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郵便局めぐり・北日本

2020年11月20日 (金)

900.秋田遠征のご報告-その2-

今回の遠征における、その他のトピックスです。

滅多に雪の降らない南国・静岡県浜松のものにとって、雪のある風景はテンションが上がる要素でありますが、その量が多い場合は、経験不足により危険要素になるため、今回のような初雪直後の冬の入り口あたりが、北国への訪問の限界時期であることを、肝に銘じておきたいと思っております。そのため来年の青森・秋田方面の訪問時期は、10月までに済ますことといたしました。

大館市に入ってすぐの雪沢簡易局の目の前には、線路を垣間見ることができ、さらに大館市内でも同様でありました。小坂鉄道の廃線跡だそうで、レールバイクを走らせているそうです。

7/22からスタートしたGoToトラベルについては、私・稲生は7月下旬の青森遠征から今回の秋田遠征までの全ての宿泊(ここまで延べ15泊分)を、これに適用させて35%割引で利用させていただいておりますが、10月からはさらに15%分を1,000円単位の地域共通クーポンで発行してチェックイン時にいただけることになりました。しかしながら、その使用期限が宿泊日とその翌日となっており、必然的にお土産の購入になってきます。

Photo_20201117100701 そのため、二日目の局メグ終了後に道の駅・ひないに立ち寄り、鹿角市花輪での宿泊時にいただいた分を処理すべく、お土産として秋田県湯沢出身の菅総理大臣にあやかった‘スガちゃん土産(スゴロク付き)’を購入してみました。それでも、まだ1,000円に満たないため、別のお土産も購入しております。大館宿泊時にいただいた分は、これまた盛岡駅にてお土産を購入しており、帰りの荷物はどうしても多くなってしまいます。この前の屋久島遠征でもそうでした。

こうしたお土産は、自宅だけでは消費し切れずに、おすそ分けと称して、これまでにJTB支店・なじみの郵便局・なじみのモータース・いきつけの理容店などへも配っております。

次回の山口・広島遠征では連泊となるため、初日のチェックイン時に1,000円券を2枚いただくことができ、その使用期限は最終日までのため、1,000円分は最終日に利用するレンタカー代金の割引に使う予定です。そして残りの1,000円分はもみじ饅頭の予定です。

次にニッポンレンタカーの話ですが、一昨年の途中からは、そのほとんどをここで借りてきておりましたが、この8月より高額な乗り捨て料金がかかることになってしまい、今回で言えば二戸受け取りの盛岡返しで7,920円と、日帰りで借りる料金よりも多くかかってしまっており、他のレンタカー会社・例えばトヨタレンタカー(同一県内無料)に代えることにしようかと検討しております。

このレンタカー会社代えについては、また別の記事にてお話しすることにいたします。

来年は、岩手県完訪のために2泊3日を2回、そしてその次に控える秋田県のために2泊3日を2回、さらには青森県で2泊3日を1回、それぞれ実施したいと思っております。

というわけで、今回の秋田遠征のトピックスというよりも、もう少しマクロな話に終始してしまいましたが、秋田遠征にまつわるエピソード話を終わらせていただきます。

※写真は、観光地仕様の角館郵便局。みちのくの小京都・角館だけは賑やかでした。

2020年11月17日 (火)

899.秋田遠征のご報告-その1-

拙ブログの親サイトとなる『稲生ホームページ』が、去る11/15にて満18周年を迎えることができました。趣味の成果等を、勝手気ままに示しているのですが、途切れることなく続けることが出来ているのは、喜ばしいことであります。

また、こちらの『稲生のつぶやき(ブログ)』も、さらに1ケ月前の10/19に満9年を迎えていて、すでに10年目に突入しております。好きな言葉というか座右の銘として「継続は力なり」をモットーとしておりますので、これからも肩の力を抜いて、勝手気ままに続けられたらいいなと、私・稲生自身も願っております。

今後とも、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

さて遅くなりましたが、11/10から三日間に亘って実施した秋田遠征のご報告をいたします。

初日の最高気温が4℃、二日目は5℃でした。私が廻った鹿角・大館地域では訪問前日の11/9が初雪であったようです。そして、最終日は寒さが弱まり最高気温は11℃でした。

Photo_20201116100901 秋が深くなってからの北国行きということで、すっかり完全防備で臨んだのですが、靴だけが通常時のもので、雪道に降り立った時にようやく気が付き、失敗したなと舌打ちをしましたが、幸いにも雪道への着地は、最初の頃の何局かに留まっており、大事に至りませんでした。

東北新幹線の二戸駅で下車してレンタカーを借り、まずは岩手県内で8局廻った後に、秋田県に入り鹿角市八幡平で5局の計13局が初日の結果であります。二戸駅11:50着でありますので、局メグ稼働時間は4時間のみであり、いきなりの雪道でもあったので慎重に進んでいくことを最大限の留意事項とした結果でありました。

鹿角市花輪宿泊後の二日目は、まずは雪道を18㌔ほど進んだ大館市の大葛温泉地区にある大葛局からのスタートです。2局目は初日に時間切れで残していた曙局を拾い、その後鹿角市・小坂町を廻り終えたのちに、大館市内を鋭意廻っていきました。

14局目の釈迦内局を目指す際に、勘違いをして秋田自動車道の大館北ICに入り込んでしまい、次の大館南ICまでの片道4.5㌔往復にして9㌔強の無駄な走行をしてしまいました。不幸中の幸いだったのは、無料区間であったことです。

そんなタイムロスも大館市街地で次第に吸収していき、ラストの西館局には、いわゆる‘アディショナルタイム貯金’にて1局を稼ぎ、二日目は29局といたしました。

大館市内宿泊後の最終日は、北秋田市鷹巣南部より、概ね秋田内陸縦貫鉄道に沿い南下していき、仙北市の角館あたりまでの24局を予定通りに廻りました。帰りは盛岡駅17:50発の新幹線に乗車する関係で、ラストの神代局を15:30に撤収しております。

三日間で岩手県8局と秋田県58局の計66局を廻り、秋田県においては、県の北東角を廻り終えたことになりますが、秋田県の累計を88局から146局へと増加させることが出来ました。また、岩手県内も累計303局で残りが111局となり、来年のテーマ地域としての完訪を目指す上で、視界は良好であります。

次の記事では、秋田道に乗り込んだ以外のトピックスをいくつか触れていくことにいたします。

※写真は、秋田県に入って最初の局である湯瀬郵便局。紅葉と雪山が同時に眺められました。

2020年10月21日 (水)

891.宮城県の完訪について

10/14・15の宮城遠征において、残っていた28局を廻ったことで、宮城県の完訪となりました!!

H26(2014)9/11の初訪問から足掛け7年がかかりましたが、H28は訪問がなく実質6年での達成であります。これで島根県に続き33府県目の完訪府県であります。

宮城県完訪までの道程は、記録室・その15に示してありますので、それをご覧になりながら記事を読み進めていただければ幸いです。

初訪問は、七ヶ宿町・白石市で15局廻りました。前日に福島県会津地域を完訪しており、その余韻を持って山形県と宮城県の、ともに初訪問を果たしたのでした。

翌H27には、9/11に相馬市を廻る前後で亘理・山元と丸森を計14局廻りました。丸森では関東東北豪雨にも引っ掛かりました。11/27には福島県完訪の旅の際に、丸森で2局廻っています。

Photo_20201020165301 1年空いたH29には、1日だけですが、4/14に仙台市青葉区・泉区の外側と富谷市・黒川郡で27局廻りました。この時は、マイカーによる自走でしたが、自宅までの帰り道が遠く長く感じて、以後は新幹線プラスレンタカーでの訪問に改めました。

ここまででは、58局に過ぎませんが、H30・R1・R2に本格的な宮城攻めをしていくのでした。

H30は3月に宮城遠征として、多賀城・塩竃、登米、大崎などを86局廻り、5/31に角田などで6局を増やし、10月にも宮城遠征としてレンタサイクルとレンタカーにて仙台市内と仙南方面を二日で58局廻りました。(仙台・仙南 西コース)

元号の変わったR1には、6月に宮城遠征として仙台市内と松島湾岸で75局廻り、10月にも宮城遠征としてレンタサイクルとレンタカーで仙台市内と仙南方面(前年の東側:仙台・仙南 東コース)を二日で43局廻りました。

そして、今年は宮城県完訪を目標として、6月に気仙沼を16局、9月に石巻を中心に55局廻り、今回の28局の訪問を持って、宮城県内の全425局の完訪としたのでした。

延べ21日のうち、マイカーで頑張ったのは最初の頃と最終回の計7日92局でした。仙台市内はレンタサイクル(2日49局)も活用したりして宮城県に親しみました。

これにて、福島県・山形県・宮城県の南東北地方を制したのですが、次なるターゲットは当然のことながら北東北地方であります。まず来年は岩手県の完訪を目指すことにいたします。ということで、来年の北のテーマ地域は岩手県といたします。

※写真は、登米市迫町の新田郵便局。屋根には、本物の白鳥もビックリするほどのモニュメントが鎮座していました。白鳥は、近くの伊豆沼に飛来するそうです。(18.3.15訪問)

2020年10月18日 (日)

890.最後の宮城遠征のご報告

10/14・15の両日は、宮城県を廻り終えるラストランとしての郵便局めぐりを実施しました。

残りが28局となっており、最後は思い切ってマイカーでの訪問をしてきました。行きの福島県相馬市までは約600㌔、帰りの岩手県一関市花泉町からは約700㌔の自走であり、終わってから顧みて、我ながらよくやったものと、つくづく思いました。

1局目の相馬市の相馬刈敷田局は、完訪済の福島県に出来た‘落ち穂’であり、福島県については、それまですべて自走でしたので、それに倣いマイカーで訪問したのですが、早朝3時半に出発して、予定では12時に到着すべきところを1時間遅れの13時となってしまいました。ともかく、この局を訪問したことで、福島県の4回目の完訪であります。

Photo_20201017165001 このため予定が狂ってしまい、閖上(ゆりあげ)局そして仙台市太白区中部の残り8局を終了したあとに行こうとしていた富谷成田局へは届きませんでした。届かないどころか、太白区での6局目の仙台南局が5人待ちで25分ほどかかり、ここで16時のタイムアップとなりました。

太白区での7局目の仙台長町六局と8局目の仙台長町三局は、不本意ながら、ATM入金+窓口での局名ゴム印押印 といたしました。緊急時対応ということです。ともかく、3年6ヶ月延べ8日を要して仙台市の完訪であります。

大崎市の古川駅前に宿泊先をとっており、二日目の1局目は富谷成田局ということで、その後、約57㌔回送して栗原市方面の本来の1局目であった富野簡易局へは、2時間遅れの11時でありました。それでも、この後は粛々と進めていき、19局目の有壁局にて、宮城県の全425局の完訪を果たしました!!足掛け7年、正味6年での完訪でした。

ここで終わっても良いのですが、16時のタイムアップのゴングが鳴るまでは局メグを続けました。メグラーの悲しいサガとでも言いましょうか?と言っても、残された時間は45分のみであり、一関市花泉町の4局を廻って16時のゴングが鳴り、二日目は23局といたしました。

宮城県の完訪についての概要は、次の記事にて展開していく事にいたします。

※写真は、宮城県の完訪局となった栗原市の有壁郵便局。

2020年9月17日 (木)

881.宮城遠征のご報告-その2-

屋久島に本当に行けるのか、気がかりな方もおられるかと思いますが、何とか損をしない方法を考え付きましたので、ご心配なさらぬようお願いいたします。このことにつきましては、今回の宮城遠征のご報告と関西‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’局メグのご報告が終了しましてから、改めてお話しさせていただきたいと存じます。

それでは先日の宮城遠征の二日目・最終日のご報告であります。

二日目は、東松島市矢本・石巻西部より女川・雄勝・北上の三陸南端沿岸部、その後西進し、河北・涌谷・松山・鹿島台・南郷、最後は松島北部にて終了しました。女川・北上などの震災復興工事中の道路状況がナビの案内と一致せず、このあたりで時間を取ってしまい、最後の南郷・松島北部は必須でしたので、涌谷局のあとは、小牛田局・松山局の小回りで済ますBプランといたしました。計20局であります。

Photo_20200916163101 8局目の雄勝局は、まだ仮設店舗でしたが、建設中の市役所雄勝総合支所近くに移転のようです。女川局と北上局は、すでに移転オープンしておりました。

大震災時の逃げ遅れによる津波被害で多くの犠牲者が出た旧大川小学校跡地にも、足を運ぶ予定もあったのですが、前述のとおり女川から北上において時間を要してしまったため、これは割愛いたしました。

最終日は、宿泊地最寄りの石巻河南インターより三陸自動車道にて歌津インターまで進み、南三陸町の3局を廻ったあとに、登米市南部・涌谷北部・美里町小牛田を経て、大崎市古川に出来た‘落ち穂’である志田簡易局を拾い、最後は約23㌔移動して栗原市築館での4局をメグって終了としました。計23局でした。

南三陸町には震災以来休止中の歌津局が、来年度には再開するとの話があり、ここはもう一度訪問することになります。

21局目の伊豆町簡易局では、山形県や高知県などでいただいた例の栞をいただけたのですが、栗原市のマスコットキャラクター‘ねじりほんにょ’が描かれておりました。

さて、今回の宮城遠征では、三日間で55局を廻り累計を397局とし、宮城県の残りが28局となり、いよいよリーチがかかりました。10月中旬に、宮城県完訪の旅を実施する予定でありますが、完訪記念にマイカーで訪問しようかと考えております。

※写真は、登米市登米郵便局。登米市の読みは‘とめ’、登米郵便局の読みは‘とよま’です。こういうねじれはマニアには堪らないです。(同様のねじれの例として、千葉県山武(さんぶ)郡と山武(さんむ)市があります。)

2020年9月14日 (月)

880.宮城遠征のご報告-その1-

9/8から10までの宮城遠征のご報告です。

本年のテーマ地域であり、9月ごろの実施というのは、年初にすでに決めておりました。というのも、登米市を中心に廻ったのが、2年前の3月だったのですが、国内有数の穀倉地帯を廻ったのにも関わらず、何もない荒涼とした田園地帯の風景を見る事になってしまい、これは時期が悪すぎたと反省をしたからであります。

今回は、石巻とその周辺そして南三陸・登米・大崎などを廻ってきており、稲穂がすくすくと育ちつつある田園地帯を廻ってきました。

初日は、仙台駅より仙石東北ラインに初めて乗車して、石巻駅手前の陸前山下駅にて、レンタカー会社のお出迎えをしてもらい、11時半過ぎより石巻市内に繰り出しました。最高気温が32℃近くの残暑の中でありました。

Photo_20200916124701 13:20過ぎに10局目の渡波局を終えた後は、牡鹿半島先端部の鮎川までの約30㌔には、荻浜局・大原浜局と震災後休止中の局があるものの、これらは再開する予定もなく、しばらくは鮎川局に向けて南下していくドライブでありました。

14:20前に鮎川局を終え、網地島ラインの出るホエールタウンおしかに向かいました。切符売場があったそうですが、あいにく見つけることが出来ず、直接フェリー・マーメイドⅡに乗り込みました。

実は、出発前日の網地島ラインは、午後便が欠航になっており、当日も風が強めに吹いていたので、無事に出航するのか心配しておりましたが、私が宮城にいた3日間は通常運航であったようです。それでも、田代島の大泊港は抜港となり、私の下船する網地島長渡(ふたわたし)港も、何便かは抜港したようで、どうやらこの航路は、欠航が多いようであります。

鮎川港14:35発で長渡港14:50着(1分早着)で、徒歩1分で目的の場所である網地島郵便局に着きました。貯金を終え局長と多少の雑談をしても長々と居続けるわけにもいかず15:15ごろには局を辞し、長渡浜渡船待合所で16:38発の帰りの便を待つのですが、これがエアコンもなく暑くてたまらず、山形県の知人から仕入れた島内バスの時刻表を頼りに(待合所にも掲示されています)16:02発の島内バスで網地浜に向かいました。(@200)

10分強で網地港に着き、写真撮影などをしているうちに旅客船シーキャットが到着し、16:26発(2分遅発)にて長渡経由で鮎川港には16:52(2分遅れ)で到着しました。コロナの影響でレンタカー会社も時短営業をしており、18:30までには返却しなければならず、早々に石巻市内に向かっていくことにいたしました。

ということで、初日は12局。二日目以降は次回の記事でご報告いたします。

※写真は、網地島への往路で乗船したフェリー・マーメイドⅡ。

2020年8月 5日 (水)

869.青森遠征のご報告-その2-

最終日は、弘前市近郊の局メグです。この日も晴れベースの天候でしたが、津軽富士(=岩木山)の山頂部には、常時雲がかかり、その全容を拝むことは出来ませんでした。

津軽地方最南部の碇ヶ関局より弘前市南部を少しかすめ、相馬・西目屋・岩木と岩木山山麓を廻り、その後弘前北部を経て、藤崎までの27局でした。

帰りの新幹線の時間の都合で局メグを15:15に切り上げて戻ることになっていたのですが、川部和泉局訪問後に陸奥常盤局に入り、番号札まで取ったのですが、前の客に時間がかかるとのことで、この局の貯金は未遂に終わりました。

Photo_20200803154101 ということで、今回は青森県の津軽地方を72局廻ることができ、昨年秋に初訪問して7局のみであった青森県は11倍増の79局といたしました。

尺が余っているようですので、トピックスを少々。

初日の2局目の松丘簡易局はハンセン病療養所内の局ですが、所内から、しばらく進んだところにあり、途中で職員に経路を訪ねたところ、部外者の入所はできないのではないか?と言い出され、何とかごまかして目的の場所までたどり着きました。これにより、全国で10箇所あるハンセン病療養所内の簡易局は完訪となりました。

また龍飛岬展望台では、訪問者が私一人のみで、軽自動車でお土産を売っていた地元のおばちゃんが、私になんとかお土産を買わせようとして、猛烈にアタックしてきました。根負けして、シジミの味噌汁とホタテ入り菓子を購入してしまいました。

二日目の行程終了後、弘前城の写真を撮ろうと、城の周囲を一周しましたが、あいにく周囲からは城が眺められる所がありませんでした。レンタカー返却時間も迫っていたため、今回は諦めました。

風景印も少しづつ集めはじめており、初日は袰月局と龍飛岬局、二日目は車力局と木造局、三日目は弘前桔梗野町局と岩木局にて、それぞれポスト型はがきの購入とセットで収集いたしました。

※写真は、五所川原市金木町の太宰治生家・斜陽館。

2020年8月 2日 (日)

868.青森遠征のご報告-その1-

7/28~30に‘たっぷり青森’遠征を実施してきました。

出発日には梅雨前線による大雨が新潟・山形・秋田を襲い、道中の東北新幹線は予定通りであったものの、山形新幹線・秋田新幹線は運休となっておりました。幸いにも青森県は梅雨前線の北側であったため、三日間ともに晴れの良い天候に恵まれました。

初日は、新青森駅に11:19の定刻に到着し、レンタカーにて龍飛岬を目指しました。曇り空でしたが、5~10㍍近くの強風でした。これが‘やませ’というものであると、各局で説明を受けました。

15局を廻り、この日の最終局でもある目的地の龍飛岬郵便局には15:40過ぎに到着しました。あらかじめ用意していた暑中見舞いはがきを、風景印押印の上出していただくよう局長にお願いしておきました。35通ほど出す予定でいたのですが、コロナ第二波の最中に、旅をすることに対して批判を受けそうな同級生や恩師などへの分を取りやめにし、同業者の方への18通のみに絞り込んで出しました。

Photo_20200802162701 その後は、龍飛岬からの眺望・階段国道・津軽海峡冬景色歌謡碑などを見学し、新青森駅に引き返しました。レンタカー会社も経営が苦しく、時短営業をしており、18時には返却しなければなりませんでした。

二日目は快晴です。最高気温は28℃ほどでした。五所川原市北部の毘沙門簡易局を1局目として、中泊町・旧市浦村・つがる市を鋭意廻ってきました。森田局までの30局でした。

最初の頃に廻った五所川原市金木町の有名人といえば、太宰治と吉幾三です。金木町の街中に太宰の生家・斜陽館があり、写真撮影だけはしておきました。

また、つがる市木造町の木造駅舎は、巨大土偶のモニュメントが鎮座しており、ここも写真に収めておきました。

青森県津軽と言えばリンゴ畑なのですが、二日目に廻った地域では、見渡す限りの田園地帯と砂地でのスイカ・メロン栽培であり、リンゴ畑は藤崎町以南の三日目に廻る地域での農作物であることを学びました。

ということで、最終日の内容と今回の遠征のまとめは次号にて。

※写真は龍飛岬郵便局。津軽海峡冬景色では、‘北のはずれ’としておりますが、下北半島大間崎の方が本州最北端であり、龍飛岬郵便局のお宝ゴム印では‘本州極地’と表記しておりました。

2020年7月22日 (水)

865.新潟・山形‘落ち穂拾い’遠征-後半-

続いて、新潟・山形‘落ち穂拾い’遠征の二日目の話です。

ところで‘落ち穂拾い’&‘マルチ捕り’遠征では、すでに完訪している府県への領地巡回のような気持ちになるものです。

すなわち、初めて向かう場所ではないため、色々と懐かしい気持ちを感じながら、車を進めていく感覚になるのです。いま見ている景色も、次に展開していく景色も、すべてが一度見たことがある景色であるのです。

さて二日目は、新発田市の宿泊地から約124㌔・2時間30分ほどかかり、鶴岡市南部の青龍寺簡易局に到着しました。(10:50から11:10)

一時閉鎖中だった簡易局が今年5/18に再開したものですが、この時はコロナによる全面自粛の最中であり、再開を告知すると集まりすぎる懸念があり、集落内への告知すら自重するほどだったそうです。詳しくはわかりませんが、再開日の延期もできない難しい状況下の開局だったようです。

Photo_20200720042201 これで、初日の新潟県に続き、昨年10/31に完訪したばかりの山形県も、2回目の完訪としました。

この後、山形県内を縦断して、福島県も素通りをし、栃木県那須町の小島局を目指しました。約270㌔・3時間40分(休憩込み)かかりました。(14:50着)

山形道から山形JCTにて東北中央道に分岐して福島JCTで東北道に繋がっていました。東北中央道については、3年前に鶴岡から同じように帰って行った時は、まだ未開通区間もあったのですが、この区間はいつの間にか全線開通していたようです。

小島局にて‘07’マルチをゲットしたのち、約42㌔・55分ほどで最終局の茨城県大子町の大子佐原局に到着しました。(15:45着)このあたりの道を進むのも、領地巡回の気分であります。

大子佐原局で‘06’マルチをゲットして、今回の遠征における目的をすべて完了いたしました。すなわち、新潟・山形両県の2回目の完訪と、両県および埼玉・群馬・栃木・茨城の6県の計6個のマルチをゲットしたのです。

帰りは、途中で給油をしたのち矢板ICまで戻り、東北道・圏央道・東名道・新東名道で自宅には約415㌔・6時間ほど(休憩込み)かかりました。海老名JCTあたりから雨が強くなり、慎重な運転に心掛けて進んで行きました。

聖地巡礼ならぬ領地巡回の旅は、年間では数回執り行う儀式なのかもしれません。完訪を果たした府県への旅は、それなりに感慨深いものでもあります。

※写真は、青龍寺簡易郵便局。

2020年7月19日 (日)

864.新潟・山形‘落ち穂拾い’遠征-前半-

当地のお盆明けの7/16・17にて、新潟県4局・山形県1局の都合5局を刈り取るための‘落ち穂拾い’遠征を実施しました。

具体的には、新潟県中越地方の十日町市に2局、約150㌔離れた下越地方の胎内市に1局、さらに約40㌔以上離れた村上市の山奥に1局を初日に廻り、宿泊後、山形県庄内地方の鶴岡市に発生した1局を拾う旅でした。

これまで、‘落ち穂拾い’については、極力日帰りで対応するのですが、遠く日本海側では、さすがに日帰りでは厳しく、泊りがけでの‘落ち穂拾い’となりました。

泊りがけと決めた以上は、時間を有効利用するべく、初日の十日町市の前に埼玉・群馬の‘マルチ捕り’、二日目の鶴岡市の後に、栃木・茨城の‘マルチ捕り’を入れ込み、結局、目一杯の行程となりました。

早朝4時に自宅を出発し、新東名道・東名道・圏央道・関越道を進み、途中で多めの休憩を取りつつ9時になるのを待って、埼玉・群馬県境近くの上里三町局・藤岡芦田町局を拾っていきました。

Photo_20200719033101 藤岡ICより再び関越道に乗り、六日町ICで下車して山越えで十日町入りをし、1局目目の十日町川治局へは11:20頃到着しました。約133㌔・2時間ほど(休憩込み)かかりました。

十日町川治局は、9年前から一時閉鎖中の簡易局を廃止して、新しく6/1付けにて設置した直営局です。風景印は設置して無かったものの、オリジナル絵はがきが3枚セットで販売しており、それを購入しました。2局目の越後水沢簡易局へは6.6㌔・10分足らずで到着しました。

越後水沢簡易局は、直営局の越後水沢局を2/29に廃止して、簡易局として3/3に開局しています。若い受託者さんでしたが、たまたま同じ水色のフィットであったせいか、その話を皮切りに話が弾み、ベテランメグラーと認識された私・稲生に、色々と質問をしてきました。わかる範囲でメグラーの心情を吐露してきましたが、それでよかったのでしょうか?ともかく、20分ほどの長めの滞在となりました。(11:45から12:20)

ここから3局目のあかね町局までは、約150㌔・2時間15分(休憩込み)かかりました。あかね町局は昨年11/11の移転改称でしたので、飯田風越局のことを話してみましたが、反応はいま一つでした。自分の所に関係ない話には、興味が湧かないようです。(14:40から50)

最後に、村上市の旧・朝日村にある高根簡易局へ向かいました。約42㌔・50分かかり15:40には到着しました。ここは、私が新潟県を完訪した一昨年10/5の1ヶ月半後の11/20に、一時閉鎖中の簡易局が再開したものです。ここでも、15分ほどの無駄話をしてきました。お土産に‘ずんだ餅’もいただき、これは宿泊先の部屋で美味しくいただきました。

事前の予習では、最後の高根簡易局は、初日に廻れるかどうか微妙だったため、新発田市に宿泊先を予約してあり、来た道を戻る形になりました。

翌日の話は、次回に続きます。

※写真は、越後水沢簡易郵便局。

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