1436.ヤマハとヤマハ発動機
今回は、地元が誇る一流企業のヤマハ株式会社(本社:浜松市)とヤマハ発動機株式会社(本社:磐田市)について、深掘りしてみようかと思います。
世界に羽ばたいている両企業ですが、恐縮ながら『遠州ネタ』に分類させていただきました。
まず、ヤマハ株式会社の源流は、明治20(1887)年に山葉虎楠が浜松尋常小学校(旧・元城小学校、現在は閉校)のオルガンを修理したことに始まりました。この方は、紀州和歌山の出身です。
明治22(1889)年に山葉風琴製造所を設立後、明治30(1897)年に日本楽器製造株式会社となり、途中は省略しますが、戦後には世界的メーカーとなっていきます。
一方、ヤマハ発動機株式会社の方は、戦中の日本楽器製造が手掛けた軍用機プロペラ・エンジンの技術を、戦後は二輪車製造に発展させていき、昭和30(1955)年に独立する形で設立された会社です。
その後は、それぞれに発展していき、ヤマハブランドで展開していた日本楽器製造株式会社は、創業90年にあたる昭和62(1987)年に社名をヤマハ株式会社に改称したものです。
ですので、我々地元遠州のものは、日本楽器製造をニチガク、ヤマハ発動機をヤマハと呼んでいた時期が長くあり、現在のヤマハ・ヤマハツという呼称に落ち着くまでは、若干の混乱も生じておりました。
さて、添付のロゴをご覧ください。上がヤマハ株式会社で下がヤマハ発動機株式会社のものです。見事にソックリですよね。
ヤマハ株式会社はバイオレット、ヤマハ発動機株式会社は赤色をコーポレートカラーとしております。ロゴの中身は音叉を組み合わせたものです。さすがの楽器メーカーです。
これがヤマハ発動機では、二輪車のホイールに見立てており、外周まで伸びているのが判ります。また、YAMAHAの「M」の字体が微妙に違っているようです。
このあたりの詳しい話は こちらのコラムを参照してください。
最後に、音叉繋がりで、私の所属していた静岡大学グリークラブも音叉を4本組み合わせたマークを使っていました。(こちらの定演パンフレット写真を参照してください。)
こちらは、とっくの昔に廃部となっており、どうでも良い話ではありますが・・・。











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