリスト教の伝来から、禁教の中の信心、その後の発展と、学習をいたしました。

Photo_30 教会内の造り、ステンドグラスの輝き、見事でした。なお教会内の写真撮影は固く禁ぜられております。

広島に続く原爆の投下を経験してしまった長崎なのですが、当日の第一候補地は小倉だったようです。あいにくの曇り空のためこれを断念し、第二候補地の長崎に移動し、雲間からのわずかの晴れ間に原爆投下が実施されたとのことです。これらを説明する原爆資料館では、郵便局へ行く時間を確保したくて、今一つしっかり見学できませんでした。これは少々の心残りでもありました。

最終日は良く晴れた一日で、平戸と佐世保の観光がしっかり出来ましたが、前出のとおり佐世保駅16:42発の特急に乗車して浜松へ帰ったのですが、佐世保駅近くのレンタカー返却が15:30頃と予定より早くなり、返金を受けるほどでしたので、あと1本早い便で帰宅できたのかなとも思いました。

というのは、博多始発のぞみ号が、新大阪駅・博多駅間の停電の影響で、出発が15分遅れ、名古屋でこだまに乗り継ぐのがどうなるのかハラハラしたのです。結果は、名古屋駅で こだまが出発待ちをしていて事なきを得たのですが、続く遠鉄電車では、ラス前の土曜の酔っぱらい電車に、ようやく間に合うといった事で、帰り便は綱渡りであったのです。

さて、次回の長崎行きは一人で行くぞ!そして思い切り郵便局めぐりをやるんだ! と、心に誓って長崎フルムーン旅行を無事終えたのでした。

※写真は、田平天主堂。

2019年6月 5日 (水)

745.長崎旅行のお話し-part1-

5/30・31・6/1の二泊三日の行程で長崎フルムーン旅行を実施しました。これは昨年秋に計画していたところを、娘の入院のためにドタキャンをしてしまっており、今回はリベンジ旅行でありました。

Photo_28 二日目午前中の軍艦島ツアーの際に雨に降られた以外は、まずまずの天気でした。特に初日と三日目は、良く晴れた爽やかな天気でした。

新幹線と特急を乗り継いで、長崎駅には12:49に到着です。その後レンタカーを借り大浦方面へ。まずは最寄りの長崎小曽根局で貯金をしました。長崎県へは40年ぶりでしたが、その頃は旅行貯金をやめていた期間でしたので、今回が長崎県初訪問となります。

大浦天主堂・グラバー園さらに路面電車にて出島へ。そして初日の締めは ゆうちょ銀行長崎店(長崎中央郵便局)です。県庁所在地のゆうちょ銀行は18時までの時間延長局ですので、これを利用して初日は2局でした。長崎市街地の北側の山の中腹にある宿泊先ホテルからは、反対側の稲佐山からの夜景と遜色のないほどの眺めでした。

二日目は、午前中は軍艦島クルーズですが、宿から市街地に降りる際に1局(長崎片淵局)訪問できました。軍艦島クルーズの最中だけが雨が降り続いていましたが、私たち夫婦はプレミアムツアーでしたので、色々優遇された待遇で見学ができました。

Photo_29 その後、同行の妻が長崎駅でお土産を購入して宅急便で送りたいとのことで、30分のフリータイムが出来、長崎天神局・長崎稲佐局・長崎丸尾局の3局を廻るという幸運な時間を過ごしました。

平和公園の平和記念像・浦上天主堂・長崎原爆資料館・原爆落下中心地と廻った後に、近くの長崎松山局を訪問し、二日目は5局も稼ぐことが出来ました。

佐世保宿泊後の最終日は、平戸・佐世保観光でした。土曜日ですので局メグチャンスはゼロで、残念ながら観光100%です。訪問したところは、平戸城・ザビエル記念教会・田平天主堂・九十九島パールリゾート・九十九島水族館および展海峰です。

佐世保駅を16:42発で帰路に着きましたが、自宅へは23:50に着きました。佐世保観光が少々時間余りだったので、1時間ぐらい早く帰路に着くこともできたのかなとも思いました。

旅のトピックスなどは、次回の記事で展開してみます。

※写真は、上が軍艦島に上陸中の様子。下が展海峰からの九十九島の眺め。

2019年5月10日 (金)

738.駅レンタカーからニッポンレンタカーへ

前の記事で、才能豊かで活躍しておられる同級生を自慢して紹介しましたが、かくいう私は、しがないメグラーに過ぎません。今日も、行ったことのない郵便局の訪問にいそしんでおります。(笑)

さて、郵便局めぐりという楽しい趣味活動にいそしんで来ましたが、地元の静岡県からしばらくのところまでは、マイカーにて訪問できたのですが、さすがに往復の運転に体力の限界を感じてきまして、東は山形・宮城、西は広島県西部・山口あたりより以遠の場所においては、新幹線もしくは飛行機で赴き、現地のレンタカーを借りて、局メグをやっていくというスタイルをとっています。一昨年ぐらいから、レンタカーを借りて、局メグを進めていくということをやってきたように思います。

当初はJRの駅レンタカーを借りるのが、駅チカで便利なような気がしたので、ほとんどが駅レンタカーでしたが、昨年の9月にレンタカー会社を見直すべき出来事に出くわしました。山形駅で借りて、二日後に新庄駅へ返却したのですが、乗り捨て料金が4,320円かかったのです。

Photo_21  乗り捨て料金がかかるのは、当然のことで理解できるのですが、ちょっと高いのではないかと思い、後日ニッポンレンタカーのサイトで調べると、山形⇒新庄は0円であったのです。この件以降、ニッポンレンタカーに移行することとなったのでした。

また、一泊二日や二泊三日で日を跨いで借りるよりも、毎日別々に予約して借りる方が、1日当たり400円から500円安いこともわかりました。駅近くに宿泊場所を確保しておけば、これはたやすく実施できることですし、何よりホテルへの駐車場代金も浮くことになります。先月の山口遠征と山形遠征では、これを実施してみました。毎日、整備された車に乗ることになり、これに気が付いて良かったと思いました。

ただし、ニッポンレンタカーでは、車両を効率的に運用しているため、地元ナンバーが手配できるばかりではありません。最初のうちは、地元車に溶け込む地元ナンバーでないことに不満がありましたが、その不満をSNSでぶちまけると、ニッポンレンタカーの運用方法を教えてくれる方々からの書き込みがあり、この不満は腹に納めることにいたしました。

ニッポンレンタカーでは、独自のポイントとTポイントも付くので、私は毎回500ポイントまたは1000ポイントを使うようにして、安くあげているつもりです。(ニッポンレンタカーポイントは、税抜き額の5%、Tポイントは同額の2%が付与される。)

もっとも、全ての地域にニッポンレンタカーが配置されている訳ではありませんので、例えば五日市ではトヨタレンタカーを、新岩国では駅レンタカーを使ったりしています。

最後に車種ですが、局メグに最適なのは軽自動車です。これは局メグをやっている方なら、納得の発言であるかと思います。でも、乗り捨てなどでは、軽自動車を自営業所で確保するために、軽自動車不可のところがあり、仕方なく普通車で手配することもあります。

といった感じですが、さらにより良い情報がありましたら、お教えいただければありがたいです。

※写真は、山形遠征の初日に利用したレンタカー・ムーブ。走行㌔が700㌔未満の新車でした。

2018年5月 6日 (日)

636.佐渡島旅行のお話し-part3-

私が9年前に初めて佐渡に渡った際に、もっとも感動した場所が、佐渡島東北端にある二ツ亀でした。

あの時は、両津側から内海府海岸沿いを北上して、佐渡島東北端に至った際に、何か記念に見学できそうな場所を探していたら、偶然にもこの二ツ亀を発見したのです。

二ツ亀ビューホテルの先の海岸端の小道を、少し降りていくと、その驚きの景色はありました。日本海の荒波に揉まれた岩肌が造った造形美です。しばらく、その美しさに見とれていました。

今回、妻との佐渡島旅行をするにあたって、この二ツ亀の景色を是非とも見せてあげたいと思い、佐渡金山や尖閣湾観光の定番の観光地のあとに、わざわざ東北端廻りのドライブをしたのです。

Photo_3今回も、風は物凄く強かったですが、9年前と同様に好天に恵まれました。

妻は、砂嘴のところまで降りて行きました。その砂嘴の右手は海水浴場となっています。

それから、写真に添付した右手前の方位標識は、9年前にはありませんでした。もしくは、気が付きませんでした。

ウラジオストクまで769㌔、能登半島まで137㌔など、なかなか気の利いた標識です。

さて、感動の二ツ亀をあとにして、両津港に進み、ジェットホイールにて新潟港に戻り、上越新幹線・東海道新幹線にて無事に帰宅したのでした。

1泊2日で、レンタカーを借りた時間は、丸一日・24時間でしたが、充実したフルムーンができたのだと思っております。

※写真は、もっとも感動した場所・二ツ亀。

2018年5月 3日 (木)

635.佐渡島旅行のお話し-part2-

佐渡島旅行のお話しの続きです。

初日の佐渡島での天気は、曇り空でした。そして、翌日は良く晴れた天気でした。

14時に両津港を後にして、まずは新穂の「トキの森公園」へ。朱鷺の資料展示と保護センターにいる朱鷺を観察しました。

次は、私の目的地・畑野町にある小倉簡易郵便局へ。ここの訪問のために、佐渡島旅行を計画したと受託者さんに話すと、「さすがです。」とのお言葉をいただきました。(笑)

さらに、真野町の「佐渡歴史伝説館」へ。16時過ぎの入場でしたが、来場客は自分たち夫婦のみでした。順徳天皇・日蓮聖人・世阿弥の流人の物語の見学とジェンキンスさんの働いていたお土産屋さんがありました。

宿泊先の相川地先の『ホテル大佐渡』へ向かう途中で、七浦海岸の夫婦岩にも立ち寄りましたが、雨模様の曇り空で夕日はまったく見えず、風も強かったので、妻は車から降りようともしませんでした。

Photo_2 夜中降り続いた雨は、早朝には上がり、二日目はからりと晴れた陽春の天気となりました。

まずは、佐渡金山へ。9時前には入山しました。佐渡金山400年の歴史の中では、開山当初の江戸初期の産出量がもっとも多かったそうです。江戸後期には相川の人口は5万人に膨れ上がり、それは大変な賑わいだったそうです。

次に尖閣湾観光です。天下の絶景・尖閣湾をグラスボートに乗船して、尖閣湾を間近に見たのですが、船はかなり揺れました。それほどの風ではなかったのですが、それでもこれだけ揺れるということは、欠航もかなりあるのではないかと推察しました。

そして、最後に私のお気に入りの景色・二ツ亀を見るために、佐渡北岸を約40㌔進みました。ここへ行くのには、まだまだ道の狭い箇所もあり、おそらく観光バスでの見学場所にはなっていないことでしょう。つまり、佐渡の知られざる秘境ということです。

二ツ亀に行く前後で、アリバイ作りと称して、高千(たかち)局と鷲崎局を再訪しました。

長くなりました。さらに三日後の記事に続きます。

※写真は、尖閣湾。

2018年4月30日 (月)

634.佐渡島旅行のお話し-part1-

4/25・26に1泊2日の日程にて、佐渡島旅行を実施しました。妻が今年還暦を迎えるので、その記念旅行という位置づけです、一応。

実際は、新潟県完訪にあたって、佐渡島に‘落ち穂’が1枚あり、それを拾っていくのにあたり、せっかく行くのだから、妻を同行しての観光旅行に仕立てた次第であります。

この辺の事情は、同行の妻も重々承知しております。私は9年ぶりの佐渡島入り、妻は約37年ぶりの佐渡島入りでした。

9年前の私・稲生は、直江津からフェリーで小木に渡り、夕方の到着だったため、すぐに宿に入り、翌日からの2日間を局メグにあてて、島内全49局をくまなく廻り、両津より新潟港に渡って帰ってきたものです。

Photo

妻の方は、22歳ぐらいだったころでしたが、ツアーレディという職種にあり、添乗業務として、やはり直江津からお客さんとともに小木に渡り、佐渡島の現地バスで1泊2日の観光旅行をして、新潟港で本土に戻ったそうです。

何しろ、だいぶ昔の頃ですので、当時の記憶はあいまいな所が多く、今回、私がプランを練って廻ったのですが、ここは行った、ここは行かなかったかも、いや行ったかな?など、いい加減なものでした。

妻によると、佐渡島島内は、当時は道路事情が悪く、本土からの観光バスが入ってくることがなく、もっぱら現地バスが島内観光の足となっていたそうです。ですから、今回廻ったところの道路が良くなっていることに驚き、時の流れを感じているようでした。

さて、出発日の4/25は西から前線が来ていて、浜松を出るころには、かなりの大雨でしたが、東海道新幹線・上越新幹線ともに時間の狂いはなく、11時半過ぎには新潟駅に予定通り到着しました。

新潟駅から佐渡汽船のりばまでは、路線バスに乗り、12:50発のジェットフォイルで65分、14時にはレンタカーを受け取り佐渡島島内観光を始めました。

次回の記事に続きます。

※写真は、トキ型ポスト。トキの森公園にて。

2018年1月19日 (金)

606.清洲城に行ってきました。

最近の記事が、皆様にはなじみの薄い男声合唱の話になってしまっていますが、申し訳ありません。

決して、郵便局めぐりを忘れた訳ではありません。日帰りで行く事の出来る場所がないため、活動ができないのです。それでも、実質的に今年初めての局メグを、来週には実施していくことになっています。行く先は愛媛県です。

Photoそして、2月には熊本に、3月には宮城に行く予定を立てており、こちらはすでに、行程表が概ね出来上がっております。

さて、1/16(火)に妻と連れ立ってお隣・愛知県の清洲城に行ってきました。

本来、1月の第3火曜・水曜は会社の研修旅行なのですが、3つの理由があって、これをパスしました。

1つは、老親の世話であります。といっても、アッシー君です。医者通いの往復の送迎を17日に仰せつかっています。

昨年までは、父(89歳)がまだ運転できたのですが、とうとう車の運転をさせないようにしたため、父と母(83歳:もともと免許が無い)の両者の足がわりの送迎が、私達夫婦の負担になってきました。

2つ目は、万年幹事のお役御免となったために、これ幸いにパスをしたのです。

一人しかいない総務担当の私・稲生が毎年の幹事役でしたが、一昨年の定年退職・再雇用により、これを辞退していました。

3つ目は、妻のご機嫌取りであります。妻は食品製造会社の正社員でして、暮れの12月は普段の業務に加えて、‘おせち料理’を製造しており、通常月の倍の業務をこなしており、大晦日まで休みがほとんどなく、年が明けた1月は、骨休めをする必要があり、この日一日を妻への孝行をすることに決めました。

ということですが、老親が待っていますので、16時ごろまでには自宅に帰らなくてはならず、清洲城の1箇所のみの急ぎ旅となりました。

※東海道新幹線で下りの大阪方面に向かう際に、名古屋駅を出てしばらく行くと、右手に城のミニチュアのごとく見えていた可愛らしい清洲城が気になっていました。平成元年の再建だそうです。本来は「清須」でしたが、1610年の「清須越」以降は「清洲」と表記するようになったとのことです。

 

2017年9月30日 (土)

574.北海道・道南旅行のご報告-その3-

登別温泉宿泊後の最終日は、地獄谷の見学よりスタートです。

地獄谷の少し上に大湯沼という沼があり、まずはそこに向かおうとしたのですが、前夜の雨で倒木があり、道路閉鎖となっており断念しました。

登別温泉局立ち寄り後、道央自動車道・札幌自動車道を進み、一路小樽を目指しました。今回の旅では、札幌は素通りです。

Photo_412時前には小樽に到着し、まずは小樽局に立ち寄り後、13時発の小樽運河クルーズを予約してあり、その前にその近くを散策・昼食です。ここでも中国・韓国の旅人が多く見られました。

小樽運河クルーズは40分の運航時間でしたが、詳しく楽しい解説の元、有意義な時間を過ごしました。下船後は、すぐ近くの小樽市総合博物館にも入場し、北の大地の入口・小樽の歴史を勉強してきました。

小樽ではルタオスイーツというお土産を買うのが、妻の主目的でしたが、駐車場がないとの理由をつけて、千歳空港店で買うことを提案し、そのため余ることになった時間を市内2局の増殖にあてる事に成功しました。

16:30にはレンタカーを返車し、千歳空港でお土産を充分買い、中部国際空港には20時過ぎに到着、空港バスで浜松に帰りました。空港バスの運転手が女性だったのには少し驚きました。

今回の北海道旅行、台風通過直後で出発が危ぶまれたところですが、台風一過の秋晴れの下、予定通りの行程をこなした上に、貯金旅行として15局も廻ることが出来、大満足の旅となりました。

※写真は、小樽レンガ倉庫と小樽運河クルーズ船。地獄谷の写真はNO.571に添付してあります。

2017年9月27日 (水)

573.北海道・道南旅行のご報告-その2-

二日目は、函館朝市の見学を割愛して、ホテルを8時過ぎには出発し、函館市内を後にして、松前に向かいました。松前・江差は遠いため、とにかく急ぎたかったのです。

でも、松前に到着する前に、休憩をとっていく事を口実に、沿道沿いの湯ノ里局・福島局と立ち寄り、松前城には10時半前に到着しました。ここは、桜の里と歌うほどの桜の名所ということでした。最適な季節は5月中旬ごろでしょう。9月というのに、アジサイが咲き、蝶々も舞っていました。

Photo_2松前局立ち寄り後、松前町内でマグロの三色丼を昼食としてとり、一路江差に向かいました。

沿道沿いの桧山石崎局・上ノ国局に立ち寄り、江差町の開陽丸記念館へ。旧幕府軍の威信を集めたオランダ船も暴風雨のため江差沖で座礁し沈没してしまい、旧幕府軍の勢いはそがれることになったのですが、これを昭和50年になって引き揚げ、その船体・遺物を展示しているのです。

江差局立ち寄り後、宿泊先の登別温泉へ向かいました。三日間が秋晴れと言ってしまったのですが、実は、このあと雷が鳴り、猛烈な豪雨の中をドライブすることになりました。

もちろん、途中での郵便局立ち寄りは割愛です。とても無理でした。傘を持っていなかったのです。でも幸いなことに、道央自動車道を八雲インターから入る前に、少々強引ながら八雲局に立ち寄ることに成功しました。ここは‘96’マルチだったので、ビックリしました。

雨は、宿に着くまで降り続きました。18時ごろの到着でした。二日目は、何やかやと7局も旅行貯金が出来て、密かに満足しています。

最終日に続きます。

※写真は、松前城。9月の秋の季節でしたが、うららかな春の陽気に感じました。

2017年9月24日 (日)

572.北海道・道南旅行のご報告-その1-

9/19から21までの2泊3日の北海道旅行より、無事に帰ってきました。タイトルでは道南旅行としていますが、1日目・2日目が道南で、最終日は道央です。

台風18号が旅行出発前日の18日に北海道を襲いましたが、それが過ぎ去ったあとの日程でしたので、秋晴れの3日間でした。世間様の3連休はあいにくの天候でしたが、私の3連休は爽やかな良い天気に恵まれました。

昨年が自身生涯初の北海道上陸でしたが、今回は2度目の上陸です。(妻は4度目のようです。)

函館・松前・江差へ行きたいとの妻の希望を取り入れて、忙しい妻に変わって私が行程を組んだ上での実施でした。私が行程を組むという事は、旅行貯金を組み入れるチャンスがあるということです。

Photo_3中部国際空港を10:30発のフライトで、函館空港到着は12:00です。レンタカーを受け取り後、すぐに回転寿司の函太郎本店に向かいました。少し戻り、海沿いの「土方・啄木浪漫館」に入館し、土方歳三と石川啄木の人となりを勉強しました。これは、この後に道南観光をするうえで大変役立ちました。

近くの郵便局で2局廻ったあとは、函館駅近くの「青函連絡船記念館摩周丸」に乗り込みました。二人とも、青函連絡船には乗ったことがありませんが、かって北海道に渡るのに重要な航路を改めて勉強しました。

さらに2局廻って、「金森赤レンガ倉庫」へ。ここでは、倉庫をアウトレットのように改装していて、国内外の観光客で賑わっていました。

この後が、初日のメインイベントとなる「函館山からの夜景見学」です。上手に時間を潰したつもりで函館山ロープウェイにて頂上駅に着いたのが17:15頃でしたが、まだかなり明るく、日没の18:00過ぎまで、さらにはもう少しきれいな夜景となる時間まで、長い事頂上に滞在しました。

台風一過の晴天の夜空のもと、大変満足いく夜景を堪能しました。

この後、函館駅前のホテルに入り、夕食は外に出て函館ラーメンを食しました。

五稜郭は昨年訪問していますので、これで函館市内はだいたい観光したことになります。

その2に続きます。

※写真は、お目当ての函館山夜景です。