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2022年12月21日 (水)

1121.『御朱印』とか『御城印』とか、『ダムカード』とか『離島カード』とか

今回は、究極のスタンプラリーである『郵便局めぐり』に類する収集ものに関するお話しです。

寺社仏閣めぐりなら『御朱印』、お城めぐりなら『御城印』と、そこそこ流行しておりますが、私はその世界には足を踏み入れていません。その理由は、メインの『郵便局めぐり』に加えて、そっちまで趣味を広げてしまえば、訪問地におけるノルマが多くなり過ぎて、多分に時間オーバーをきたしてしまうであろうからです。

『御朱印』『御城印』を否定しているわけではありません。ともに、ご利益がありそうですので、その道に進んでいらっしゃる方々は、是非とも継続していただければ幸いかと願っているところです。

最近知ったのが、この道の亜種というべきもので、「諸国『一之宮めぐり』」というのがあるそうです。バイト先の同僚から教わりました。

Photo_20221219160201 今回、少し調べてみると、立派なHPが見つかりました。( こちら )

北海道から沖縄まで108箇所存在するそうです。『郵便局めぐり』で24,000局を廻ることよりも、かなり少ないので、これからスタートする方でも、満願成就することはできそうです。この記事で知ったことをきっかけに始めてみませんか?

次に、『郵便局めぐり』の同業者が、足を踏み入れているらしいと噂されているのが『ダムカード』と『離島カード』です。

私は、すでに『郵便局めぐり』の残りが2桁になった同業者が「ちょっと、水たまりにお出かけです」などと、つぶやいたりしていたのがきっかけで知ることになったのですが、国土交通省が主導して発行しているようです。( こちら )

平成19(2007)年からスタートしているようで、ダムカード配布場所の一覧表で調べてみると、800箇所ほどあるようですね。私は何故か山口県の「見島ダム」のカードを所有しています。

『離島カード』の方は、「国境の島」に限定したレアカードで、内閣府が主導して発行しています。令和3(2021)年3月からスタートしたもので、歴史は浅いものです。( こちら )

私は、このレアカードのスタート時に、ネットニュースか何かで『離島カード』なるものを知り、鹿児島県甑島列島の3島と、山口県見島の計4箇所のものを所有しております。

でも『離島カード』のスタート前に佐渡島・隠岐諸島・種子島・屋久島などを『郵便局めぐり』として訪問済みになっており、対馬島ではそのことを失念していて貰っていない上に、この前の奄美群島や沖縄県は何故か対象外になっており、これを収集するという興味は失っており、とりあえず、皆様へのご紹介に留めておきます。

※写真は、上が甑島列島の離島カードの表面と裏面。下が見島の離島カードおよびダムカード。

2022年11月16日 (水)

1111.乗り鉄ならぬ乗りバスのお話し

私のネット生活の原点である、稲生ホームページが11.15にて、満20年を迎えました。勝手気ままなHPですが、これからもよろしくお願いします。

前の記事について、現・浜北区にとって、もう一つ懸案事項があります。

それは、浜名区の後ろの字名に‘浜北’を入れるかどうかという問題です。現在、浜北区の自治会連合組織で検討しているとのことですが、稲生家でアンケートを取ってみたところ、意外なことに紛糾することなく、ほぼ満場一致で決着をみました。

もう少し分かり易く書くと、◎浜松市浜名区小松  とするか ◎浜松市浜名区浜北小松 とするか、という議論です。住所に‘浜北’の痕跡を残すか否かということです。(小松は我が家の住所地ですが、あくまでも例題です。)

浜北に生まれ育った者や慣れ親しんだ者は、‘浜北’を残す方に軍配を上げるものと考えていましたが、さにあらず。長くなるのはイヤだということで、前者の方が良いという意見が、我が家では主流を占めたのです。

Photo_20221112111301 これは稲生家での決着でしたが、現在審議中です。自治会役員は守旧派が多いため、稲生家とは逆の判断になるかもしれません。正式結果を待つことにいたしましょう。

さて、表題の件ですが、中学生のころに鉄道ジャーナルを1年ほど続けて購読したにもかかわらず、鉄ちゃんになれなかった私・稲生ですが、それより前の小学生のころは、バスちゃん(こんな言い方はなさそうですが。)でした。

バスマニアといっても、路線バスのバス停名に興味があったのです。これこそ、いまだに地図・地名に興味を持ち続けている私・稲生の原点であると言っても良いでしょう。

最初は、浜松市街図にバス路線を入れてみたり、架空のバス路線を考えたりと机上で楽しんでいたところもあったのですが、小学校高学年になると、行動に移していった時期がありました。

浜松駅まで徒歩10分ほどの下町に住んでいた稲生少年は、浜松駅のバス乗り場から、東循環・西循環・住吉循環・北循環・野口船越循環・浅田循環などの循環バスに乗り、実車体験をしていたのです。

これは当時走っていた浜松市営バスでのことです。市内均一運賃を取っており、当時子供は30円ぐらいだった記憶があります。浜松駅の乗り場から、途中で降りることなく終点の浜松駅まで乗り続けているのですから、車掌さんが不思議がって声を掛けてきたものです。一周では物足らず、二周目もしたいところですが、さすがにそれは許されることはなかったです。

この遊びは小遣いの中でやったのですが、週に1度のペースでやっていくことで、大変満足しておりました。

後年、遠州鉄道に入社して、折しも浜松市営バスが撤退するにあたって、遠鉄バスがその受け皿になり、効率化するために、浜松駅バスターミナルを中間点として位置づけ、通過系統を主に再構築していったのですが、当時、浜松営業所に勤務していた頃に、少し関わることができて幸せでした。

もっとも、私の入社する頃から、グループの中では路線バスは斜陽産業として位置づけられており、その路線バスの計画参画の中心にいなかったことは残念ではありましたが、それはそれで大変なことであったろうと推察しております。

※図は、浜松市街地図の一部。1968年発行となっていて、何やら色々と路線が手書きで書き込まれている。

2021年10月19日 (火)

999.‘稲生のつぶやき’が満10周年

こちらのブログ『稲生のつぶやき(ブログ)』が10/19(火)をもって満10周年を迎えました。

私の座右の銘「継続は力なり」を胸に、勝手気ままに続けていたら、いつの間にか10年が経過しておりました。

読者の気持ちはいざ知らずとも、書いてみたいネタがある限り続けていくつもりです。よろしくお付き合いのほど、お願いいたします。

さて、この記事のアップされる日は、山口遠征を実施していて、二日目には萩市の沖、45㌔の日本海に浮かぶ離島・見島へのアタックをしていることでしょう。この見島局を訪問することで、山口県の完訪となりますので、自然と力が入っていることでしょう。

次回の記事では、山口萩遠征のご報告や山口県の完訪に至る総括などを展開することができるかと思います。楽しみにしていてください。

Photo_20211018204001 さて、添付の写真は静岡市葵区・駿府城公園内の紅葉山庭園からのスナップ写真です。去る10/16(土)に妻のリクエストがあり静岡まで出かけてきました。

9月末で緊急事態宣言も解除され、全国的に感染者も激減しているためか、人出は多めに感じました。10時半ごろには現地に着いたのですが、駐車場が満車のところばかりで、駿府城公園の外周はもちろん、北街道・江川町通り・御幸通り・青葉公園通り・呉服町通りなど、かれこれ30分ぐらいの市街地ドライブをした挙句、静鉄裏の伝馬町通りのコインパーキングに、ようやく駐車して駿府城公園に向かいました。

私が入学式をした駿府会館は既になく、その後に紅葉山庭園が造られ、東御門・巽櫓、坤(ひつじさる)櫓が再建されており、また天守台発掘調査現場というのも見学できるようになっていました。

静岡鉄道の電車・バスターミナルの新静岡センターは、商業ビルの‘セノバ’に代わっており、今年はセノバになって10周年を迎えるとのこと。せっかくですから、ここのレストラン階で昼食をとり、地下階で買い物をして帰りました。

そして、次回の大学ゼミ同窓会の時に「〇〇くん、新静岡センターは、もうないよ!」と、伝えてやらなきゃと思いました。

という訳で、ひとしきり青春の思い出に浸ったところで静岡を後にして帰浜いたしました。

今回は、取り留めのない雑談で失礼いたしました。これぞ、勝手気ままな拙ブログの特徴であり、長続きする極意でもあるのです。それでは、また。

2020年3月11日 (水)

826.山梨三富・埼玉本庄・東京稲城への局メグの前の富士山撮影

3/6の局メグの前に富士山撮影をしてきましたので、それについてお話ししたいと思います。

東北や九州、さらには四国・中国などをまわる時に「どちらから来ましたか?」と聞かれたときには、「富士山の見える静岡県から来ました」と、少々自慢げに、少し大きな声で答えることが多いです。

Photo_20200310205501 たいていの場合、驚いてくれるのですが、あるとき「私も静岡県に住んでいたことがあるのです。」と、予想外の応答がありました。続けて「静岡県のどちらからですか?」となります。「浜松市です」と小声で答えると、「私は三島に住んでいました」となり「スイマセン、嘘をついてました」と私。

実は私の住む浜松市からは、富士山に雪の積もる冬の間のよく晴れた日に見通しの効く場所に限り、九合目より上の部分が見えるだけなのです。富士山からの距離で言えば、東京都内よりも遠いくらいなのです。

それでも、私の富士山・愛は深いものがあり、20年から10年位前には、その姿をしっかり目に焼き付けるべく、足繁く通ったものでした。(少し前に、それを紹介した記事 NO.316 )

さて、前日までの西高東低の強風は、夜のうちに鎮まり、新東名の駿河湾沼津SAでの仮眠休憩から目覚めると、雲一つない富士山日和の朝が明けました。(このSAからは、残念ながら富士山は見えません。)

時間的に早かったので、長泉沼津ICで降りて、早目に富士山の姿を拝むことにしました。その後、山中湖パノラマ台・山中湖畔・忍野・河口湖畔・大石公園と、それぞれ富士山と対峙して廻り、最後に新御坂峠・富士見橋で、名残惜しくも富士山撮影を終えたのです。

ところで、私の一番のお気に入りの場所は、山中湖畔であります。富士山の全貌がわかるばかりか、運が良ければ山中湖面の逆さ富士も拝むことが出来るからなのです。この山中湖越しの富士山の絵は、それはそれは美しいものであります。静岡県民としては、大変悔しいのですが、この場所がベストビューポイントであると認めざるを得ません。

※写真は、私のお気に入りの場所、山中湖畔からの富士山。(山中湖での逆さ富士が写った写真は こちら

※2020.3.6の富士山は こちら

2018年10月19日 (金)

682.‘稲生のつぶやき’が満7周年

こちらのブログ『稲生のつぶやき(ブログ)』が、本日をもって満7周年を迎えました。

54歳で始めた、中年オヤジの勝手気ままな‘つぶやき’も、なんとか途切れることなく7年続きました。つぶやく内容も、微妙に変わって来たかと思いきや、相変わらず趣味の‘郵便局めぐり’が主力となっています。

もう少し、続ける気力がありそうですので、このまま8年目に突入したいと思います。これからも、相変わらずのご贔屓をよろしくお願いいたします。

さて、前回の記事が、尻切れトンボになっていました。ラッシュ時の在来線に乗車して、手持ちのシウマイ弁当はどうなってしまったのか?その顛末を話していきましょう。

Photo 横浜駅17:23発の東海道線熱海行きは、宇都宮あたりの故障とかなんとかの影響で、8分ほど遅れて超満員で到着しました。大船駅を過ぎて奇跡的に座ることができましたが、相変わらずの満員状態です。

藤沢・茅ケ崎・平塚と大きな駅が続き、もしかしたら小田原を過ぎたらガラ空きとなるのでは、との淡い期待は脆くも崩れ、小田原駅もまた18:30発のラッシュ時間でありました。終点熱海から引き続き18:55発の豊橋行きに乗り換えました。ここまではロングシートですので、シウマイ弁当を食べるチャンスはゼロでした。これで、このシウマイ弁当は自宅へお持ち帰りとなってしまうのか?

小田原駅を過ぎたあたりで、手持ちのスマホの乗り換え案内で調べてみると、沼津発のホームライナー浜松5号という便があり、豊橋行き各駅停車では浜松21:31着のところを、このホームライナーでは21:05に着くこともわかり、この特急扱いの列車なら、さすがにロングシートということはないだろうと思い、沼津駅で降車し乗り換えてみました。

私・稲生は鉄ちゃんではないので、この列車の座席整理券をどこで買うのかわからず、ホームの車掌に尋ねたりして、320円を出して無事に列車に乗車でき、クロスシートの座席にてシウマイ弁当を食することができました。苦労して口にすることのできた崎陽軒のシウマイ弁当は、それはうまかったです。ハマスタで野球観戦しながら食べる時のように(笑)。

追記:浜松から遠鉄電車で自宅に着いた直後に、ちょうど息子が帰ってきて、その足で浜松インター駐車場に置きっぱなしのマイカーを回収することもできました。

※写真は、川崎殿町郵便局の訪問記念に購入したポスト型はがきと通帳、番号札レシートNO.1、そして通帳ケースは四国でいただいたお気に入りの四国四県ゆるキャラ勢ぞろい版。

2015年1月14日 (水)

316.今年の富士山

前回の記事の続きです。

1/9(金)の富士山周辺の局メグは、たったの4局でしたので、富士山を反時計周りに廻り、その素晴らしい景色を眺めながらの局メグをしてきました。

冬の時期は、天気が晴れていれば、富士山を眺めるのは、そんなに難しいことではないのですが、天気は気まぐれです。最初晴れていても、途中から曇ってきたり、静岡県内が概ね晴れていても、富士山の周辺だけが終日雲がかかってしまうことも、しばしばあります。

Photo富士山を目当てにする場合、私には出発直前に必ず閲覧するHPがあります。それは、静岡県庁が提供する『ライブカメラ富士山ビュー』です。(リンク先は下に記載、拙HPのリンクのページにも貼ってあります。)

これは、清水港・富士宮・御殿場からの定点観測をしているものですから、現地に行かずして富士山の今を眺めることができる優れもののHPです。ここで、前日までの各所からの眺望を確認し、当日の天気予報を睨んでは、当日の眺望の有無を判断してから、出発することにしています。

1/9の訪問はドンぴしゃり。1/6が雨で、1/7が今一つの眺望だったのが、1/8と1/9(当日)は視界を遮る雲一つないピーカンの空に、はっきりと富士山を拝むことができた一日でした。

拙HP内に“稲生の富士山めぐり”という項目があります。“稲生の郵便局めぐり”と同等の位置づけになっていますが、ここのところ動きがありませんでした。昨年の4.10に訪問した富士山めぐりも、今回の記事に間に合わせるべく、取り急ぎ作成したほどです。

富士山めぐりの目次を見ていくと、かれこれ10年ほど前に、富士山に対して熱心だったころがあったのを思い出しました。今持っているデジカメの方が、精度が良くなっているので、もう一度、私の中に富士山ブームが湧き出せば、たびたびの出動となることでしょう。

さて、今回の訪問を『2015の富士山(その1)』としてHPにアップしました。一度ご覧になってください。

※写真は、手前に芦ノ湖を配し、雪をたくさん冠した見事な富士山。箱根大観山からの1枚。

各リンク先のURL

※『ライブカメラ富士山ビュー』 http://www.pref.shizuoka.jp/~live/index.html

※“稲生の富士山めぐり”  こちら

※『2015の富士山(その1)』  こちら

富士山がらみの拙ブログ記事ナンバー(合わせて、ご覧下さい。)

17.私の富士山 http://inou2002.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/15/index.html

153.今日は何の日・・・富士山の日 http://inou2002.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/23/index.html

180.富士山が世界文化遺産に http://inou2002.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/25/index.html

228.山梨・静岡両県の‘落ち穂拾い’と富士山めぐり http://inou2002.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/02/index.html

243.桜と富士山 http://inou2002.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/12/index.html

2014年10月19日 (日)

293.‘稲生のつぶやき’が満3周年!

こちらのブログ『稲生のつぶやき(ブログ)』が、本日にて満3周年を迎えました。

いまから3年前の10.19に、自分もブログという形で、日々‘つぶやいてみたい’との欲求が高まり開設したものですが、曲がりなりにも満3年が経過したということです。

‘つぶやきたい’ことは山ほどあるわけで、こんなものは毎日書けるのではないかと、最初は考えていたのですが、なかなかそうはいかないもので、最初の8日間だけは毎日つぶやいたのですが、その後中1日・中2日と間隔を空けるようになり、開設1年半ほどしたころから中3日に落ち着いてきました。

Photo昨年度(13年度)の町内会長任期中は、中4日にペースダウンしたものの、途切れる事なく何とか継続することができ、今年3月末からは中3日に戻して‘つぶやいて’いる次第です。

「継続は力なり」とは、遥か40年前に大学への受験勉強をしていた頃に、座右の銘として心に刻んでいた名言なのですが、その精神は今でも心得ています。それゆえ、今の趣味である‘郵便局めぐり’も続けているのではないかとも言えるかと思います。

そうはいっても、このブログがどこまで継続できるのかは、知る由もありません。不測の事態が起き、明日にでもストップするかもしれません。

今のところ、まだまだ‘つぶやきたい’ことがあり、継続していきたいと思っています。どうか、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

※写真は、母校浜松西高校の正門前に掲げられた天野浩氏の横断幕。さりげなく愛車HVフィットも写してあります。

2012年11月18日 (日)

128.『稲生ホームページ』が開設10周年

こちらのブログ『稲生のつぶやき(ブログ)』の本家とも言うべき、拙HP『稲生ホームページ』が、去る11.15にて開設10周年を経過いたしました。

2002年の春から夏にかけて、私・稲生の地元を流れる大河・天竜川の起点・釜口水門から終点・河口まで、その上に架かる建造物である橋やダムをめぐる旅をし、自己満足ながら充実した気持ちを、自分の記憶の中だけでなく、よそ様にもお裾分けしたい気持ちが高まり、個人のHPを立ち上げてみたのですが、10年経過して、その内容は予想を超えるほどに変化していってしまいました。

パソコンの技術的な面は、10年前の開設当初とほとんど進化せず、相変わらず拙いのですが、その興味あるものは、地元の川・鉄道、市町村合併、富士山などから、現在はもっぱら郵便局めぐり(局メグ)へと変遷してしまいました。

私・稲生は静岡県浜松市に生まれ育ち、大学も静岡市であり、現在もまた浜松市に住んでおり、“井の中の蛙”を脱却するために、10年前に天竜川を遡ってみました。天竜川を遡れば、八ヶ岳にぶつかるだけですが、その先は分水界を経て日本海側に流れ着く訳で、日本海側にたどり着きたい気持ちがありました。

ここ数年は局メグという手段でもって、北陸や関東や関西へと“井の中の蛙”の解消に努めているのですが、日帰り局メグの限界やお泊り局メグの限界もあり、“井の中”がせいぜい“池の中”ぐらいにしか進歩していないのですが、“池の中”にも興味あるものは、様々なものがあり、なかなか日本全国津々浦々までの旅は出来そうにありません。

そんな訳で、稲生の郵便局めぐりも限界説が流れつつありますが、その際には次なる興味をお披露目して、この『稲生ホームページ』を続けていきたいものと考えています。

なんだか支離滅裂な文章になってしまいましたが、ともかく10年は一つの通過点に過ぎないと思っています。これからもよろしくお願いいたします。

2012年10月21日 (日)

121.ブログ開設1周年

この10.19をもって、こちらのブログ『稲生のつぶやき(ブログ)』が、満1周年を経過しました。

当面の目標が、1年間はブログを発信し続けるということでしたので、まずはホッとしています。

これまでに120の記事の投稿をしてきたのですが、これをカテゴリー別にみてみると、ダントツ1位が‘郵便局めぐり’で59、2位が‘日記・コラム・つぶやき’で30、以下‘遠州ネタ’が11、‘趣味’が7、‘野球ネタ’が6、‘音楽’が5、‘映画・テレビ’が2となっています。

局メグのことを日々考えて生活していますので、‘郵便局めぐり’の1位は当然で、その周辺にある出来事などをつぶやいた‘日記・コラム・つぶやき’も多くなるのは当然です。

‘野球ネタ’や‘音楽’‘映画・テレビ’については、当初思っていたほど多くを書けませんでしたが、贔屓のベイスタがいつもの通り、春先から弱かったことや音楽・映画に思いをはせた時間が少なかったのが原因かもしれません。

さらに投稿間隔が、開設時に考えていたよりも頻度が少なくなってしまったために、メインの局メグの話題を優先的に取り上げてしまった感があります。

その投稿間隔のことですが、開設当初の10.19から10.26までは毎日、10.30から翌年の1.10までは中1日、1.16から2.27までは中2日、そして3.2以降は中3日として今日に至っております。

ブログ開設前や開設当初は、二日に一度くらいは、サクサクと書いていけるのではないかと軽く考えていたのですが、いざ蓋を開けてみると、勝手気ままな文章ながらも記事にして世の中に出すためには、多少の資料調査というか裏付けのための調べをしなければならないですし、何より局メグの準備・本番・反省の方(HPの作成を含む)が忙しいこともあり、現在の中3日の投稿に落ち着いてしまった訳です。

そんな状況の拙ブログですが、しばらくは続けていくつもりですので、ご贔屓のほどよろしくお願いいたします。

2012年8月30日 (木)

108.mixi

私・稲生は、mixiに加入しています。その加入時期は、つい最近の本年2月のことです。

それまで、自分の趣味のHP(稲生ホームページ)を頻繁に更新することで、満足していたところがあったのですが、思うところがあって、遅ればせながらmixiに加入することにしました。

郵便局めぐりを主な趣味としていると、郵便局の改廃情報というものを、なるべくタイムリーに、そして正確に取得したくなります。公式には、郵便局株式会社の開局情報(開局・一時閉鎖等)に依るのですが、これに掲載されずに貯金業務が開始されたり、再開されたりすることも少なからずあり、それを補足する手段として、mixi内の局メグ家のコミュニティか何かがあるのではないだろううかと感じたためです。

数年前から加入していた息子に教わって加入手続きをし、晴れてメンバーとなったのですが、当初から友人登録(マイミクと呼んでいる)がとても少なく、改めてネット上でもつながりをほとんど持っていないことを痛感しました。

それでも、ネット上での同好の氏やHP内でのリンクさせていただいた方々などを頼りに、徐々にマイミクを増やしていき、加入からほぼ半年たった今では、ようやく19人の友人登録をさせていただいています。

mixiに加入して判ったことは、結構‘はまってしまう’ということです。今思うことをつぶやいてみたり、友人の動向を知ってみたりしているのですが、これが楽しい空間で、一日に数回ログインして楽しむようになってしまいました。

当初の目的であった、mixi内の局メグ家のコミュニティ内の情報は、期待していたほどのことはありませんでしたが、それでも多くの同業者が、思い思いの方法で、趣味の郵便局めぐりに励んでいることが判り、これはそれなりの収穫であります。

そんなこんなで、mixi内で今日も‘つぶやく’ことで自らの情報発信をし、またコメントもいただいたりしながら、楽しいネットライフの一端を担っています。

※今でもマイミクは随時募集をしています。このブログをご覧の方で、マイミクに登録希望の方は、是非ご一報ください。

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