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郵便局めぐり・北日本

2025年10月19日 (日)

1397.伊藤 整『雪明りの路』

当ブログ『稲生のつぶやき(ブログ)』は、本日にて14年が経過し、15年目に突入しました。これからも、ご贔屓のほどよろしくお願いいたします。

今回の道央大遠征において、初日の1局目として選んだ小樽市西部の忍路地区、及び2局目の蘭島地区、さらには最終日の1局目の塩谷地区は、抒情派詩人としてデビューした伊藤整の故郷であります。彼は、その詩集『雪明りの路』によって、世に出た詩人でありました。

『雪明りの路』は、彼の思春期の面持ちを強く打ち出し、北海道の自然や風土を歌い、女生徒との関わりを抒情的に歌った処女詩集であります。この詩集の中から男声合唱の作曲家・多田武彦先生がいくつかを選んで男声合唱組曲『雪明りの路』さらには『吹雪の街を』を作曲しており、それを歌った男声合唱団員(=グリーメン)は、その詩集を読み漁るばかりか、物語の舞台である塩谷や忍路・蘭島を訪問してみるという言わば聖地巡礼の旅をするものもいるようであります。

そもそも伊藤整なる人物は、どのような方か良くわからないかもしれませんが、戦後の文壇における「チャタレイ裁判」で起訴された人物と言えば、少しは知っている方も出てくることでしょう。この『チャタレイ夫人の恋人』は、戦中の1935年に伊藤整は翻訳しており、戦後の1950年に改めて完訳版を発行するや、大きな反響を呼んだのですが、それがわいせつ文書として摘発され裁判沙汰となった翻訳家であります。

Photo_20251018014701 それが基で、1950年代の伊藤整ブームを呼び起こした流行作家にもなったようですが、私・稲生はそこまでの文学青年ではなかったため、よく存じ上げていませんが、日本に行けるエロ文学というものを文壇に登場させた尊いお方であったようです。

その尊いお方のデビュー詩集『雪明りの路』は、純愛ものというよりも、思春期特有の鬱々とした感情を歌っており、男声合唱組曲としては青年期に入った大学合唱団員にとって、感情移入のしやすい名曲として歌い継がれているものです。私も、静岡大学グリークラブのメンバーとして『雪明りの路』を歌ったのですが、今回、忍路局と塩谷局をその日の1局目として訪問する前に、その集落の海岸部などを散策してみたのです。

伊藤整の徘徊した時期は大正期であり、当時は小樽の海岸部のどの集落も鰊(ニシン)漁で潤っていた頃でしたが、今も昔も寒村であるのは変わらずで、その寒々とした寒村の塩谷から、想いを寄せる彼女の住む忍路まで、徘徊を繰り返したのを、『雪明りの路』では歌っていたのでした。

多田武彦先生による男声合唱組曲『雪明りの路』は、1960年発表の作品ですが、多田先生はその19年後に男声合唱組曲『吹雪の街を』を、発表しており、これも詩集『雪明りの路』から取った6曲を歌いあげております。私・稲生が、グリークラブ卒団後の作品ながら、拙ブログNO.605にて、自己解釈をして記事にしていました。(『雪明りの路』の歌詞は こちら、『吹雪の街を』の歌詞は こちら

今回の小樽訪問は9月10月の程よい気候の時期でしたが、本当の聖地巡礼をするとしたら、吹雪の舞う1月2月の時期に塩谷から忍路まで徒歩で往復することが本当でしょうが、還暦をとっくに過ぎ、もうすぐ古希になろうとしている稲生老人は、そのような元気は毛頭もないことも事実であります。

※写真は、小樽「雪明りの路」の様子、ネットから拝借しました。伊藤整が見た大正期の『雪明りの路』とは、似て非なるものではあります。

2025年10月15日 (水)

1396.後志総合振興局完訪!後志国完訪!!

今回の道央大遠征において、表記内容の達成となりました。

北海道における14の総合振興局・振興局のうち、5箇所目の完訪であります。1箇所目が留萌振興局、2箇所目が根室振興局、3箇所目が檜山振興局で4箇所目が宗谷総合振興局であります。それに続く5箇所目として後志総合振興局の完訪を果たしたのでした。(各振興局完訪へのリンク等はNO.1364の記事参照)

Photo_20251014182401 振興局完訪率としては5/14ですので35.71%ですが、今のところ小さな振興局・総合振興局ばかりであります。具体的には留萌が32局、根室が44局、檜山が36局、宗谷が44局そして今回の後志が99局であります。上川・空知・石狩あたりの大きな局数を有する総合振興局・振興局を完訪してこそ、真の北海道完訪に一歩近づいたと言えましょう。

参考までに、今回の道央大遠征において146局を廻り、6月の道北大遠征の91局と合わせて、R7(2025)における北海道訪問局数は237局となり、これは東京都における年間最多訪問記録の223局(NO.1380参照)を超えており、かなり充実した年であるのですが、北海道全体の局数は1,443局(inukugi webより)であり、私の北海道累計局数675局は、いまだ47%足らずの実施率に過ぎません。(記録室・その15参照)

ですので完訪などと述べるのにはおこがましい限りです。まだまだ道半ばであると言えましょう。

次に後志国の完訪のお話しです。訪問局数は99局と後志総合振興局のそれと全く同数ですが、そのエリアは大きく異なっており、そのお話しをしていきたいと思います。

Photo_20251014194101 まずは後志総合振興局の所在地は倶知安町にあります。そして東北端に唯一の市となる小樽市があり、積丹半島や羊蹄山の周囲を含んだ地域であります。(上の地図を参照)

これに対して、後志国は色々異なっております。ニセコ町・倶知安町・京極町・喜茂別町・留寿都村・真狩村は胆振国のエリアになります。これらは虻田郡ですので、胆振繋がりがありそうな気がしていました。つまり、後志総合振興局のある俱知安町も後志国にはないのです。

その代わりに、現在の世では檜山振興局に属しているせたな町・今金町および離島である奥尻町が後志国のエリアになっているのです。郵便局的には、‘95’マルチがせたな町8局・今金町3局・奥尻町4局の計15局のみに附番されているのです。(NO.1300参照)

ですので、後志総合振興局のエリアと後志国のエリアは似て非なるものと言えましょう。

※地図は、上が後志総合振興局のエリア。下が後志国のエリアを示したもの。

2025年10月12日 (日)

1395.北海道・道央大遠征のご報告-その3-

四日目に廻った札幌市内は、ご存知のとおり人口196万人を要し、10の区割りとなっている大票田の都市です。札幌を制すものは、北海道を制す、と言っても過言ではありません。

私・稲生の札幌市内訪問歴としては、9年前の北海道へのフルムーン旅行の際に、札幌市内で5局だけ廻っておりますが、ほとんど手つかずのままと言っても良いでしょう。

Photo_20251011193001 どこから廻っても良いのですが、後志地方を廻る流れとしては、ニセコから喜茂別までの羊蹄山周辺部より、翌日には後志地方の締めとして小樽市内を廻っていくので、その間の地域、すなわち南区から中央区を経て西区・手稲区を廻るのが筋というものでしょう。ですので、これを実行したものです。

現在、札幌市内には9/26に西区で男性がヒグマに襲われて以降、西区にヒグマ警報が、中央区・豊平区・清田区・南区・手稲区でヒグマ注意報が発令されています。執筆日の今もなお発令中なのです。その中の一日である10/2に南区・中央区・西区、10/3に手稲区を廻ったのでした。

1局目の定山渓局から2局目の札幌簾舞(みすまい)局までは約18㌔ありましたが、その他は市街地内にあり局間はそれぞれ短く、局内での混雑がない場合はサクサクと進んでいきました。そのため予定よりも20分ほど早くなっており、12:30からの昼休1時間に引っかかってパスする予定であった札幌南三十四条局と札幌南二十七条局を16局目と17局目に拾うことが出来て、すっかり上機嫌となりました。その後も順調で、当初予定の33局を4局も上回る37局を刻むことができました。

四日目の宿泊地は小樽の先の余市にとりました。小樽市内は観光地として賑やかで、宿泊だけなら静かな所が良いとの判断です。

Photo_20251011193101 その余市に宿泊後の最終日は、小樽市の塩谷局をスタートとして、小樽市西部・中部・東部と順序良く廻っていきました。塩谷地区も初日の忍路地区と同様に思い入れのある地区ですので、海岸部を散策などをして9時の開局を待ちましたが、現在小樽市ではプレミアム商品券の引き換え期間になっているらしく、塩谷局以下の数局では、窓口のラッシュが見られました。

小樽市西部の長橋から高島あたりまでのエリアは、集落ごとに過剰に局が配置されており、少し目減りされても仕方のないエリアかと感じました。小樽市はフルムーン旅行時に小樽局・小樽稲穂局・小樽緑局と廻っており、ここを廻らずに済んだこともあり、市街地をサクサクと進めていくことが出来ました。

29局目の銭函局にて、小樽市の完訪とともに、後志総合振興局・後志国を完訪としました。この段階で、予定より20分早くなっており、続けて札幌市手稲区で5局を増殖させて、この日は34局でした。

丘珠空港に進む時間を取るため、局メグ終了時間を15:40としました。そして空港近くのモダ石油での給油後、空港前のトヨタレンタカーに返却し、丘珠空港発17:40発(実際には26分遅れの18:06発)で帰路に着き、富士山静岡空港へは定刻に3分遅れの19:38に到着し、マイカーに乗り換え、6日間の旅路を無事に終えることが出来ました。

※写真は、上がヒグマ警報を伝えるテレビ画面。下が小樽堺町郵便局。メルヘン交差点という観光名所前に位置しています。

2025年10月 9日 (木)

1394.北海道・道央大遠征のご報告-その2-

岩内地内に宿泊後の二日目は、共和町に残った前田局よりスタートして、岩内・寿都・島牧と海岸線を廻りました。前日は、曇り空のためか‘積丹グレー’でしたが、この日は秋晴れであり、‘雷電ブルー’‘寿都ブルー’そして‘島牧ブルー’の海を横手に見ながらの局メグを楽しみました。

Photo_20251008095801 9局目の美谷(びや)簡易局はNO.1391でも触れたとおりで、10.1からの一時閉鎖前日の日で、いわゆる最終日訪問でした。次の受託者も決まっているそうで、来年以降かと思いますが、再開予定であるそうです。

11局目の湯別簡易局は、寿都鉄道の湯別駅を示す駅名標が局前にありました。14局目の歌島簡易局、16局目の後志豊浜簡易局、18局目の島牧元町簡易局、19局目の原歌簡易局の4簡易局は、再委託問題で6月に一時閉鎖を余儀なくされた局でしたが、受託者さん達は異口同音に受託開始時の村の対応・処理が良くなかったとのたまっていました。

20局目の島牧栄浜簡易局を西端として、48㌔ほど折り返し、黒松内局までは50分ほどかかりました。さらに南下して長万部町の2局を廻って、この日はタイムアップ、計24局でした。

ニセコ町に宿泊後の三日目は、蘭越・ニセコ・俱知安・京極・真狩と羊蹄山の周囲を時計回りに廻りましたが、この日の天気は曇り一時雨で、間近にある羊蹄山(蝦夷富士)の全容はなかなか拝むことができませんでした。

Photo_20251008095802 その後に進んだ15局目の留寿都局は童謡・赤い靴のふるさとということで、局入り口のレイアウトなど、赤い靴押しの装飾となっていました。赤い靴のふるさとは横浜あたりかと思っていましたが、そうではないようでした。Wikiで調べると、なかなか悲しい物語であるようです。

その後洞爺・壮瞥・大滝あたりでは、局前の郵便ポストがジオパーク仕様のブルーのものでした。最後は、喜茂別に戻ったのですが、ここでようやく蝦夷富士の全容を見ることができました。この日は、予定通りの25局でした。

喜茂別より宿泊地の札幌市南区に向かうのに中山峠を約60㌔近く降りて行きましたが、この辺りはさぞかし紅葉が綺麗だろうなといった場所でした。三日目夜の宿泊地は、南区のアパホテルです。アパ&リゾートということで外国人が多かったのですが、1泊朝食で7,000円は魅力的な値段でした。

アパホテル宿泊後の四日目は、いよいよ札幌市内を廻っていきました。定山渓局をスタート地として、南区・中央区南部西部および西区中部を16時のタイムアップまでに、なんと37局も廻ることができました。

四日目まで来ましたが、もう少しご報告は続きます。

※写真は、上が島牧元町簡易郵便局。丸ポストは相当古いものですが、現役使用です。下が留寿都郵便局。

2025年10月 6日 (月)

1393.北海道・道央大遠征のご報告-その1-

9/29から10/3までの5日間に亘り、ひたすら郵便局を廻るという道央大遠征から、無事に帰ってきました。

今回は前泊として小樽に泊まり、5泊6日の贅沢な日程で臨んだ結果、これまでの北海道大遠征の5日間で廻った局数の最高局数146局と同じ、1位タイの良い記録を出すことになりました。1局1,000円の貯金ですから、14万6千円の入金をしてきたことになります。

さぞかし、貯金額が貯まったことでしょうね。いやいや安心してください!私の郵便通帳は自転車操業をしており、その結果の残高は26万円ほどに過ぎませんので・・・

Photo_20251005191201 これまでの最高局数であったのは、3年前の道央大遠征でした。(NO.1086以降参照、記録室・その15も参照)いよいよ北海道の郵便局を廻る機が熟したため、まだ北海道の訪問記録がほぼ白地図の状態であった中で、石狩市から留萌市、その後深川市から岩見沢市までの空知地方をターゲットにした結果、永く最高局数を維持することになっていました。

さて、話を前泊から始めることにいたしましょう。富士山静岡空港の駐車場ですが、第2・第3・第4駐車場が無料のスペースとなっているのですがどこも満車で、2周ほどしたのですがこれを諦める事とし、空港前の第1駐車場に置いて出かけました。この日は日曜日であり第1駐車場内のイベントスペースで催し物をやっており、その影響なのでしょうか?富士山静岡空港で有料の駐車場に置くのは初めてでしたが、一日500円で6日間の駐車料金は想定外で予算に入っていませんでした。

静岡APを14分遅れの11:44発で新千歳APには2分早着の13:13でした。押しなべて飛行機は出発が遅れるのですが、乗客は気分が良くないものですね。JRで札幌駅に移動し、大通公園・時計台・赤レンガ庁舎と定番観光をして過ごしたのち、夕食を摂り小樽駅に向かいました。

いよいよ初日となるのですが、トヨタレンタカーの小樽駅前店でレンタカーを借りて、1局目は小樽市西部の忍路(おしょろ)郵便局です。このあたりには思い入れがあり、忍路近辺を30分近く散策してみました。その理由などは別の記事にて話を展開してみたいと思います。

Photo_20251005191202 その忍路局・蘭島局を皮切りに、余市より赤井川・仁木に入り込んだあとは、積丹半島の海岸沿いを順次廻っていきます。この日は曇り空で海の色は‘積丹ブルー’ではなく、‘積丹グレー’と言った様相です。‘積丹ブルー’が見られる時期は、6月から8月の晴れが続く日と言う事らしく、訪問時期としては少し遅かったようです。

積丹半島を廻る国道229号は、小樽からほぼ海岸線を江差まで続いており、余市から積丹までを‘セタカムイライン’、積丹から岩内までを‘カブトライン’と呼んでいます。ナビ上では‘雷電国道’となっていました。

16局目の入舸(いりか)局の近くの島武意(しまむい)海岸へ、局メグの途中でしたが、立ち寄ってみました。ここで本日の‘積丹グレー’を確認した次第です。18局目の余別局から次の神恵内(かもえない)局までは、約27㌔ほどあるのですが、トンネルが多い区間でした。神恵内局の局長さんに確認すると、約30年前までは未開通区間だったそうです。

その後、共和町の小沢局まで進み、初日の訪局数は26局でした。小沢局では通帳更新をお願いしました。NO.127からNO.128への更新です。

二日目以降は、ご報告・その2にて。

※写真は、上が余市大川郵便局。下が島武意海岸。

2025年9月28日 (日)

1391.北海道・道央大遠征の準備整う

9/29から10/3まで、秋の北海道大遠征として、道央大遠征を実施する運びとなっております。今は、その準備にいそしんでおります。

小樽駅前にてレンタカーを借りて5日間を過ごすのですが、北海道まで行く手段として今回は富士山静岡空港の往復を使うことにしました。

富士山静岡空港では、去る9/5に台風15号の大雨により駐車場の車両水没事故がありました。その数なんと300台とのことですが、この駐車場スペースは有料の第5駐車場の一部でした。私は、いつも無料の駐車場スペース第2・第3駐車場あたりに置いていますので、問題ありません。それにしても有料の駐車場の方が被害にあうとは、気の毒なことです。

Photo_20250926000001 今回は、後志総合振興局管内の1市13町6村を全て廻っていくことになります。そのおまけとして渡島総合振興局管内の長万部町、胆振総合振興局管内の壮瞥町と洞爺湖町・伊達市の各一部、石狩振興局管内の札幌市南区・中央区・西区(・北区)・手稲区の各一部を廻ることになっております。

初日の1局目を小樽市西部の忍路(おしょろ)局としておりますが、これにはそれなりの理由があるのですが、その理由を話すのは、無事に帰ってきてからのご報告とさせていただきます。

積丹半島は、おおむね海岸沿いを廻るのですが、‘積丹ブルー’と言われる海岸美を見ることができるのでしょうか?これは天候次第となりますね。

二日目に廻る寿都町の美谷簡易局は10.1より一時閉鎖の告示がありました。私は、今日程の二日目すなわち9.30に訪問予定であり、ギリギリセーフでありました。また、島牧村にある5つの簡易局のうち4局が、去る6.6に一斉に一時閉鎖の告示があり、昨年のうちにコース表を作ってある私にとっては、大変衝撃的な出来事で痛手でありましたが、6.20に4局すべてが再開しており、ホッと胸をなでおろしていたところです。なんでも、村役場が受託者となっているのに、実際の担当者が役場の職員となるなどの契約をしていなくて、問題となったことのようでした。(参考記事:NHKニュースの方は削除されていました。)

長万部町の残り2局を廻るのは必須です。ここでは全部で9局しかない‘96’マルチの残り2局を拾うことになります。

四日目に廻る札幌市内は、昼休問題に悩まされました。若干のコース変更を余儀なくされました。でも、まだ札幌市内はほとんど白紙の状態であり、今後の訪問とすることもできる訳で、それほど深刻な話ではありません。札幌市は私にとって最後に残された大都市です。楽しんで廻ってみることにいたします。

ということで、秋の北海道の局メグ大遠征に行って参ります。無事に廻り終えましたら、順次ご報告してみたいと思います。

※写真は、積丹ブルー。ネットから拝借しました。

2025年9月10日 (水)

1386.‘みちのく一人旅’その他の小ネタ

続きまして、今回の真夏の大冒険‘みちのく一人旅’に際しての、その他の小ネタです。

まずは、マイカー自走での最北端記録の大幅更新についてです。これまでの最北端は、秋田県にかほ市の上浜駅前にある洗釜簡易郵便局でした。(NO.892NO.896参照)自身の秋田県の初訪問(=1局目)の局でした。

これを記録したのが、H29(2017)6月で稲生60歳の時でしたが、なんとその8年後、稲生68歳にして、その最北端記録を大幅に更新することとなりました。郵便局名で言えば、二日目の鮎川簡易局(由利本荘市)から先の訪問局は全て、過去の最北端を更新する旅だったのです。

その中でも最北端となったのは青森市の油川駅郵便局でした。(R7.8.28訪問:北緯40度51分23秒)

Photo_20250906161901 ※改めて緯度データは こちらのページ で計測しました。

続いて、その油川駅局を含む日本郵政とJR東日本の駅舎・局舎の一体化の実施状況について、調べてみました。

実施順に示してみます。

1.JR内房線駅江見駅。江見駅郵便局、R2(2020)8.31開局。R3.11.18稲生訪問。〔開局の1年3ヶ月後〕

2.しなの鉄道大屋駅。大屋駅郵便局、R6(2024)2.26開局。R6.5.29稲生訪問。〔開局の3ヶ月後〕

3.JR内房線安房勝山駅。安房勝山駅郵便局、R6(2024)7.16開局。R7.2.26稲生訪問。〔開局の7ヶ月後〕

4.JR東北本線蒲須坂駅。蒲須坂駅郵便局、R7(2025)3.24開局。R7.4.15稲生訪問。〔開局の22日後〕

4.JR津軽線油川駅。油川駅郵便局、R7(2025)3.24開局。R7.8.28稲生訪問。〔開局の5ヶ月後〕

6.JR外房線鵜原駅。鵜原駅郵便局、R7(2025)6.16開局。稲生未訪問。

1.鴨川市の江見駅局は外房にあるのに内房線でした。JR内房線は千葉市の蘇我駅から館山駅を通って安房鴨川駅までの路線ということで、鴨川駅手前の江見駅は内房線で、鴨川駅の少し北側にある鵜原駅は外房線となるようです。鉄分が薄い稲生は、そんなことまで知りませんでした。

2.しなの鉄道は第三セクターの鉄道会社で、北陸新幹線の開業時にJR信越本線の一部を しなの鉄道に移管しております。

4.R7.3.24に同時に2局が開局していますが、もしかしたら開局日に両方を訪問した強者もいたかもしれません。いや、きっといたはずです。

今は日本郵政とJR東日本だけでの駅舎・局舎の一体化事業ですが、早々に全国に普及していくことが予想されます。

※写真は、青森県青森市の油川駅郵便局。

 

2025年9月 7日 (日)

1385.‘みちのく一人旅’のご報告-その3-

2泊3日の‘みちのく一人旅’の最終日は、弘前市のルートインに宿泊後、約46㌔先の深浦町の柳田簡易局を1局目としました。この日は最終局が久慈市にあり、いささかタイトな時間割でした。

この局は昨年6.6(R6.6.6)に再開した簡易局で、JR五能線の柳田駅前にあり、鰺ケ沢・深浦あたりをR4.6.8に訪問した際には閉鎖中だった局です。委託者の男性は、全国を廻っている老いた趣味人に感心を示していました。

Photo_20250905010501 続いて、約66㌔1時間20分ほどで2局目のJR津軽線の油川駅局に到着しました。(10:30頃)この局は、日本郵政とJR東日本が提携した郵便局と駅の一体化運営事業の駅局の一つです。例によって、開局初日の様子を伺いましたが、メグラーと鉄ちゃんが大挙して押しかけてきたようで、大変な一日だったようです。お気の毒さまでした。

続いて、青森市内を縦断して、八甲田山の西麓を廻り込むようにして十和田湖方面より東進して十和田市街地に進み、油川駅局からは約64㌔・1時間50分かけて3局目の八郷簡易局に着きました。(12:40頃)八甲田山麓はまさにクマ出没注意地帯でしたが、私は幸いにもセーフでした。

この局は今年3.3に再開した簡易局で、このあたりを訪問したのが青森県の最終日となったR5.10.25でしたが、その時には閉鎖中だった局です。続いて、約20㌔35分ほどで4局目のおいらせ青葉局に着きました。(13:35頃)

この局は昨年5.1に新規設置された局で、階上町の陸奥田代局の輪廻転生とされている局です。おいらせ町でも北部の三沢市寄りに立地していました。柳田簡易局・油川駅局・八郷簡易局及び おいらせ青葉局への訪問によって、青森県の2回目の完訪となりました。

Photo_20250905010201 もう1局の‘落ち穂’を拾わなければいけません。約74㌔1時間5分かけて久慈市の夏井簡易局に着きました。(14:55頃)八戸市内では有料の高速道路も使ったので、貯金可能時間の16時よりも少し早く到着しましたが、このあと自宅まで自走で帰らなければならないわけで、実はここからが正念場であります。

この局も久慈市方面を訪問したR1.11.19・20には閉鎖中だったのを、今年2.20に再開しており、訪問の必要が出てきておりました。この局への訪問によって、岩手県も2回目の完訪となりました。

このあと、久慈市内で3度目の給油後、道の駅くじ にて家人へのお土産を購入後、三陸自動車道をひたすら南下して行きました。ご存知の通り、三陸自動車道は全線無料の高速道路(厳密には鳴瀬奥松島TBまで)ですが、私は終点の東北自動車道接続の八戸JCTから起点近くの仙台北部道路接続の利府JCTまで、ほぼ通して運転したことになります。

細かく言うと夏井簡易局に向かうのに久慈北ICで降りて、その後久慈ICから乗車しておりますので、三陸自動車道の全線走破とはなっておりません。

久慈市内から浜松の自宅までは900㌔以上あり、当然ながら久慈での3度目の給油では間に合わない訳で、圏央道の菖蒲PAにて4度目の給油をしておきました。結局、自宅へは翌日の10時ごろに到着しましたが、3日間の総走行㌔は2,438㌔で、まさに長距離ドライバー並みの(稼ぎの無い)ヲ仕事をしたことになりました。

※写真は、上が1局目の柳田簡易郵便局。下が5局目の夏井簡易郵便局。

2025年9月 4日 (木)

1384.‘みちのく一人旅’のご報告-その2-

タイトルの‘みちのく一人旅’は、昭和歌謡においての大ヒット曲・山本譲二の『みちのくひとり旅』から取りましたが、この大ヒット曲は当初小林旭に提供したものを、小林が自分には合わないとこれを断り、一方、不遇の演歌歌手だった山本譲二が、本曲を聴いてこの曲を歌うことを土下座して懇願し、大ヒット曲としたというエピソードもあるそうです。(みちのくひとり旅Wikiより

Photo_20250903080601 さて前の記事の続きです。

天童のルートインに宿泊後の二日目は、当初の予定だった山形・寒河江を前倒しできたため、この日を秋田県攻めとし、無料区間となる東北中央道東根ICより新庄真室川IC及び国道13号・国道108号と進み、宿から約140㌔先の1局目の由利本荘市の鮎川簡易局には11時過ぎに到着しました。

後で考えると、前倒ししておいた山形・寒河江の2局を拾ってから廻った場合は12:30過ぎの訪問となっており、その場合この日の最終局・イオンタウン鷹巣局へは、かなりギリギリの到着となっており、初日における年寄りの超早起きが吉と出たことになりました。

この日は午前中に山形県北と秋田県に大雨警報が出ておりましたが、私の進んだところではそれほどでもなく、この日の秋田県は警報が解除されたあとの、雨上がりの一日でした。

鮎川簡易局は昨年12.19に再開した局で、私がこのあたりを廻ったR4.4月には一時閉鎖中でした。続いて、五城目町の‘落ち穂’を目指しますが、途中で2度目の給油をしておきました。

Photo_20250903080701 日本海東北道の無料区間(本荘・岩城間)と国道7号などを進み、約78㌔先の馬場目簡易局には13時過ぎに到着しました。ここは、秋田県を完訪したR4.10.27の僅か1ヶ月後のR4.12.1に再開しており、しばらく塩漬けにしておくしかなかった‘落ち穂’でした。

実はこの局で、山形県の同業者で知人のS氏と落ち合うことになっており、この局から次局まで同一行動を取っております。彼はわざわざ秋田県まで、出向いてくださり1年ぶりの再会となりました。

次局となる北秋田市のイオンタウン鷹巣へは、約52㌔・1時間ほどで到着しました。(15:00頃)この局は、昨年1.22に新規設置された局で、初日は同業者によるお祝い行動により賑わったそうです。中には飛行機で出向いてくる強者もいて、素晴らしい行動力に脱帽するばかりです。

これにより秋田県も2回目の完訪となりました。このあと山形県のS氏と、イオンタウン内でしばしの歓談をして別れましたが、私は宿泊地の弘前に1時間20分くらいで到着したのに対して、S氏は秋田道・東北中央道と乗り継いで4時間以上かかって帰宅されたとのこと、奥様によろしくお伝えください。

ということで、最終日の‘落ち穂拾い’のご報告は次回とさせていただきます。

※写真は、上が馬場目簡易郵便局。下がイオンタウン鷹巣郵便局。

2025年9月 1日 (月)

1383.‘みちのく一人旅’のご報告-その1-

8/26から28の三日間に亘る‘みちのく一人旅’から無事帰ってきました。東北6県を廻る旅でしたが、マイカー自走での訪問です。

これまで福島・山形・宮城の南東北3県の‘落ち穂’については、マイカー自走でこなしてきましたが、秋田・岩手・青森の北東北3県については、マイカーで往復するのには遠すぎて、さりとて‘落ち穂’発生の都度、新幹線+レンタカーで向かうのは余りにも効率が悪く、様子見としていました。

Photo_20250831090901 それでも、秋田県では3件、青森県では4件、岩手県でも青森寄りの1件の‘落ち穂’が発生しており、かなり溜まってきたために、いよいよ出動時期なのかと重い腰を上げて、思い切ってマイカー自走で拾ってみることにいたしました。

後述しますが、マイカー自走としては最北端記録を大きく更新することになりました。

1局目は福島県白河市の小田川局をチョイスしました。東北6県のうち福島県だけには‘落ち穂’が存在していないため、‘マルチ捕り’として高速道路を降りて、遠くない場所を選んでみました。

この局を12時半ごろの到着で良いスケジュールを立てたのですが、年寄りの超早起きのため夜中の1:30には自宅を出発しており、途中のPA・SAで仮眠を取るなど多めの休憩をしながらも、定刻9:00には訪問が出来てしまっております。

このあと早くも1度目の給油をしたのち、矢吹ICより東北道にて築館ICまで進み、しばらく下道で進んで2局目の登米加賀野局には12:40頃到着しております。昨年11.5に東佐沼局が移転改称した局で、加賀野ショッピングセンター内の単独店舗として立地しておりました。平成の大合併で誕生した登米(とめ)市の市名を冠した初めての郵便局です(※)。ここへの訪問で、宮城県の5回目の完訪となりました。(※登米(とよま)局は、合併前の登米(とよま)町の中心地にある直営局。)

Photo_20250831090801 当初の予定ではこの局で初日が終わることとなっていましたが、この時間の訪問ではそうはいきません、山形県の‘落ち穂’も拾うことにしました。山形市を目指すのですが、一般道優先で検索すると16時を微妙に過ぎるようなので、高速使用に切り替えて来た道を戻り東北道・山形道にて山形馬見ケ崎局には、15:10頃到着しました。

ここは昨年9.9に新規設置された局で、山形県では三川町のイオンモール三川内局(R1.6.10)以来5年3ケ月ぶりに新規設置された局です。イオン山形北ショッピングセンター内にありますが、登米加賀野局同様に敷地内にある単独店舗でした。続いて、14㌔先の簡易局に進みます。

僅か20分強で到着したのは寒河江市の日田(にった)簡易局です。ここはR4.3.1に貯金非取扱いのJAに委託していた簡易局が閉鎖し、2年8ヶ月後のR6.10.23に、貯金業務を扱う簡易局として再開しております。この山形県の2局を訪問したことで、山形県の4回目の完訪としました。

二日目以降に続きます。

※写真は、上が登米加賀野郵便局、下が山形馬見ケ崎郵便局。

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