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2019年10月
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郵便局めぐり

2019年10月13日 (日)

781.京都の‘落ち穂拾い’と滋賀・兵庫の‘マルチ捕り’

10月第二週は、伊豆諸島の利島・神津島の夜行日帰り局メグを予定していましたが、高速ジェット船の利島発着の就航が不確実であったこともあり、これを延期することにしました。波が高いのは台風19号の影響もあったのかと思います。

神津島から下田行きのフェリーのダイヤが火曜・金曜と限られている中、東京竹芝からの木曜出発便がなく、今回は10/7(月)夜行8(火)日帰りの一択でしたが、利島での島流しの可能性があったため、これを断念しました。

この後、11月のダイヤも適当なものがなく、それ以降の冬季は就航率が一層下がるため、この2島訪問は来年のGW以降に延期することにしました。2019年の隠れテーマ地域であったのですが、残念なことになりました。

Photo_20191012195401 その代わりに、10/9(水)に表題の‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’局メグを実施しましたので、これをご報告いたします。

まずは滋賀県の‘マルチ捕り’ですが、湖南市にある甲西大池局の訪問を選びました。ここは、19年前に滋賀県の初訪問を果たした局でした。

その後、名神高速・京滋バイパスから京都縦貫道にて、京丹後市の直営局からの降格局・野間簡易局を訪問しました。京都といっても日本海に面した京都府の北のはずれです。とっても遠かったのですが、京都縦貫道が全通しており、これを利用しました。

これにて京都府の5回目の完訪となるとともに、近畿地方の完訪復帰であります。

最後に兵庫県の‘42’と‘43’のマルチを捕りにいくのですが、‘42’マルチがなかなか少なく、二つを一気に捕れる場所を探した結果、朝来市の新井局(‘43’マルチ)と新井南簡易局(‘42’マルチ)を訪問しました。

‘マルチ捕り’とは、ゆうちょラリーの得点を稼ぐために始めたもので、全て再訪の場所であります。2019年度は、これまでに42箇所を確保したのですが、これは過去最高だった2018年度の46箇所に迫るもので、来年3月末までに取得すべきものですので、昨年度を上回るべく鋭意努力していく所存です。

※写真は、京丹後市の野間簡易郵便局。放し飼いの犬が二匹いて怖かったです。

2019年10月 5日 (土)

779.宮城遠征のご報告

10/2・3に実施した宮城遠征のご報告です。初日の天気は、晴れで最高気温29.3℃、二日目は、曇りで24℃くらいでした。特に初日は物凄く暑いのは想定外でした。

実は今回のコースは、昨年10/25・26に実施したコースのカーボンコピーのつもりでした。

昨年は初日に、レンタサイクルで仙台市内を16時までに29局、その後時間延長局などを3局廻り、二日目は仙台市西部の山の手から川崎・蔵王・村田・大河原と26局をレンタカーで廻り、白石蔵王駅で終えております。いわば仙台・仙南の西コースでありました。

そして今年のコースは初日に、やはりレンタサイクルで仙台市内の残り26局を廻り、仙台市内を完訪とし、二日目は名取・岩沼・柴田・角田と25局をレンタカーで廻り、白石蔵王駅で終える予定でありました。すなわち仙台・仙南の東コースということです。

事前の予習はバッチリで、願う事と言えばお天気、とりわけレンタサイクルで廻る初日に雨が降らない事でした。

Photo_20191007165801 ところが、結果としては、初日の仙台市内では18局しか廻ることができずに、太白区の8局を丸々残してしまったのです。昨年の29局に比べれば、26局を廻ることは何でもないことであったはずでしたが、予定の7割にも満たない結果となってしまいました。

1局目の仙台小田原局に至るまでに、道を間違え予定を3分遅れでスタートしております。5局目の仙台国立病院前局でも道を間違え、ここまでで9分遅れ、その後は自分の中のエンジンがパワーアップして行かずに、13局目の仙台沖野局では17分遅れとなり、この段階ですっかりやる気をなくし、太白区8局を丸々残すことを決意したのです。

これは、変に2・3局残すよりも、ひとかたまりとして8局残した方が、後々処理がしやすいのではないかと、私なりにその場で考えてみた結果でもあります。

その後は17局目の仙台河原町局で通帳更新(NO.104冊目からNO.105冊目へ)を、ゆっくりお願いし、18局目の仙台穀町局をラストとし駅に戻ることにしました。18局目が15時頃でした。

まあ、こんな日もあるのですね。あまりの計画倒れ状態に、自分でも驚いております。なお二日目は、予定通り進み25局目の西根局は14:30に廻り終え、順調でした。

この結果、二日間で43局の増殖となり、宮城県は累計326局。残りを98局と、辛うじて二桁局数にしたのでした。なお、11/5に富谷成田局という新規設置局があり、残りは99局となります。

ともかく、NO.751で発表した通りでして、来年は何回かに分けて宮城県入りをして、宮城県完訪を目指すことにしております。

※写真は、岩沼市の玉浦西簡易郵便局。東日本大震災後に集団移転してできた新たな町の簡易局です。

2019年10月 1日 (火)

778.四国地方完全完訪と与島・御礼参り

9/27(金)は、四国に発生している‘落ち穂拾い’を日帰りで実施してきました。9/24の長泉竹原局訪問と今回の四国訪問は、NO.773で述べた10月までの予定に入れてませんでしたが、何とか都合がついたため、頑張ってみました。

Photo_20190929205101 何度か述べているように、四国地方は全てマイカーでの訪問と決めているため、少々道のりがありましたが、日帰りにて実施した次第です。自宅を3:30頃出発して、帰宅したのは深夜0:30過ぎの21時間労働です。その走行㌔は1,200㌔を超えていました。もちろん安全運転ですが、体力の限界ギリギリでした。

1局目は、徳島市の徳島市民病院前郵便局です。10:30頃に到着しました。ここは8.26に徳島助任局から移転改称しています。オープンから1ケ月が経過していますが、お祝いの花がたくさん置いてありました。そういえば、三日前に訪問した長泉竹原局には、その手の祝い花は一つもなかったような記憶があります。静岡の関係者は、気が利かないようですね。(そういう私も静岡県民ですが。)

2局目が、本日のメーンイベントとなる局です。8.5に新規設置された高知市のイオンモール高知内郵便局です。13時頃に到着訪問しました。愛媛県を完訪した8.9よりも4日早くオープンしていたために、愛媛県完訪=四国全土完訪とならずに、四国は仮・完訪に過ぎず、もやもやしていたのでした。これで名実ともに、四国地方の完全完訪となったのであります。

ここから帰路に着くわけでありますが、せっかくだから香川県のマルチを捕ってから帰ることにしました。そして、香川県内での1局は、坂出与島郵便局を選択したのです。ここは、四国地方において最初に訪問した記念すべき郵便局であったのです。

Photo_20190929205102 与島PA第二駐車場を目的地として、ナビを入れると予定到着時間が15:40と出ました。第二駐車場から与島の局までは徒歩10~15分はかかりますので、とても微妙な時間です。そのため保険として、香川県に入ってすぐの大野原インターで一度下車して、大野原局に立ち寄りました。とりあえず‘63’マルチを確保しておいたのです。

さて与島PA第二駐車場には、15:27に到着しました。ここからは徒歩で郵便局を目指します。15年前も同様に徒歩で坂出与島郵便局を訪問していました。ですから、うろ覚えながら、30分あれば何とかなることが分かっていました。

そして、15分弱で目指す坂出与島局に到着したのでした。局長と女性局員さんとは色々と雑談をさせていただきました。橋脚の島・与島訪問は、四国地方を満願成就したことに対する御礼参りということで、感慨深い訪問となりました。それにしても、四国地方の1局目の訪問が与島局だったのは、我ながらベストチョイスであったと思いました。

さて四国地方完全完訪をしたあとは、四国へは気ままな‘落ち穂拾い’または‘マルチ捕り’のために、年1回の訪問をして行くことになります。

※写真は、上がイオンモール高知内郵便局。下が坂出与島郵便局。

2019年9月27日 (金)

777.再び、久しぶりの県内での‘落ち穂拾い’

3連休明けの9/24(火)に、長泉町に発生した移転改称局を訪問してきました。

訪問当日の9/24に、三軒家郵便局が西に約1㌔ほど移転して、長泉竹原郵便局に改称したものです。三軒家局は東隣の三島市境に程近いところにあったのですが、長泉町南部の竹原地区に移転したのでした。長泉町は人口増加率において、県内一番の自治体ですので、より長泉町内に利便の良い場所への移動となったようです。

浜松市浜北区の自宅を8:40頃出発して、新東名高速にて東に走行し、旧・三軒家局へは10:20に到着しました。写真撮影などをした後、長泉竹原局には10:40に到着したのですが、新装オープンの勢いは すでになく、通常営業に少々毛が生えた程度の賑わいとなっておりました。

Photo_20190926192801 先着50名に配ったという粗品(ボックスティッシュ)は、早くも配布終了となっており、オープン3日間の各日先着50名ではなくて、初日は100名に増強して欲しいものだと嘆いてみました。おそらく、9時の開局早々には、たくさんのマニア様はじめ地元の方の訪問で賑わっていたことでしょう。ここでは、ポスト型はがきと風景印押印をして辞去しました。

これにより、2年4ケ月ぶりの静岡県の13回目の完訪となりました。12回目の完訪であった島田市の湯日(ゆい)簡易郵便局のことを、このブログに書く際に、『久しぶりの県内での‘落ち穂拾い’』(NO.543 参照)というタイトルにしましたので、今回のタイトルは、これに“再び”を付けてみました。

この局をメグリ終えてしまえば、もうやる事はなく、自宅へ帰るのみでありますが、9/14に東名高速日本平久能山スマートインターが供用開始となっていたのが、気になっていたので、そこを目指すことにしました。前日に予定を立てた際には、日本平夢テラスから富士山を眺めてから向かうことにしていましたが、この日の眺望は今一つということで、日本平に登るのは断念して、自分の卒業した静岡大学周辺をうろついてみることにしました。

すでに昨年11月にゼミの同窓会で、少々うろついていたのですが(NO.691 参照)、今度は一人で浦島太郎気分を味わってみました。そして、下宿先最寄りの大谷郵便局を再訪しました。この局は、14年前の05年に現在地に移転しており、40年前の在籍時には、1㌔以上南西の久能街道にありました。また、静大最寄りの静岡堀ノ内局も78年開局ということで、私の卒業直後のことでした。すなわち、そのころの静大周辺の郵便局事情は、極めて心細いことになっていたのです。

もっともその頃は、郵便局に特段の興味もない頃でしたが、大学が大谷の東側の丘陵地に移転して、ほんの数年しか経過していない頃に在学していた当時は、農家の庭先を下宿としたところばかりで、今のような大谷団地などの住宅地形成がなされていないため、まだまだ郵便局などは既成集落にのみ存在していたのでした。すなわち、田舎の中にポツンと大学があったようなものでした。

そんな感傷に浸りながらも、東名高速日本平久能山スマートインターの写真撮影が上手に撮れることなく、結局東名高速にも乗らずに、国道1号バイパスにて、16時頃には帰宅したのでした。

※写真は、9/24にオープンした長泉竹原郵便局。

2019年9月23日 (月)

776.秋田遠征のご報告

9/17から19まで、2泊3日で実施した秋田遠征のご報告です。

秋田県の局メグとしては、2年前の6/21に にかほ市象潟南部での2局、10/17に仙北市田沢湖での3局のみで、今回は‘たっぷり秋田’ということになり、実質的には今回が、ほぼ初めての訪問です。

初日は、秋田新幹線にて秋田駅に12:30に到着して、1局目の秋田屋敷田局を12:55の着手で、秋田東部・秋田北部での17局でした。14局目の土崎港北簡易局はATMが設置されており、ポスト型はがきも置いてある、やる気のある簡易局でした。

Photo_20190923212401 二日目は、秋田市最北の追分局を1局目として、潟上市・男鹿市・大潟村と、男鹿半島を時計回りに31局廻りました。男鹿市内の直営局13局と田中簡易局では、‘なまはげ’の絵のお宝ゴム印でした。しかも、その‘なまはげ’は、各局それぞれの絵柄が異なるというもの。‘なまはげ’マニアがいるとしたら、大喜びのゴム印でした。なお、入道崎局は、灯台の絵のゴム印もありました。

三日目は、秋田市南部の豊岩局を1局目として、秋田市雄和・大仙市協和南部・西仙北・神岡・南外・大曲と鋭意廻り35局でした。秋田県内は、稲の刈り入れの時期で、三日間に訪問したどの地域でも、黄金色の景色が眺められました。

雄物川を挟んで右岸の北楢岡は神岡地区に、左岸の南楢岡は南外地区になっておりました。また、その南外地区のもう一つの集落は外小友で、内小友は大曲地区に属しておりました。

三日間の‘たっぷり秋田’での訪問により83局を増やすことが出来ました。累計としての伸び率は1760%であります。これは凄い率です。秋田県攻略の旅は、今回を皮切りとしており、これからも続いていきます。

※写真は、男鹿半島・青砂簡易郵便局。渡船業を兼営しています。

2019年9月11日 (水)

773.10月までの予定

10月末までの予定が固まりました。

まずは、来週の3連休明けの9/17から19にて、秋田遠征を実施します。

秋田県は、これまで山形酒田の延長として、象潟南部を無理やり2局廻り、また別の日には、岩手雫石の延長として、これも無理やり田沢湖方面にて3局廻っただけの計5局に留まっております。先週の宮崎遠征と同様に‘たっぷり秋田’として、秋田市・潟上市・男鹿市・大仙市などで79局から85局を予定しております。今は、その準備にいそしんでおります。

Photo_20190911132301 10月に入り、第一週の10/2・3は1泊2日での宮城遠征となります。初日が仙台市内でのレンタサイクルですので、何としても晴れてもらわないと困ります。二日目が名取から角田までの仙南地区へのレンタカー訪問です。

第二週は伊豆諸島の利島と神津島への夜行日帰り訪問です。これも、海が荒れずに無事出航してもらいたいものです。天候が悪ければ11月に延期としますが、秋が深まるほど海は荒れる傾向がありますので、何とか一発回答をいただきたいものです。

第三週は大分遠征です。飛行機だけ7月にポチっとしてありましたが、宮崎遠征から帰って、ようやく中身を詰めてみました。ここも、宮崎県や秋田県同様に、無理やり何とか7局を廻っていたのに対して、‘たっぷり大分’を堪能してみます。初日に国東半島を廻り姫島にも渡りますが、実は、これがメインであります。二日目は宇佐市・中津市、三日目は由布市から大分市内に入ります。

第四週は山形遠征です。当初は、第四週は休養の一週間で第五週に予定していましたが、第五週に用事が出来たため、大分から山形と連荘になってしまいます。山形県では庄内地区に残った44局の刈り取りであります。無事にこなすことができれば山形県の完訪と相成ります。

というわけで、私の趣味の郵便局めぐりも佳境に入っていきます。

※写真は、2年前に訪問した秋田県の田沢湖。(NO.578の再掲)

2019年9月 7日 (土)

772.宮崎遠征のご報告

9/3(火)から9/5(木)までの日程で、宮崎遠征を実施しました。宮崎県へは、本年2月の鹿児島遠征の初日に、都城市内で7局ほど廻ったのが人生初の訪問でした。あれから7ケ月後、今度は三日間に亘る‘たっぷり宮崎’であります。

中部国際空港(セントレア)を8:20発のフライトでしたので、宮崎空港には9:45の到着です。静岡空港からは宮崎行きはないので、お隣のセントレアからの搭乗です。鹿児島往復の際にも便を選べるという理由で、セントレアを使っております。これからも空路の際には、こういう方法での搭乗となりそうです。

Photo_20190911132201 初日は、1局目の宮崎本郷局を10:15スタートでの26局でした。宮崎市の南部から西部さらに北部・佐土原と廻りました。宮崎市中部の15局は、次回以降となります。トピックスとしては、19局目のシーガイヤ最寄りの宮崎山崎簡易局が、居酒屋だった建物を若干改造して使用していて、固定されたイスとカウンター、ボトルボックスなど、なかなか面白い簡易局でありました。

二日目は、山間部の椎葉村大河内簡易局を1局目(9:30スタート)として、西米良村2局、西都市東米良2局を苦労して廻った後は、西都平野部13局、新富町3局さらには高鍋町4局を廻り、計25局としました。

1局目とした椎葉村大河内地区は、椎葉村役場や西米良に出るよりも、熊本県球磨郡方面に出る方が便利であるそうです。西米良方面への国道219号は別名ひむか神話街道と名がついており、‘日向(ひゅうが)’を‘ひむか’と別名として読ませることが新鮮でした。‘ひむか◯◯’と銘打った会社などもありました。

三日目は、沖縄・台湾方面に向かった台風13号由来の暖かな空気と、スコールのような雨が時折降る中での局メグでした。おかげで、宮崎でもコンビニ傘を買うことになり、自宅への歓迎されないお土産となってしまいました(笑)。

国富町10局、綾町2局、宮崎市高岡町など8局、都城市など11局および時間延長局の ゆうちょ銀行宮崎店の計32局でした。国富町や都城市あたりは、簡易局王国でありました。帰りの便が18:40発であったため、16時過ぎの1局が実施できたのでした。

三日間で83局を廻り、7局だった宮崎県の累計局数は90局となり、その伸び率は1286%と、飛躍的なものでありました。来年も是非、宮崎遠征を実施したいものと考えております。

※写真は、宮崎小松簡易郵便局。

2019年9月 3日 (火)

771.新島・式根島 夜行日帰り局メグのご報告-その3-〈式根島の思い出とともに〉

15分ほどで『連絡船にしき』は式根島・野伏港に到着しました。『にしき』(※1)が到着した場所は、昔と何も変わっていませんでしたが、その手前に高速ジェット船が停泊している場所や、今回、式根島を離れる際に乗船した『フェリーあぜりあ』の外洋に面した場所は、以前はありませんでした。(※1『連絡船にしき』って、新島と式根島を結んでいるから『にしき』なのですね、きっと。)

38年前の野伏港は、新島への連絡船の発着のみで、東海汽船の『さるびあ丸』や高速ジェット船及び神新汽船の『あじさい丸』(※2 後述)は、島の南側にある式根島港での発着でした。野伏港を拡張整備して、これらすべての発着を野伏港に集約したようです。

Photo_20190830050401 野伏港から式根島郵便局に向かう道は、昔と変わらず急坂を登り、その後だらだらと進み、約1㌔弱15分弱でしたが、島の中央にある郵便局の周辺は、昔は郵便局と小学校それに中学校しかなかったのが、現在は民家が立ち並んでおり、38年の歳月を感じました。

さて、38年前の1981年(S56年)8月に、E鉄の新卒社員3年目の私は、観光サービス部に所属し、バス旅行の営業を担当していました。E鉄では主催旅行として「バンビツアー」と称し、色々と手がけており、これは現在でも主力商品として、地元での集客・販売をしております。

そのころ、突然の離島ブームが日本全国に沸き上がり「バンビツアー」でも、新島や式根島へのツアーを用意し、好評を博しておりました。初めのうちは、個別に添乗員を付けて対応していたのですが、そのうち毎日出発するほどの人気コースとなり、現地駐在員を派遣して、お客さんは運転手とバスガイドが、熱海港または下田港まで送り、お客さんだけで神新汽船の『あじさい丸』(※2当時の名称:現在は後継3代目の『フェリーあぜりあ』)に乗船してもらい、新島と式根島に張り付けた現地駐在員が、面倒を見るという形態をとったのです。その方が、効率が良いという訳です。

当時の添乗員は、専属の部隊がいるわけではなく、若手社員が業務の合い間に交代でこなすという、それは酷いものでした。私の担当と主催旅行「バンビツアー」とは、まったく違う部署なのですが、若手社員の宿命で、現地駐在員の役目が廻って来たのでした。そのことは、自分の業務に1週間ほど穴をあける事を意味し、周りの同僚・上司に当面の仕事を委ねて、1週間の島流しに遭うようなものです。物凄く辛い思いを感じながら、『あじさい丸』に乗船した記憶が、これを書いている今、蘇ってきました。

確か、式根島への最初の上陸は、熱海港(※3)から『あじさい丸』で新島港に着き、お客さんとともに『連絡船にしき』にて、野伏港に到着したんだと思います。うら寂しい野伏港に着き、不安が募ったことでしょう。(※3神新汽船は、今は下田港のみの発着ですが、以前は熱海港⇒利島・新島・式根島・神津島⇒下田港 でした。また、今と同じく曜日によって逆パターンになりました。)

Photo_20190830053301 現地駐在員の業務は、実は滅茶苦茶ゆるいものでした。島に到着したお客さんを迎え、民宿の方に引き渡し、落ち着いたころに各民宿に出向き、お客さんに注意事項を話し、民宿にはクーポンを渡すだけです。1泊2日と2泊3日のコースがあったかと思いますが、船への送迎は民宿が全てやってくれますので、帰りの駐在員は港でお客さんの無事を確認すると、お見送りをするだけです。

だいたい昼過ぎに『あじさい丸』がやってきて、その船にお帰りのお客さんをお見送りするというパターンだったと思います。一度だけ、新島発着があり、連絡船も含めてお客さんを案内したことがあったかもしれません。その辺の記憶は曖昧です。

私は、島中央の民宿「ひまわり」を拠点に、午前中は近くの小浜漁港の海岸で泳ぎ、午後に2時間弱の駐在員らしい仕事をし、その後は業務上で借りているレンタバイクで式根島島内めぐりをしていました。島内にある足付温泉と地鉈温泉にも入りました。それはそれは、パラダイスなお仕事でありました。

何時の夜だったか島の祭りがあり、それを見学した日もありました。そして何より鮮明に覚えているのが、我が母校・浜松N高が、最初で最後の甲子園に出場し、その1回戦を式根島でテレビ観戦したことです。(佐賀学園に1-0で勝利)なお、二回戦ではバスの保安要員として甲子園に出向きました。(北陽に1-2で敗戦)(NO.95 にも記載があります。)

1週間の島流しだと思っていた式根島での駐在員業務は、1週間の楽園でのパラダイスであったのです。あまりに素晴らしい楽しい思い出であったので、翌年結婚したばかりの妻と、今度は「バンビツアー」にて、客として式根島に来たほどです。ですから、式根島の方は、厳密には37年ぶりです。

さて、今回の式根島郵便局では、式根島に生まれ育った局員さんが窓口にいらしたので、色々とお話しさせていただきました。離島ブームはとうに去り、私の宿泊した民宿「ひまわり」は廃業していました。野伏港近くの観光協会にも立ち寄り昔話をしたのですが、本土生まれのアルバイトの若者しかいなくて、ここは今一つでした。

こうして新島2局と式根島1局の局メグを無事に終え、13:10発の『フェリーあぜりあ』にて3時間20分かけて下田港に到着し、伊豆急行・JR伊東線・東海道新幹線にて帰ってきました。そして実は、伊豆急行とJR伊東線は初乗車だったりします。同じ静岡県内に住みながら、これはこれで奥手な鉄分の薄い稲生の、長~い呟きでありました。

2019年8月31日 (土)

770.新島・式根島 夜行日帰り局メグのご報告-その2-

竹芝桟橋を定刻の23:00に出航した『大型客船さるびあ丸』は、5:00に大島、6:35には利島と時間通りに運航し、私の目的地である新島には定刻の7:30に到着しました。太平洋は凪の状態で、船体も揺れる事はなく、大変良い日に乗船できたと喜んでおります。

実は、新島には38年ぶりの上陸であります。どうして初上陸ではないのか?レジャーで来ていたのか?そのあたりのことにつきましては、次回のブログ ご報告-その3- にて、詳しくお話ししたいと思います。ですから、この3局だけのご報告の割には、話が長くなっていきます。お付き合いのほど、よろしくお願いします。

到着した新島・前浜港は、何だか38年前と様変わりしているように感じました。以前は港のすぐ横で、海水浴をする人々で溢れかえっていたような記憶があるのです。現在では、港湾の整備が進んだのか、港としての機能だけで、泳いだりする場所は見当たりませんでした。

新島では無料巡回バス「ふれあいバス」に大変お世話になりました。若郷集落への往復、新島局から新島港へと、都合3回乗車させていただきました。運転手1人のワンマン運行のマイクロバスで、車中では色々とお話しをさせていただきました。郵便局めぐりの先人たちも、度々乗車されているようで、全国に郵便局が24,000局以上あることもご存じでした。きっと先人たちも、色々と話に花を咲かせていたことでしょう。

Photo_20190830040001  ここで、私の乗車したバス停と時間ですが、①B堤駐車場8:10発⇒若郷消防詰所前8:42着、②若郷消防詰所前9:43発⇒健康センター前10:00着、③住民センター前10:50発⇒B堤駐車場11:10着 であります。新島村のHPに予定ダイヤが記載されております。なお、①と②は夏季運行ダイヤ(7/21~8/31)となっており、通常ダイヤでは、①7:50発⇒8:22着、②9:23発⇒9:40着であります。

9時から若郷郵便局に行く事を考えると、夏季ダイヤがちょうど良かったようであります。なお、若郷局のすぐ横から海岸に出る事が出来、そこは東屋などが整備されていて、時間調整に使うのには、ちょうど良い場所でありました。

実は、新島の事前の予習では、この巡回バスは時間が合わなくて使えないと、間違って判断していたのですが、新島に向かう さるびあ丸の中で、最後の直前シュミレーションをしてみようと、念のため島内バスの時間と、ルートマップに書かれたバス停マークを照らし合わせてみると、今回の郵便局めぐりに適した運行ダイヤであることが判明しました。自宅でアウトプットしていた時刻表と地図を持参してきたことが功を奏した格好です。事前の予定では、タクシーでの往復を考えておりまして、推定料金3,000円が、丸々浮くことになりました。

なお、新島局訪問後には、村のHPで目星をつけておいたパン屋さんで昼食用のパンを調達し、これは式根島へ向かう連絡船に乗船する前に食べました。新島局のあと、港までは徒歩で向かう予定でおりましたが、巡回バスの運転手さんが、③ダイヤを推奨してくださったため、これを使わせていただきました。当日は30℃ほどの残暑の中でしたので、歩いて汗をかくことを考えれば、これはかえって良かったと思いました。

新島での2局訪問を無事に終え、11:20発の『村営連絡船にしき』にて、式根島に向かいました。これも38年ぶりであります。38年前の『にしき』よりも、船が若干大きくなっていましたが、それなりに揺れました。38年前はもっと揺れていたんだな、と、懐かしく思い出した次第です。

それでは、いよいよ式根島訪問です。38年前に私は、連続6日間式根島に滞在しておりました。仕事です。そんな、懐かしい思い出話などは、次の記事で展開したいと思います。

※写真は、『村営連絡船にしき』新島港にて。

※コメント欄に、島内交通についての補足説明をしてみました。

2019年8月28日 (水)

769.新島・式根島 夜行日帰り局メグのご報告-その1-〈プロローグ〉

今年の隠れテーマである、伊豆諸島のうちの〈利島・新島・式根島・神津島〉の4島5局への訪問の第一弾として、8/25(日)夜行26(月)日帰りの日程で、〈新島と式根島〉に渡島し、2島3局を廻ってきました。

局メグ的には、たった3局の増加に過ぎないのですが、大変有意義な旅が出来たと思っています。

残る〈利島・神津島〉へは、10月の上旬に予定しておりますが、天候不順の際は、順延・越年となることもあります。

当初、5/19夜行20日帰りで〈神津島と式根島〉を予定していました。その延期のいきさつについては NO.742 にて呟いております。参考にしてみてください。

Photo_20190829042701 ですから、今回の日程も〈神津島・式根島〉のリベンジであったのですが、夏ダイヤを良く調べると、この時期のダイヤでは、式根島から帰って来れないことが判り、それならばと、もう一つのペアと考えていた〈新島・利島〉の2島3局を目指すことにし、出発2日前の8/23には東海汽船に乗船予約を入れました。

5月の延期の際にも、東海汽船HP内の「本日の運航状況」を定期的にチェックしていた結果、式根島から下田に帰る『フェリーあぜりあ』が怪しいために出発前日の朝にキャンセルしたのでした。(結果的には、欠航しなかった)

今回は利島から下田に帰る『フェリーあぜりあ』が8/23と24において、利島のみ欠航となっており、これを回避する次善の策を考えた結果、〈新島・利島〉のセットを〈新島・式根島〉のセットに変更する事とし、出発当日の朝(25日)に決断し、東海汽船に変更を入れたのでした。

もちろん、利島から下田へ渡るのが、大変怪しいことを加味して、第二弾である10月上旬の〈利島・神津島〉の行程も作成してみて、4島5局訪問が完結することを確認した上の日程変更であります。

さて、8/25の夜22時過ぎの東京・竹芝客船ターミナルは、夏を楽しむ若者や家族連れで大いに賑わっていました。そして『大型客船さるびあ丸』は、定刻23:00に東京港を出航したのです。

ここまでのプロローグ編が大変長くなってしまいました。当日のようすは、ご報告-その2-に続きます。

※写真は、新島港に到着した『大型客船さるびあ丸』

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