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日記・コラム・つぶやき

2021年3月10日 (水)

933.静岡大学と浜松医科大学の再編(統合)延期問題

今回は、私・稲生の地元かつ出身大学である静岡大学と浜松医科大学の再編(統合)延期問題について、つぶやいてみます。

現行の静岡大学は静岡キャンパスに人文社会科学部・教育学部・理学部・農学部、浜松キャンパスに情報学部・工学部があり、全学横断型教育プログラムとして、学部の枠組みを越えた教育を受けることができる地域創造学環も設置されています。(学部記載順は静岡大学HPに拠っています。)

最後の地域創造学環はH28(2016)年度からスタートしているようで、なかなか能動的かつ画期的な取り組みのようですね。

1法人2大学への統合の合意書が交わされたのが2019.4月で、静岡キャンパスの4学部を静岡大学、浜松キャンパスの2学部と浜松医科大学を浜松医科工科大学もしくは浜松国立大学(ともに仮称)として、2022年度からの入学受け入れを目指すこととしました。

お隣の愛知県・岐阜県では名古屋大学と岐阜大学の再編・統合が進められております。大学の運営資金不足と少子化による学生数減少の両方を解決する策であり、時代の流れであると思います。さらに、医学部のなかった静岡大学にとっては、願ったり叶ったりの構想にも思います。

浜松側にしてみれば、従来から進めていた産学共同から産学医共同に幅を広げる話であり、現行の産業の育成・活性化のみならず、新しい産業の創造も考えられ、魅力ある研究体制が構築されうる話であります。

この構想を今年2月に、延期することに決定してしまったのです。主に静岡市と静岡キャンパス側による議論先延ばし戦術によるものです。そのこころは、研究者(大学職員)のポストが減るという、どうやら研究者サイドの死活問題をどうしていくかを詰めていないことにあるようです。

昔から、‘やらまいかの浜松’と‘やめまいかの静岡’という名言(?)があります。‘やらまいか’というのは、‘やりましょう’‘やってみましょう’という意味で、‘やめまいか’は‘やめましょう’‘やめときましょう’という意味です。

浜松人の考えは、まずはやってみるということで楽器産業(ヤマハ・カワイなど)やオートバイ産業(ホンダ・スズキ・ヤマ発)の勃興・興隆に繋がってきましたが、静岡人の考えは、既得権益の保護を図るということで、大店法規制などをしてきました。旧静岡市にイオンがないのも、コンビニの設置が遅かったのも、その影響でした。

4月から新学長となる日詰氏は、人文社会科学部長からの就任となり、統合再編に慎重な立場のようです。もう一波乱あるのかもしれませんが、文科省も進める大学再編の流れに逆らう強い理由が見出せない限り、両大学の再編・統合は避けられないものと考えます。

 

2021年1月28日 (木)

920.今年の初詣は法多山へ

令和3年の初詣として、1/20(水)に袋井市の法多山(はったさん)尊永寺に行ってきました。

コロナ禍の初詣としては、時期をずらしての参拝が推奨されていましたが、例年、初詣については三が日にこだわることなく1月中にお参りすれば良いものと考えておりましたので、この点については何ら違和感がありませんでした。

三が日の喧騒の中での初詣では、神様・仏様が多くの民の願い事を到底捌ききれず、ほとんどが無視されると思っていますし、それに、以前勤めていた会社では、観光バスの主催旅行としての初詣ツアーが1月末まで開催されていて、1月のうちにお参りするのはすべて初詣であるというのが、お題目としてあり、それを実践しておりました。

Photo_20210124163501 今年は、実母が年女ということで、3月の誕生日にて満96歳となりますが、例年どおりお誘いしたのですが、当初誘っていた1/13は、前日に連絡が入り医者の予約を入れていたとのことで1週間後に順延となり、1/20については、前日確認の電話を入れたところ、今年は辞めておくとのキャンセルが入ってしまいました。

実母の通っているカーブスで、初詣の行事は辞めた方が良いとのアドバイスがあったようで、それに従ったようであります。

さすがのコロナ対策というべきです。

子ども達の言う事は聞かなくとも、カーブスのお姉さま方の言う事はしっかり聞くのです。

というわけで、実母と3人ならば坂道の少ない小国神社に詣でようと思っていましたが、妻と二人となりましたので、厄除け団子を買って帰る楽しみのある法多山の方に初詣先を代えて、お参りをしてきました。

昨年も妻と二人で法多山に行っており、門前の500円で停める駐車場よりも安い、200円で停めることのできる駐車場の場所を心得ており、そこに停めてお参りをしてきました。

家内安全、疫病退散 無事に日常生活が戻ってきますように

お祈りしてきました。

2021年1月17日 (日)

917.高校女子サッカー優勝・藤枝順心高校・・・サッカー王国静岡の復活?

去る1/10(日)に行われた全日本高校女子サッカーでは、藤枝順心高校が2連覇を果たし通算5度目の優勝となりました。

合言葉は、順心☆ナンバーワン!!

男子サッカーの方は山梨学院が2度目の優勝となりましたが、決勝までの6試合のうち決勝を含む3試合がPK勝ちであり、運も味方しているとは言え、GKの力量が勝っていたとも言えましょう。

Photo_20210116114401 静岡県代表の藤枝明誠は、その山梨学院との3回戦でPKにより敗退(しかもPKスコアは6-7)しておりますが、前年は静岡学園が優勝を飾っており、男女高校生チームにおいては、サッカー王国静岡が復活してきていると言っても過言ではないでしょう。

ただし、我々一般の静岡県民が本当に望んでいるのは、J1リーグでの清水エスパルスとJ2のジュビロ磐田の両チームの復活であります。

Jリーグ優勝1回(2ndステージ)のエスパルス、かたやJリーグ優勝3回のジュビロ磐田はともに、Jリーグの創成期からの古参チームであり、2000年前後に記録した上記のような成績でもわかるように、Jリーグを牽引してきたチームでしたが、2010年以降は、ともにパッとした成績も残せず、エスパルスは1度、ジュビロは2度のJ2降格を経験しております。

エスパルスは1年でJ1復帰を果たしたのですが、ジュビロに至ってはJ1昇格へは1度目が2年、2度目は今年まさにJ2の2年目を迎えようとしているところであります。

俺はジュビロの中山だぁ!!

で、おなじみのジュビロ磐田のレジェンド、ゴン中山こと中山雅史氏が、今季よりジュビロ磐田のコーチに就任することが決まり、今年こそはJ2脱出を願っております。

頑張れ!ジュビロ磐田!!

2021年1月13日 (水)

916.嵐ファンの聖地?愛媛県嵐郵便局

こちらのブログのアクセスカウンター数が、本家の『稲生ホームページ』のアクセスカウンター数よりも、いつの間にか追いつき、そして追い抜いておりました。(ブログアップの前日現在:ブログ149,380に対してホームページ148,673)

2002.11月開設から18年2ケ月経過の『稲生ホームページ』よりも、2011.10月開設から9年3ケ月経過の『稲生のつぶやき(ブログ)』方が、倍のスピードで閲覧されているようです。どちらも、もう少し続けていく所存ですので、よろしくお願いいたします。

それからもう一つ、業務連絡となります。今年の年賀状についてですが、インクジェットはがきにもかかわらず、用紙選択のコマンドを普通紙で印刷してしまい、写真部分に横線が入って見苦しいものが届いたかと思いますが、これについては、申し訳ございませんでした。

Photo_20210111160701 採用した写真4枚については、いずれも『プレイバック・2020』by稲生 より抽出していまして、よろしかったら、こちらのページを今一度閲覧していただきご確認をしていただければ幸いです。(該当の写真は  で示してあります。)

さて、人気男性アイドルグループ「嵐」が昨年末を持って活動休止となりました。ラスト3ケ月は、ほとんど毎日「嵐」の顔を見ていた気がします。

ジャニーズ所属の先輩アイドルグループ「SMAP」の解散が、生々しくドロドロとしたものだっただけに、「嵐」の方は、さわやかにスマートに活動を終えることができて、より好感度を上げることになったようです。

愛された「嵐」 愛媛の聖地「嵐郵便局」はインスタ映えスポットとして人気

という記事が1/2のスポーツ紙に掲載されました。 元記事は こちら (そのうち、リンクが消滅するかと思いますので、必要な方はコピペなどしておいてください。)

「嵐郵便局」のある場所は、愛媛県宇和島市津島町。松山駅から宇和島駅までは特急で82分、そこからバスで45分の宇和海に面した漁村にあります。列車とバスでは2時間以上かかりますね。

試しに松山空港から自動車で向かうと、約108㌔・1時間54分と出ました。どちらの手段であっても、なかなかの時間を要します。もっとも、嵐の聖地ですので、これぐらいの臥薪嘗胆がなければ、ご利益も少ないようです。

私も愛媛県完訪の旅の最終日(19/8/9)に訪問しておりますが、局内の「嵐コーナー」も充実しており、嵐ファンの皆様におかれましては、郵便局が営業中の平日に訪問されることをお勧めいたします。

※私が、提供できる写真は こちら (それなりに拡大してあります。)

2021年1月 9日 (土)

915.首都圏の1都3県に緊急事態宣言を発出

とうとう1/8(金)より、東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県の1都3県に緊急事態宣言が発出されました。期間は2/7(日)までとなっています。

連日、東京都の感染者数に注目をしていますが、大晦日に1,000人超え(1,337人)をしたときには、とうとう大台を超えてしまったのかと驚いたのですが、それは序の口に過ぎず、1/7(木)には2,447人と、突き抜けてしまった感があります。まさに感染爆発であります。

年末年始の人出が減っていないので、この結果の全容が表れるのが1/12頃であり、どこまで突き上げるのか心配して見守っております。

1都3県に限らず、北関東3県や宮城、愛知や京阪神、岡山・広島、福岡さらには熊本・宮崎などと全国に蔓延しているため、緊急事態宣言が全国へ拡大されて発出されてしまう可能性も出てきました。私の住む静岡県でも昨日の感染者数は、過去最高(92人)でした。

このような事態は、日本国民にとって由々しき問題なのですが、私・稲生にとっても大変困った問題となっているのです。

趣味の郵便局めぐりが実施できるか否かの大問題であります。

前の記事で示したように、1月から3月の冬場に大分・熊本・宮崎への遠征を考えており、すでに1/26から28にて大分遠征の手配を済ませております。まずは、これの実施の可否を考えていかなくてはなりません。

静岡県・大分県を含む地域への緊急事態宣言が出されてしまえば、これは見送りとなります。もう、仕方のないことです。

両県に緊急事態宣言が出されていない場合でも、今後の感染者数の推移を見守っていかなければなりません。拡大基調であれば見送りです。あるいは延期という選択もあります。

年末年始の行動結果が感染者数に表れるのが1/12頃までの数字です。その後、1都3県への緊急事態宣言が発出されたことで、静岡県・大分県を含めた地方の者は、自重することでしょう。地方の住民は皆真面目で勤勉ですから、決して南関東での出来事とは思わないものです。一部の東京モンのようなバカ者とは違うのです。

この効果が表れて、地方の感染者数が収束に向かい始めるのが1/16以降、遅くとも1/20頃からと見ています。そうした場合は、私の大分遠征は予定通り実施できることになります。

まずは、1/20頃まで様子見をすることにいたします。今後のことは、それからです。

2020年12月28日 (月)

911.『プレイバック・2020』を作成

今年の活動報告の取りまとめとして『プレイバック・2020』を作成し、このほどアップしました。この『プレイバック』シリーズは、2014年からスタートし、今回で7年目となります。

スタートした年は、その年のブログの中から、どのように選択し、いくつぐらいチョイスすべきかが試行錯誤となり、それなりに時間がかかったのですが、一度フォーマットが出来るとスムーズに進み、年末の楽しいイベントとなっております。

7列5行の計35個をピックアップの対象としていますので、(ただし昨年は1行増量して42個)1ケ月あたり3個を目安としてピックアップしていき、12ケ月分を作っていきます。その後、若干の取捨選択があり完成にいたるのですが、そんなに悩むことなく作業は進んでいきます。

Photo_20201229145201

当事者としてのこちら側の狙いとしては、ピックアップした前後の記事を含めて、読み返していただきたいと思っており、閲覧者の皆様におかれましても、お時間の許す限り、読みなおしていただければ幸いです。

ここで、2020年に掲載した記事数106件の内訳を示してみたいと思います。(大みそかに掲載予定の郵便局めぐりまとめを含む)

カテゴリー別です。

「郵便局めぐり」73(68.87%)

「日記・コラム・つぶやき」18(16.98%)

「旅行・地域」4 「遠州ネタ」3

「映画・テレビ」2 「地域区分」2 「音楽」2

「趣味」1 「ゆうちょラリー」1

 となりました。

ツイッターなどと違って、一つの記事を複数のカテゴリーに指定できないので、2/3以上が「郵便局めぐり」になってしまいました。

来年からは今年(2020)からは「郵便局めぐり」を3つに細分化して、「郵便局めぐり・北日本」「郵便局めぐり・西日本」「郵便局めぐり・その他」としてみることにいたします。

※1.写真は、河口湖畔での富士山、サイドミラーアングル。(20.3.6撮影)

※2.「郵便局めぐり」を「郵便局めぐり・北日本」13件(12.26%)「郵便局めぐり・西日本」30件(28.30%)「郵便局めぐり・その他」30件(28.30%)に分類しました。(21.1.3追加)

2020年12月11日 (金)

906.遠鉄トラベルとJTBプレ葉

おととい(12/9)は、川根本町の千頭と二回目の門出駅訪問をしてきました。一応、紅葉見学ということです。

浜松市天竜区春野町方面から国道362号にて峠越えで向かったのですが、川根本町に入ったところで時間規制による道路工事に当たってしまい、小1時間待つことを同行者の妻は許してくれず、やむなく地元集落を抜けていく迂回路を使って大井川沿いに抜けることを選択、何とかクリアできました。

千頭郵便局と五和郵便局で記念貯金と風景印押印・ポスト型はがき購入をしてきましたが、両局ともにSL列車の絵柄がついていました。

さて、タイトルの件ですが、地元・旅行会社の遠鉄トラベルが9/1付けにて、親会社の遠州鉄道に吸収合併されて消滅してしまいました。NO.872の後段に既報のとおりなのですが、コロナ禍前に12店舗で展開していた旅行代理店業務は、すでに3店舗に縮小され かろうじて営業しております。

Jtb かろうじてと書いたのは、この12/1より週休3日での営業となっているのです。私は、空港バスや高速バスのチケットの購入や、沖縄・北海道・長崎へのフルムーン旅行の際に利用させていただいたのですが、あまりに早急な縮小ぶりに、唯々唖然とするばかりです。馴染みとなった従業員さんたちはいったいどこへ行ってしまったのやら。

ところで、私は遠州鉄道の株主の端くれなので、中間決算株主通信というものが送られてきており、それによると「ホテル業務従事者・旅行業務従事者・バス乗務員・バスガイドなどは、遠鉄ストア・遠鉄ラクラス(介護サービス)・遠鉄システムサービスへの配置転換を行っている」とのことです。

私の直接知っている旅行代理店業務ばかりか、臨時休館中のホテル九重に代表されるホテル・旅館業、貸し切りバスの不振による観光バス部門など、ことごとく休止・縮小されている現実があるようです。

もう一つのタイトルとして挙げたJTBプレ葉ウォーク店の方も、来年1/20にて廃止することがわかりました。

私は、ここで新幹線のチケットを購入していて、ここ何年かは、月に2度ほどの来店をすることもあり、いつの間にか馴染みの客となっておりました。自宅から2㌔たらずのところにあるプレ葉ウォーク店は、大変便利でしたが、今後は7㌔先のイオンモール市野店にお世話になることになります。

旅行業界の雄・JTBも、コロナ禍による影響で、冬のボーナスはゼロ、店舗を115減らす、グループ人員の2割相当の6,500人削減との発表がありました。近ツー・日旅・HISなども、似たり寄ったりのようです。

突然降って湧いたコロナ禍という‘恐怖の大王’が、ノストラダムスの大予言では1999年とされていたのに、21年ほど遅れてやってきたのかもしれません。

※写真は、プレ葉ウォーク浜北の2階にあるJTBプレ葉ウォーク店。

2020年11月13日 (金)

898.『たかが江川されど江川』後編

今回のファミリーヒストリーで初めて知ったのですが、私の住む浜松市東端を流れる天竜川を約50㌔遡った佐久間町大輪に住んでいたのです。(佐久間町に住んでいたのは知っていたが、その詳細の場所までは知らなかった。)

それも5歳から中学2年の満了するまでの10年間です。この少年期に、あの江川卓が、後年、野球選手として大成するための強靭な体力を培っていたとは、大変驚きました。

天竜川下流の広々した遠州平野に住む住民からみれば、佐久間町は猫の額ほどの土地に集落があり、さらに大輪あたりとなると、V字谷の底辺を天竜川が流れていて、その両岸の山の斜面に張り付くように人家が点在する地ですので、とても野球環境に適した土地とは言えません。

古河鉱業の鉱山技師だった彼の父が、地元の山香小学校(2006閉校)・山香中学校(1986閉校)へ通学させずに、9㌔ほど離れた佐久間小学校・佐久間中学校に、路線バスで片道40分かけて越境通学させたというのですから、ご両親は教育熱心だったのでしょう。

Photo_20201107110101 今回のブログを書くにあたって取材と称して、江川と佐久間小・佐久間中で同級生だった知人に学校規模を尋ねてみましたら、小学校では一学年3クラス、中学校では一学年5クラスだったようです。これなら教育環境としては充分な規模だったですね。ちなみに、浜松駅から南に1㌔のところで生まれ育った私・稲生は、小学校では2クラス、中学校では6クラスの学校規模でした。

それから、ファミリーヒストリー放映の数日後に、佐久間町大輪の現地まで、視察に出かけてきました。大輪バス停前には、オンエアでも出ていた渡辺商店がありましたが、あいにく平日で店を閉めていましたので、取材は出来ませんでした。ここは、竜頭山登山口であり、横にはトイレ施設もあり、国道152号を使う人なら誰もが知っている場所でした。

もちろん、天竜川対岸に向かって石投げをしてみましたよ。江川は、ここで小学校低学年から日課として石投げを始めて、6年になったら向こう岸に到達したと本には書いてありました。これによって、正しいフォームで遠投して、地肩を鍛え上げたようです。

ちなみに、天竜川沿いに走る国道152号が土砂崩れにより5.7㌔に亘って通行止めとなっており、対岸の県道を迂回路として使用していましたが、私が大輪に出向いた1週間後には、この迂回路でも土砂崩れがあり、今はこちらも通行止めとなっております。つまり浜松・浜北などの下流からは、佐久間方面には行く事が出来ない状況となっています。(三遠南信道へ迂回)

さらにちなみに、江川が通った佐久間小学校の現在の児童数は19名、2学年ずつの複式学級となっており、佐久間中学校の現在の生徒数は28名、一学年1クラスであります。これじゃあ野球ができませんね。江川自身が、現在の佐久間に一度出向いて、佐久間の変貌を見て欲しいものだと思いました。

江川卓の現役時代は、大嫌いな讀賣巨人軍の象徴として、憎たらしくも君臨していましたが、野球解説者としての江川は、結果論ではない予測でのわかりやすい解説に努め、私の好きな解説者の一人であります。今シーズンも、讀賣系列の解説者であるにもかかわらず、ベイスターズを1位予想していましたし。(結果は、見事なるBクラス沈没)

※写真は、江川のルーツ、佐久間町大輪の大輪橋と天竜川。10.6訪問。

2020年11月10日 (火)

897.『たかが江川されど江川』前編

10月上旬のNHKファミリーヒストリーで、昭和の怪物・江川卓を取り上げていて、偶然にも視聴しておりました。

私と江川卓との関係性は、皆様と同じで、栃木の作新学院に凄い投手がいて、公式戦でノーヒットノーラン9回、完全試合2回、36イニング無安打無得点。甲子園では一大会通算最多奪三振60、および8者連続三振。法政大学に進んだ東京六大学では、通算47勝(歴代2位)通算17完封(連盟記録)など、昭和の怪物と呼ばれていたことを良く承知しています。

彼は、高校卒業時のドラフトで阪急ブレーブスに1位指名され、それを拒否して慶応大学を目指すも不合格となり、やむを得ず法政大学の二部に入学し、周知のとおりの活躍をしたあと、大卒時のドラフトではクラウンライターライオンズに1位指名を受けるも、拒否して野球浪人をしアメリカ留学をしたのち、あの有名な「空白の一日」理論で、念願の讀賣巨人軍と契約を交わしたのでした。

これは周囲の大人が、アメリカ留学中の江川をドラフト直前に日本に呼び寄せて、何も問題ないと説き伏せ契約をしたのであって、当の江川に法律の専門知識もあるはずがなく、野球浪人をしてまで入団したかったジャイアンツに入ることができるとなると、たかだか22歳の若者に、今後の世論がどう騒ぐことになるのかなど考える暇もなく、ジャイアンツ球団の意のままに動いたのに過ぎないのでした。

Photo_20201106204901 これが有名な「江川騒動」であります。(Wikipediaでは「江川事件」となっている)

年齢は私より一つ上であります。

私はGファンの両親、ふたりの兄のもと、それにつられてGファンでした、小学校高学年までは。いや中学時代までかな?

でも、V9が終わり、ミスタープロ野球・長島茂雄が引退したころから、Gとは決別し、次なる贔屓球団を模索している時に、静岡・草薙球場でキャンプを張っている大洋ホエールズを見つけたのでした。秋季キャンプではないですよ。開幕までのコンディションを整えていく春季キャンプを静岡市でやっていたのです。

ちょうど静岡大学の暇な学生だった私・稲生は、足繁く草薙球場に通ったものでした。野手では江尻・山下大輔・長崎・田代、投手では平松・野村収などが主力だった時期です。一言でいうと、万年最下位の弱いチームでした。

これは、私の持論なのですが、春季キャンプをこの目で見る機会があると、誰しもが、そのチームのファンになってしまうものです。たとえ万年最下位のチームであっても、それは壮絶な激しいトレーニングを目の当たりにするのですから。

「江川騒動」が起きたのは、私が大洋ファンを始めて3年目。「空白の一日」などと、誰が考えても屁理屈でしかない理由で、江川卓と契約し、その年のドラフトをボイコットした讀賣巨人軍を嫌いになるには、充分な出来事でありました。

そんな、ダーティヒーロー江川卓選手が、私の住む浜松市の山の中に5歳から中学2年まで暮らしていたとは。

後編では、そこのところを深堀りしていきたいと思います。

※写真は、江川卓、他3名共著『たかが江川されど江川』(1991年2月発行)今回、amazonで取り寄せて読んでみました。

2020年8月27日 (木)

875.コロナ禍における結婚式

先週、コロナ禍における結婚式に出席してきました。

このご時世ですので、極力出席を避けたかったのですが、息子の結婚式でしたので、新郎の父親が欠席するわけにはいかず、出席した次第です。

今年2月に籍を入れ、8月に結婚式を行うことを、昨年のうちに決めていたようで、私としては、どうして入籍直後に式を挙げないのか不思議でしたが、まさか入籍後の春先にコロナ騒動が降って湧くとは知らず、むしろ、先見の明でもあったのかもしれません。

Photo_20200824192101 ですが、私の知っている結婚式とは、だいぶ違っておりました。

挙式・披露宴は親族のみ。すなわち、新郎側3名と新婦側5名と御両人の計10名だけによる、ある意味純粋な結婚式でありました。

式では、神父も周りの付き人もみんなフェイスシールドを着用し、列席者はマスク着用です。

披露宴では、会社同僚や友人などの列席はないため、余興など一切なく、新郎側のテーブルと新婦側のテーブルの2テーブルのみの、いささか寂しい宴でありました。

式は浜松で執り行われましたが、新婦は埼玉県出身でしたので、新婦御両親は車にて来浜し、前泊及び当日泊をして、帰られました。

私としては式の翌日に、浜松市内をご案内したかったのですが、相手側が躊躇しており、それもかなわず、これといったおもてなしもできずに終わったのです。

両家の行き来は、コロナ禍が落ち着いてからということになりました。

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