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郵便局めぐり

2019年12月31日 (火)

806.2019年の総括

本年最後の記事として、2019年の趣味の郵便局めぐりについて、振り返ってみます。

まず、テーマ地域とした『愛媛・山形』についてです。

最初に完訪したのは愛媛県でした。全378局のうちの23%にあたる残りの86局を廻りました。3/26・27・28及び8/7・8・9の延べ6日を要して、2度にわたる遠征により達成しました!

宇和海に浮かぶ戸島・日振島や松山市沖の睦月島・野忽那島と4つの離島がありましたが、愛媛県の場合も、離島を上手に廻ることが完訪への道と心得ておりました。宇和島市内ではスタンプラリー・イベントを実施していて、これも受け入れて楽しく廻ってきました。

Photo_20191228112201 全体で30府県目の完訪でありますが、四国地方の完訪でもありました。実際には、愛媛県完訪の4日前に高知県に新規開局が発生していて、これは9/27に日を改めて訪問して、名実ともに四国地方の全訪問を果たしたのでした。

山形県については、全394局のうちの38%にあたる残りの149局を廻るという、少々ハードルが高い状況でしたが、4/24・25、7/30・31・8/1及び10/29・30・31の延べ8日を要して、3度にわたる遠征により達成しました!

桜満開の4月下旬、夏真っ盛りの7月下旬そして秋本番の10月下旬と、冬場を除いた3シーズンを通して、山形県に触れ合う事ができました。県内唯一の離島・飛島をいつ廻るのか?これが一番のポイントでありました。山形県は31府県目の完訪県であります。

今年一番局数を稼いだのは、山形県(150:再訪1含む)でも愛媛県(86)でもなく山口県(160)であります。それどころか、福岡県(147)・岩手県(127)・宮城県(118)・熊本県(111)が100局越えであり、大分県(91)と宮崎県(90)も愛媛県の局数を越えて廻っております。

一方、宮崎県・長崎県及び青森県の初訪問を果たしました。(宮崎県は、その後‘たっぷり宮崎’遠征を実施して90局まで増やしました。)11/19の青森県の初訪問によって、47都道府県のコンプリートを果たしたのでした。

今年は、再訪32局、カウント対象外1局を含み1433局と、かなり凄い局数を廻ることが出来た年でした。

今年も、皆さまの励ましのもと、楽しく元気に郵便局めぐりを実施できました。それでは皆様、良いお年をお迎えください。

※写真は宮崎小松簡易郵便局。(19.9.3訪問:再掲)

2019年12月28日 (土)

805.火の国・熊本遠征のご報告-その3-

熊本天草遠征のご報告が思いのほか長くなってしまいました。もう少し、お付き合いください。

二日目の崎津教会見学後は、河浦町から牛深市街地へと進んでいきますが、25局目の魚貫(おにき)局では、訪問6日前の12/12に起きた覚醒剤取締事件の話で花が咲きました。覚醒剤600㌔の押収と11人の逮捕という大掛かりな事件だそうですが、パトカーが十数台も来ていたようで、魚貫集落始まって以来の大きな事件だったそうです。

牛深市街地では、夕食を求めてひととおり見て回りました。牛深ハイヤ大橋という芸術的な橋もありましたが、何もない街でありました。夕食は結局、‘ほっともっと’でのテイクアウトで済ませました。

Photo_20191224200601 さて最終日は、牛深東部から天草下島の東海岸を進みましたが、こちらの道路状況は、まだまだ険しいものがありました。

4局目の浅海簡易局は、お寺と併設で、住職が局長でした。14局目の福連木簡易局は、モータースの併設でした。

旧・新和町から旧・本渡市街地南部を経て、本渡瀬戸のループ橋を渡って天草上島に入り、栖本・倉岳と進み、最後は旧・有明町の楠甫(くすぼ)局で時間となりました。

その1でも触れましたが、今回は天草諸島の全90局のうち、63局を廻ってきました。残りは27局プラス再開情報のある1局の計28局です。

次の天草遠征は、いつ実施するのか決めてありませんが、その行程は既に作成してあります。

すなわち、初日に宇土半島の北側から入り、維和島・松島・有明を廻ります。二日目は棚底港から横浦島に渡り1局。その後さらに御所浦島に渡り3局を廻ったあとに大道港行きで天草上島に戻り、樋島・龍ケ岳・姫戸・樋合島・大矢野南部で終了という行程を組みました。

ということで、長くなりましたが、三日間に亘って訪問した天草遠征の1件は落着といたします。

※写真は、宮地岳郵便局。局舎玄関横と局内に等身大の人形がいて、ビックリしました。

2019年12月25日 (水)

804.火の国・熊本遠征のご報告-その2-

熊本空港を9:30着予定のところを5分ほど早く到着し、レンタカーの借り受け作業もスムーズに進み、9:52にはレンタカー営業所をスタートしました。予定よりも13分ほど早いのです。飛行機利用の場合は、そもそも到着が遅れることがよくあるのですが、今回の旅は最初から気分よくスタートを切ったのでした。

天気の方は、あいにくの雨で、レンタカー営業所でコンビニ傘を借りておきました。が、数ケ所で使っただけで済みました。初日は、雨時々曇りのち晴れで、最高気温は18℃の暖かな気候でした。

7局目の亀尾局が旧・不知火町の中心部でしたので、局名が不知火局であれば良かったのにと思いました。

9局目の大岳局の局名ゴム印は、オレンジ色の文字で、ミカンの絵の中に「大」「岳」「郵」「便」「局」と一つ一つ入っており、秀作でした。

11局目の戸馳局と12局目の三角局では、それぞれポスト型はがきと風景印押印をお願いしました。

天草地内に入り、13局目の賤の女(しずのめ)簡易局と15局目の野釜簡易局では、ポスト型はがきが置いてあり、購入しました。

16局目の江樋戸局を14:30には完了し、湯島行き15:00発の船には余裕をもって乗船できました。25分ほどで湯島に到着し、港付近の看板や猫やらを撮影した後に湯島局に到着すると、同業者様が私を迎えて下さいました。こんな出会いも嬉しいものです。

Photo_20191224164401 二日目は晴れで18℃ほどの暖かな天候でした。本渡市街地から山側に入った手野局を1局目としたところ、直前で私の軽自動車を抜き去る車があり、その後同じ手野局駐車場で停車したので確認すると、横浜のM氏でありました。2局目までは一緒でしたが、その後はハヤテのごとく先に進んで行ったのでした。

8局目の御領局のカウンターには御領石でできた くまモンが置いてありました。

9局目の鬼池局では、40年近く前に熊本市内から天草を通り、島原に向かってフェリーに乗った思い出を話すと、間違いなく鬼池港であることが判明。40年越しの謎が解けたのでした。

11局目の通詞島簡易局では、老人たちの井戸端会議に遭遇し、外に出ると、これまた老人たちが集合しており、ここは老人天国かと思いました。天気が良いので三々五々に集まったのではないのでしょうか?漁村の長閑なひとコマでありました。

苓北町に入り、天草四郎乗船の地という記念碑を撮影し、14局目の苓北局は、市民会館と見まがうほどの立派な建物でした。

16局目の都呂々局の手前の海岸沿いには、苓北火力発電所があり、この施設が存在しているために、苓北町は財政的に豊かであり、天草市に合併しなかったのだなと、納得した次第です。

18局目の天草局は、旧・天草町の中心地でありますが、天草諸島の中心地ではないことは明白であります。それでも、本渡局へ問い合わせるべき事項を、天草局に問い合わせてくる慌て者もいるそうです。

19局目の大江局の前に大江教会を訪問し、写真撮影をしておきました。同様に20局目の富津局へ訪問後に、世界遺産・崎津教会を訪問し、これも写真撮影をしておきました。ともに教会内には入りませんでした。なぜなら教会内は写真撮影が禁止されていますし、5月に長崎旅行をした際に、大浦天主堂・浦上天主堂・平戸ザビエル記念教会・田平天主堂と散々見学してきていますので、概ねわかっているという意味で、今回の急ぎ旅では写真撮影のみに留めたということです。

二日目も、もうすぐゴールになるところですが、長くなりましたので、この先は次回に続くことになります。

※写真は、世界遺産・崎津教会。

※恒例となった1年を振り返る企画『プレイバック・2019』を12.25にアップしました。よろしかったら、ご覧ください。

2019年12月22日 (日)

803.火の国・熊本遠征のご報告-その1-

12/17から19の三日間は今年最後の遠征として、熊本県天草地方の郵便局めぐりを実施してきました。

熊本県は1年10ヶ月ほど前のH30年2月に、熊本市内などを訪問したのを皮切りに、H31年3月には福岡県大牟田などと絡めて荒尾・山鹿などを廻っていて、ここまで124局としているのですが、熊本県の地図を入手した当初から、県の海岸部を大きく塞ぐように鎮座する天草地方が気になっておりました。

上天草市・天草市・苓北町からなっており、大矢野島・天草上島・天草下島の主要3島の架橋島以外に、維和島・樋島・通詞島・下須島などの架橋島の属島や、湯島・御所浦島などの離島の属島があり、その局数は30局を数える簡易局を含み、90局に及んでおります。

Photo_20191223215001 2泊3日の日程では、全てを廻り切ることは到底無理でありまして、今回は天草地方全90局のうち、63局を廻ってきました。

初日は、天草地方の入口にあたる松橋・不知火・三角などで12局を廻った後に、大矢野島などの架橋島4局と、ラストに離島である湯島1局を廻り都合17局を廻りました。湯島では、mixiのマイミクさんのマイミクさんが局内で先に待っておられて、局内から帰りの船での歓談は、途切れることなく続きました。

本渡に宿泊後の二日目は、本渡から牛深まで反時計回りに30局を廻りました。1局目の手野局では横浜の若手同業者と一緒になり、横浜と浜松の者が天草で出会うという偶然が生まれました。彼は疾風怒濤の局メグ家ですので、前日に天草下島を廻り、この日は本渡から天草上島に抜けていき、三日目には球磨地方を廻っていたようで、そのスピードの速さは、誰にもマネが出来ようがありません。

牛深に宿泊後の最終日は、天草下島の東側からじわじわと進み、本渡瀬戸を渡っていった後は、栖本・倉岳などの天草上島の一部を廻り、28局でタイムアップとなりました。そして最終局の天草市有明町の楠甫局から、2時間以上かけて熊本空港まで戻っていきました。

天草地方の残りは27局となりましたが、現在一時閉鎖している簡易局の再開情報も入ってきており、これら28局については、またいつか廻って行くことにいたします。

次の記事では、いくつかのトピックスをお話ししていきたいと思います。

※写真は、大変立派な造りの苓北郵便局。苓北町が天草市に合併しなかった理由は?

2019年12月16日 (月)

801.今年の災害で、未だ一時閉鎖中の郵便局

『令和』と年号が改まった本年も、多くの自然災害に見舞われました。

9/9の台風15号は、小型ながらも首都圏に上陸し、とりわけ千葉県に大きな被害をもたらしました。日本郵便の開局情報(開局・一時閉鎖等)に掲載分だけでも(※1)、千葉県館山市と長南町の3局が一時閉鎖しております。

続く10/15の台風19号は、大型で強い勢力で伊豆半島に上陸し(直前の中心気圧は955hPa)、関東地方・福島県を縦断したあと三陸沖に抜けていき、関東・長野・東北などに大きな被害をもたらしました。上記記載分だけでも、三重1・長野5・東京1・栃木5・茨城2・福島11・宮城5・岩手2の計32局が一時閉鎖しており、そのうち長野2・福島7 6 ・宮城 1の計11 9局が再開せず、未だ一時閉鎖したままであります。(12/13現在)(訂正:12/16現在)

一時閉鎖したままの郵便局の内訳は、長野県佐久穂町大日向郵便局、長野市長沼郵便局。福島県いわき市豊田簡易郵便局・赤井郵便局・平窪郵便局、郡山市郡山若葉町郵便局、本宮市本宮北郵便局、伊達市梁川郵便局・山舟生郵便局、宮城県丸森町金山本郷郵便局、角田市磐城東根郵便局であります。(12/13現在)(訂正:12/16現在)(※3)

Photo_20191214151901 私にとっては、いずれも既訪問の郵便局ばかりで、なかには最近訪問したばかりの局もあり、当時の事を思い出したりして、大変残念に思っております。

さらに10/25には、関東地方の大雨により、千葉県で2局が一時閉鎖しておりました。

もう少し遡ってみると、8年半前の東日本大震災では、広範囲にわたる被災により多くの一時閉鎖局が発生しましたが、未だに福島・宮城・岩手3県において、45局が再開できないままです。

昨年9月の西日本豪雨でも、開局情報記載ベースにおいても、福岡・愛媛・高知・山口・島根・広島・岡山・岐阜において一時閉鎖があり、山口県岩国市の川越郵便局、岡山県倉敷市の川辺郵便局は、未だ再開を果たせておりません。

これらの郵便局の一刻も早い再開を願うばかりであります。

※1.開局情報(開局・一時閉鎖等)は、災害発生後、概ね1週間後においても該当している郵便局を掲載しているもので、災害直後には、相当数の郵便局が営業不能に陥っていることが想像できます。

※2.写真は、伊達市の梁川郵便局。こんな大きな郵便局ですが、台風19号の被害から2ケ月たっても再開できていないようです。

※3.その後、金山本郷局・本宮北局・赤井局・平窪局が再開し、年内に再開できなかった局は5局となっています。(12.28追記)

2019年12月13日 (金)

800.福岡・佐賀遠征のご報告-その2-

さて、博多駅に10:46に到着し、新幹線筑紫口近くでレンタカーを借り、1局目の福岡福重局には、12:00頃に到着しました。

博多駅筑紫口でレンタカーを借りて、飯塚市に向かったことはあるものの、福岡市内の郵便局を訪問するのは初めてであり、いよいよ福岡県の本丸への攻略も始めることになったのでした.福岡福重局では、めったに売れないポスト型はがきを購入したものですから、来年のカレンダーをいただきました。

この後、福岡市西区から糸島市志摩・前原を時間まで廻りましたが、博多湾には能古島や玄界島などが見え、いずれこれらの島へも渡るのだなと改めて思いました。

Photo_20191211163401 16局目の野北局の局名ゴム印は、地元のマニアが作成した二行仕様のお宝ゴム印でした。こういう、ケースは初めでした。

唐津市に宿泊後の二日目は、西へ27㌔離れた長崎県福島という架橋島の2局からスタートしました。ここの土谷棚田がちょうど良い撮影スポットになっていました。

その後、唐津市街地に戻りましたが、唐津神田(こうだ)局や唐津町田(ちょうだ)局などの東京都内に類似した局名もあり、おまけにお茶の水というバス停もあったりして、ちょっと楽しめました。

さらに進んだ26局目の厳木(きゅうらぎ)局は、とっても難読な局名なのですが、我らがベイスターズの主力打者・ハマのプーさんこと宮崎敏郎選手の出身地ということで、事前に読み方だけは判っていました。

二日目は多久市から小城市牛津まで、さらには時間延長局のゆうちょ銀行佐賀店も16:30頃に訪問し、佐賀県の西北から中心部まで35局を廻ることができました。

小城市牛津に宿泊後の最終日は、白石町の沿岸開拓地よりスタートし、主に佐賀平野の南側を攻めていきました。レンタカーの返却が久留米駅ですので、その方面に近づくようなコース取りであります。

Photo_20191211163601 佐賀県内は予定どおりで、福岡県の大川市・久留米市城島を廻り切れば、この辺りを廻り切ることになったのですが、30局目の大川市の榎津局の駐車場でコツンと当てられたのでした。71歳の地元のご婦人でしたが、私の目の前で当てられて、その時の私の気持ちは、残り4局が廻れないことの悔しさと、もう一つ、JR久留米駅17:28発に無事に乗れるのかな?という2点でした。

事故発生が14:50頃で、警察官の現場検証が15:25頃には終わったので、あと2局ぐらいは廻れなくはないのですが、すでにテンションが下がっておりますので、4局丸ごと‘落ち穂’として残すことにいたしました。もっとも、佐賀市や神埼市、さらに久留米市市街地などは未訪ですので、それらと合わせて訪問することにしますので、そんなに大きく離れた‘落ち穂’ではありませんが・・・

帰宅後、唐津市西北部にある小川島・馬渡島や松浦市沖にある青島、平戸市沖にある的山大島・度島などを含む郵便局めぐり案を早くも作成してみました。これらは、来年・再来年の実施となることでしょう。

※写真は、上が佐賀柳町郵便局。下が、榎津郵便局。この写真撮影の直後に左の車がバックする際に、右の軽自動車の後部バンパーに擦りました。

2019年12月10日 (火)

799.福岡・佐賀遠征のご報告-その1-

12/3から5までの2泊3日の日程で、福岡・佐賀遠征を実施しましたので、そのご報告です。

行程を作る過程で、まず佐賀県唐津方面を攻めて行きたいと思い、その前に福岡市の初訪問も兼ねて、初日には西区と糸島市を廻ることにしました。

Photo_20191209131801 博多駅周辺でレンタカーを借りた関係で、久留米駅に返すのなら、乗り捨て料金がかからないため、佐賀県内は唐津から相知・多久などを経由して佐賀・神崎南部などの西北から南東に横断するコースとなりました。

まずは初日は、レンタカー受け取りが11:10からで福岡市西区・糸島市志摩・前原などを廻り20局でした。

次に二日目は、長崎県の架橋島である福島からスタートし、その後、唐津市内を鋭意廻っていき、相知・厳木・多久さらには小城市牛津及び時間延長局のゆうちょ銀行佐賀店までの35局を廻りました。

そして三日目は、白石町南部から佐賀市東南部・神埼市千代田を経て、福岡県大川市までの30局を廻りました。あと4局廻る予定があったのですが、14:50に事故に遭い、30局に留まりました。事故は、駐車場で当てられたのですが、警察の処理を受けたため、ここで局メグはストップとなったのでした。

終わりが良くなかったのですが、ともかく85局を廻ってきました。内訳は、福岡県26・長崎県2・佐賀県57でした。佐賀県は、これまでの22局から79局へと359%アップとなり、福岡県は累計350局となりました。

今回の遠征の詳細は、次の記事にて。

※写真は、二日目の最初に訪問した福島土谷簡易局近くの土谷(どや)棚田。田植え直後の頃、または稲刈り直前の頃の夕方が良い景色だそうです。

2019年12月 1日 (日)

796.横浜鶴見と東京港区・青梅の‘落ち穂拾い’

11/25(月)に表題の郵便局めぐりを実施しました。

横浜下野谷町郵便局と虎ノ門ヒルズ郵便局・二俣尾郵便局の3局です。

いずれも移転改称した局で、前の2局は11/18の開局、二俣尾局は11/25の開局ということで、ここは移転改称日訪問であります。

高速バスで、浜松インター駐車場を7:15に出発し、横浜駅YCATには定刻の11:00を6分遅れの11:06に到着しました。6分遅れというのは、想定内どころか上出来です。

今年の3/18には、1時間6分遅れで、渋谷に到着してしまい、当日の3局訪問予定のところを1局割愛する羽目になってしまい、その分をフォローするために、5/14には、新幹線での往復を余儀なくされた痛い経験があったのです。

横浜駅からは、京浜東北線快速と鶴見線で鶴見小野駅まで移動して、1局目の横浜下野谷町局には11:50頃に到着しました。千円貯金とポスト型はがきの購入をして、次に進みました。風景印は設置がありませんでした。これにて神奈川県の完訪復帰です。

Photo_20191130125401 鶴見小野駅から鶴見駅に戻り、京浜東北線・東海道本線と地下鉄銀座線にて虎ノ門駅に移動して、昼休みのオフィス街を10分ほど歩いて2局目の虎ノ門ヒルズ局に到着しました。(13:15頃)人が多いのが東京ですが、人混みは少々苦手です。

前の局と同様に、千円貯金とポスト型はがきの購入を済ませたことで、東京23区内の完訪復帰であります。

すぐに虎ノ門駅に戻り、今度は銀座線の反対方向に乗り込み、神田駅から中央線快速で立川駅にて青梅線に乗り換え、さらには青梅駅にて奥多摩行きに乗って4駅目が二俣尾駅であります。(15:33着)立川駅から先は初めての乗車ですので、これは新鮮であります。

二俣尾局では、8人程の同業者がおり、おそらくみんな青梅駅からの同じ電車でやってきたものと思われます。ここの貯金窓口では端末が1台しかなく、最初の同業者が、ヤクルトおばさんが持ち込むような小銭で幾ばくかの貯金をしたため、この処理に時間がかかり、それを待つ私を含む同業者は、うんざりして待つことになりました。ともかく、東京多摩地区の完訪復帰となりました。

予定では、二俣尾駅15:51発で帰路に着くつもりでしたが、これには全員が間に合う事はなく、次発の16:34まで待つ羽目になったのです。

小銭を持ち込んだ方は横浜下野谷町局でもお見掛けしましたので、間違いなく同業者なのですが、こういう処理に時間のかかる行為はどうなのでしょうかね?本人には、意味のある内容でしょうが、多くの他者を巻き込むのは困ったものです。

このため、横浜駅YCAT19:00発の帰りの高速バスには、ギリギリの時間になってしまいました。コースとしては、二俣尾駅から青梅駅乗り換えで中央線特快で立川駅乗り換えで、帰りのラッシュ時の南武線で武蔵小杉駅にて横須賀線に乗り換えで、横浜駅には18:40頃には何とか到着しました。特に武蔵小杉駅の乗り換えの距離が長く、必死でした。

横浜駅で買った駅弁を車内で食し、一息ついたあと、自宅へは22:50頃にようやく到着したのでした。

※写真は、虎ノ門ヒルズ郵便局。

2019年11月28日 (木)

795.青森県の初訪問及び岩手遠征のご報告-その2-

11/27に63歳の誕生日を無事に迎えることができました。

還暦を過ぎた頃からが、人生で一番楽しい時期だと思うようになりました。若かった過去や苦しかった過去を振り返るよりも、これから来るであろう楽しい未来を豊かに過ごすことこそが大事なこと、素晴らしいことだと思う今日この頃です。

というわけで、拙ブログおよび稲生ホームページを、これからもよろしくお願いいたします。

さて、初日に八戸駅に着いた日は、最高気温が6.8℃ということで、地元民放ラジオでも、冬タイヤの準備を心配するような話題が流れておりました。前日の浜松の最高気温は20℃超えでしたから、確かに身体には堪えるほどの寒気でありました。

それでも、とうとう47都道府県目の青森県入りをした達成感のような気持ちが、実感として全身に湧きあがり、浜松では滅多にお目にかかれない雪もちらついてきたこともあり、この日のテンションは、とっても高めでした。

頼まれもしないのに、11/11の飯田風越局の1並びの通帳を見せて解説してみたり、青森県が初訪問であることをほのめかしたりして、各局において、雑談多めの訪問をして廻ってしまったのです。二日目も、最初が旧・山形村の山の中で、雪道を踏んで進むことにもなり、これもテンションのあがる要素でありました。

Photo_20191127164501 また、二日目の久慈市内から宮古市田老まで、三日目も山田町内や宮古市内など、東日本大震災後に建設されたスーパー堤防の物凄さを、この目で見てきました。これで津波からの備えは万全です。

一方、先日の台風19号の際などの豪雨の時には、山からの大量の出水をスーパー堤防が大きな壁となって、海に排出しきれないという、新たな問題点も浮き彫りになってきているようです。

そのため、集落内がプールのような池のような状態となって、床下浸水・床上浸水が起きているそうです。何十年に一度の地震・津波に備えるのか、毎年のように起きる豪雨に備えるのか、三陸沿岸部に暮らす人々の悩ましい問題が見えてきました。

さて、最終日の最終局の簗川(やながわ)局のことですが、廃止の噂が出ていたため、ここを16時までに訪問することが必須でありました。驚くことに、この日のお客さんは私が最初であり最後でもあるとのことでした。これでは廃止も止む無しですよね。

簡易局募集の方は、引き受け手もないため取り下げたそうです。それでも、現在建設中の盛岡・宮古間の復興道路の工事関連の方の需要もあるそうで、これが完成した頃が、終了の時期なのかともおっしゃっておりました。(12/28追記:噂通り、来年2/29にて廃止されることになりました。)

今回の遠征では、青森県で7局、岩手県では57局を廻り、岩手県の累計は271局となりました。残りは、今年廻った山形県の149局よりも少ない143局となりましたが、あくまでも来年(令和二年)は宮城県の完訪を目指し、岩手県の完訪については再来年(令和三年)の目標とするつもりでおります。

※写真は、山田町の織笠郵便局。本年4/15に移転再開しています。東日本大震災から8年を経て、ようやく再開することができた地域住民待望の郵便局であります。

2019年11月25日 (月)

794.青森県の初訪問及び岩手遠征のご報告-その1-

11/19~21の青森・岩手遠征、すなわち三陸海岸北部遠征のご報告です。

♪上野発の夜行列車~、降りた時から~、青森駅は雪の中~♪ をもじりまして、

♪東京発のはやぶさ7号~、降りた時から~、八戸駅は寒かった~♪

と、いきなり、情緒のないダジャレうたが出てきましたが、なんと青森県は初訪問なのです。そして青森県の1局目として、八戸駅前郵便局を訪問したことで、47都道府県のうちの47箇所目、すなわち全都道府県のコンプリートを果たしたのでした。

郵便局めぐりを始めて、まもなく40年。人間を始めて、まもなく63年にして、日本全国の全都道府県の土を踏んだのです。

もうすぐ19,000局となろうかというベテラン局メグ家ではありますが、石橋を叩いて渡る性格ゆえか、地元の静岡県から愛知県・山梨県・長野県の隣県より、じわじわと行動範囲を進めていき、北海道・沖縄の初訪問も、つい4年前という超奥手な行動さながら、九州と東北も、今年になってようやく宮崎・長崎そして今回の青森と初訪問を果たすこととなり、まさに牛の歩みにて、全都道府県コンプリートとなったのでした。

Photo_20191124134001 改めて、私の座右の銘の『継続は力なり』を実践した格好であります!!

ということで、私的には大いに意義のある青森県入りであったわけでありますが、青森県内は八戸南部・階上の7局をかじるだけに留め、今回はあくまでも岩手県北部沿岸部がメインの郵便局めぐりでありました。

初日は青森県7局のあとは、洋野町などで9局の計16局を廻りました。(レンタカー受け取りが12時頃の実質4時間の局メグでした。)

久慈市内に宿泊後の二日目は、最高気温が5℃ほどの寒さの中を、雪の舞う久慈市山間部の旧・山形村から始めて、久慈市内に戻り野田村・普代村・田野畑村の北三陸3村(稲生命名?)を経て、宮古市田老までの24局を廻りました。

宮古市内に宿泊後の最終日は、最高気温が10℃ぐらいまで上がる晴れの良い天気のもと、山田町と宮古市を鋭意廻り、さらには盛岡市境の簗川(やながわ)局まで駆け上り24局でした。簗川局訪問を優先したため、途中の6局ほどはパスをしてやり過ごしており、宮古市には‘落ち穂’というか‘宿題’を残しております。

このような局メグ概要でありましたが、これだけでは何なので、次の記事にて、もう少し詳しくお話ししていく事にいたします。

※写真は、二日目に訪問した戸呂町(へろまち)簡易郵便局。遠征終了後に公示があり、なんと訪問した週で一時閉鎖ということでした。これが契約解除によるものなのか?それとも、本当に束の間の閉鎖なのか?そこのところは、よくわかりません。(12.28追記:この簡易局が『ポツンと一軒家』に登場したようです。お目当ての一軒家の場所を教えてもらうというシチュエーションで。)(20.3.14追記:20.2.3再開していました。)

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