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郵便局めぐり・西日本

2021年2月24日 (水)

929.大分遠征のご報告-その2-

ここからは、大分遠征でのトピックスです。

これまで大分県へは、空路による北九州空港や大分空港からのアタックであったので、陸路として日豊本線の特急ソニック利用も、大分駅に降り立つのも初めてのことでした。自宅からは、長崎駅や佐世保駅よりも若干早く到着できるようです。

初日は、佐賀関で終了しましたが、局メグ終了後は臼杵の町を少しキョロキョロしてから津久見の宿に向かいました。もちろん、津久見港の下見もしておきました。

Photo_20210223201801 二日目に最初にアタックした保戸島へは、津久見市HPにおいて「3/7までは観光やレジャーを目的とした乗船はご遠慮ください」とされており、乗船当日に渡島を断られたら、それまでと覚悟をして臨みましたが、乗船券売り場では、あっさりと何の問題もなく購入ができました。むしろ、折からの強風により9:10発の往復便が本日のラストであり、それ以降は欠航であったため、そういう意味ではギリギリセーフでありました。

津久見市内のあとは、佐伯市の上浦・弥生・本匠・宇目と佐伯市街地を温存する形で南下していきました。佐伯市街地のある佐伯湾には大入島と豊後大島という2つの離島が控えております。今では豊後大島への便が1日3往復のみとなってしまっており、難易度が高くなっております。

最終日は、大分県北部・西部は前夜からの雪が降り積もるとのことで、豊後大野市の清川・三重から臼杵市の野津を経由して、大分方面に近づいていくコースに変更しました。途中の竹中局の向かい側には南こうせつの実家のお寺・勝光寺があり、そこも激写してきました。

結局、初日に訪問した大在・丹生のすぐ西の川添・別保あたりまで進めることができ、うまい具合に大分市東部は繋がることになりました。そして大分市内の訪問局数は半分を超えました。

今回の旅では、臼杵の町も温存しており、映画『なごり雪』及び映画『二十二才の別れ』のロケ地・臼杵をめぐる旅は、お預けであります。

※写真は、大分市の戸次(へつぎ)郵便局。

2021年2月21日 (日)

928.大分遠征のご報告-その1-

2/16から18の三日間に亘り、大分遠征を実施して参りましたので、そのご報告をいたします。

ちょうど寒波の来た時期と重なってしまい、最高気温としては初日が12℃であったものの、二日目は7℃で強風、最終日は5℃で終日の‘なごり雪’となり、最終日は竹田・産山(熊本県)あたりの予定だったのを急遽変更したほどです。

昨年はコロナの影響により、大分遠征を二度にわたり中止しており、今回の遠征についても、1月中旬の予定を1月下旬に変更し、さらには2月中旬へと延期を余儀なくされている中、私の住む静岡県における県境を跨ぐ移動の自粛も解除され、大分県へも慎重に行動することを条件に移動OKとなったため、満を持しての大分入りでありました。

Photo_20210223135401 浜松駅から東海道山陽新幹線にて名古屋乗り換えにて小倉駅へ。さらに特急ソニックにて大分駅には12:36に到着しました。

大分駅内局に立ち寄り後、レンタカーを借り佐賀関方面へ向かい12局。駅内局と合わせて初日は13局でした。大分市内では市議選の最中でした。

津久見宿泊後の二日目は、9:10発の保戸島行き高速船で往復しましたが、強風のため次便以降は欠航となったほどでした。保戸島では35分の滞在時間がありましたが、保戸島局の訪問と、集落内にある県道612号(歩行者しか通れない道:通称コレデモ県道)の県道標識の撮影のみでした。

津久見港に戻って、津久見市内の残り7局訪問のあと、佐伯市上浦・弥生・本匠・宇目と廻り、最後は木浦鉱山局という、何故にこんな山の中に直営局があるのか疑問の残る局で終了しました。二日目は20局です。

豊後大野市宿泊後の最終日は、大分県北部・西部を中心に雪の予報が出ており、レンタカーも車検切れ2週間前のツルツルのノーマルタイヤであったため、竹田・産山方面へ行くのは自重し、豊後大野市から大分市内に戻っていく行程に変更して廻りました。結果的には、当初の25局予定を30局と局数を伸ばすことができました。

三日間で63局となり、大分県の累計は94局から157局へと増やすことができました。

その他のトピックスなどを交えて、その2に続きます。

※写真は、初日に訪問した大分市の辛幸簡易郵便局。ログハウス風の局舎で、手造りだそうです。

2020年12月24日 (木)

910.長崎遠征のご報告-その2-

今回の長崎遠征でのトピックスについて、順を追ってお話ししていきます。

初日の佐世保駅13:27着というのは、新幹線から博多駅で特急に乗り換えて、最も早く着く方法かと思っていましたが、家に帰って来年の予習を始めてみると、肥前山口・早岐両駅での乗り換えをすることで、12:58に到着することが出来る便があることが判りました。気候の良い時期ならば、これにするのも良いかと思いました。ただし、来春のダイヤ改正は大丈夫だったのですが、今後のダイヤ改正如何では、これも変わる可能性もありますが・・・

初日は、佐世保の山の手を2時間強廻ったのですが、佐世保市街地は海が近くにあるのに平野部が少なく、長崎市街地同様に、坂の町であることを実感しました。

Photo_20201223194101 二日目は、にわか雪降る中の局メグでありましたが、前述のとおり伊万里湾に浮かぶ青島渡島を断念したことで、江迎・鹿町と前倒しが出来、しかも最終局の矢岳簡易局が「日本本土最西端訪問証明書」を発行するほどのやる気のある局だったおかげで、該当する神崎鼻のモニュメントへの訪問も果たすこととなり、これは良い思い出となりました。

あいにくの寒気と強風の中であったため、15分ほどの立ち寄りとなったのですが、次にこのあたりを訪問する際には、局メグ後に再訪してみようかと思いました。そして、もう少し陽気の良い時期の訪問とすることも心に刻みました。

最終日は、生月島と平戸島がメインでしたが、平戸島の西海岸は、かなり澄んだ海である印象を目に焼き付けました。

平戸島の南端の宮ノ浦局での局名ゴム印は「陸続き最西端 宮ノ浦郵便局」となっており、前日に訪問した矢岳簡易局のお宝ゴム印「本土最西端 矢岳簡易郵便局」を示して、風景スタンプや証明書のことなど、色々と私の感想を語ってきました。

平戸島での各局では話が盛り上がってしまったこともあり、平戸島での予定が30分近く遅くなってしまったので、平戸島での最終局となる平戸局をパスしましたが、安心してください。次回、的山(あづち)大島と度島(たくしま)を平戸港から渡るのですが、その合間の2時間で平戸局・田平局ほか2局の計4局を廻ることができるのです。

ラストの佐々局を15:40に終了し、佐世保駅16:41発に乗り込んだのですが、この便以降では、その日のうちに帰宅できないため、ここは必須条件でありました。

こんな感じで、今回も実りある遠征でありました。

※写真は、平戸島での最初の局として訪問した獅子簡易郵便局。なかなかの年季の入った建物でした。

2020年12月21日 (月)

909.長崎遠征のご報告-その1-

今年最後の遠征として、長崎遠征を実施しましたので、ご報告いたします。

昨年の12月は、上旬に福岡・佐賀、中旬に熊本と2度の九州遠征を実施したのですが、今年はコロナ禍・第3波の中でしたので、1度だけに減らしました。

ちょうど、昨年の中間にあたる12/15・16・17にしたのですが、今季初の寒波が来ていて、それに どはまりしてしまいました。

初日は、長崎での初雪の日となり最高気温は5℃、二日目は、午前中は雪が降り、雪がやんだ午後からは強風となってしまい、ラストに予定していた離島・青島への渡島を断念したほどです。三日目も晴れたものの最高気温は7℃ほどでした。

Photo_20201223161701 御厨港14:00発にて23分で到着する青島渡島については、訪問後の帰りの便が16:29発と遅く、現地滞在時間が2時間以上となっていたため、簡易局に長く滞在する以外は、寒さを回避する手段が少ないことから、もう少し良い気候の時にすべきと判断したものであります。

局メグ内容の明細としては、初日は佐世保駅13:27着ですので、レンタカーを借り受けて2時間強の有効時間で佐世保東部を12局廻りました。その後回送して唐津に泊まり、二日目は架橋島の鷹島から肥前・伊万里西部・松浦と伊万里湾沿いを廻った後、青島渡島を断念した代わりに、江迎・鹿町と廻り25局でした。

最終日は、架橋島の生月島・平戸島および吉井・佐々と廻り23局です。平戸島が思いのほか大きな島だったようで、少々時間が足りなくなり、平戸島のラストとなる平戸局をパスしたほどでした。

結果的には、青島をパスしたことによるマイナス1局の代わりに、鹿町などのプラス8局ということで、三日間の合計60局と予定を上回る局数になりました。内訳は、佐賀県8局、長崎県52局です。

次の記事では、遠征中のトピックスをお話ししたいと思います。

※写真は、佐世保市小佐々町楠泊・神崎鼻にある日本本土最西端の碑。

2020年12月 3日 (木)

904.平郡島への訪問

山口遠征における平郡島への訪問について、もう少し詳しくお話ししてみたいと思います。

まずは、記録室・その14をご覧になって下さい。

私が、楽しみにして廻っていた瀬戸内海の離島めぐりも、昨年10/16の大分県の姫島がラスト3となっており、本来ならば、ラスト2の平郡島を今年3月に、ラストの柱島を今年のお盆期間に終えてしまう予定だったのですが、折からのコロナ禍により、順延を余儀なくされておりました。

今回の平郡島についても、柳井市のホームページには、不要不急の渡航は厳に控えるようにと渡航自粛が呼びかけられていたままですし、当日8:30発のフェリーの乗船券を買うまで、この船に乗船できるのか、一抹の不安も抱いていたのですが、結果としては、そのような事態には至らずに無事に渡島できたのでした。渡島不可の場合の代案として、岩国まで移動して岩国市内を廻って過ごすことまで準備をしていたほどです。

Photo_20201201122601 さて平郡島は、山口県内では屋代島(周防大島)に次ぎ、県内2位の大きな面積の島でありますが、山がちな地形で人が住んでいるのは、平郡東集落と平郡西集落の2箇所のみであります。柳井港から南下して1時間かかって平郡西集落に着き、その後40分をかけて平郡東集落に向かっているのですが、地図で見ても、上関町あたりから船が出ていれば、控えめに見積もっても半分くらいの時間で到着しそうな感じがしております。

島の人口は、今年9月末現在で、平郡東が168人、平郡西が104人であると、船内に張り出してあった『三島だより』に記載がありました。今回訪問した平郡郵便局が平郡東集落にあり、平郡西集落には、4年前の16.7.1に一時閉鎖するまで西平郡簡易郵便局がありました。両集落間の道のりは約14㌔です。

そのため、過去の先人達の訪問記を調べると、平郡東の出張所で敢えて交通手段を訪ねてみて、それを耳にした地元の方に車を出してもらったちゃっかり派がいたり、車も通れない南側の‘けものみち’を敢えて歩きとおしたという猛者や、徒歩で進むも、まもなく警察官の職務質問に会い、パトカーに乗せられて、結果的に楽々目的地に着いてしまったとか、数々の武勇伝が見受けられました。

私の場合、約14㌔の両集落間を何とかする気は全くなく、西平郡簡易局と平郡郵便局は、別々の機会に訪問するつもりでおりました。まだ西平郡簡易局の方は受託者募集中ですので、再開することがあれば、喜んで平郡島への再訪をするつもりであります。

と言うことで、幸か不幸か今回のケースでは1島1局ということで、現地滞在3時間50分とやたらに長いのですが、島に降り立った平郡東集落のみで時間を過ごすことで済んだのでした。ですから、平郡東集落内の主だった場所、小学校(休校中)・出張所・診療所・駐在所・中学校跡地、真倶様・恵比寿様・旧郵便局・役行者像・石仏・防波堤完成記念碑など、集落内を隅々まで廻ってきました。

まだまだ言い足りないこともありますが、文字数も多くなってしまいましたので、瀬戸内海での48島目の訪問記を終わらせていただきます。

※写真は、平郡東港に到着した平郡航路のフェリーへぐり。

こちら の訪問記も参考にしてください。(12.8追加)

2020年11月30日 (月)

903.山口・広島遠征のご報告

11/24から26の三日間に亘って実施した山口・広島遠征のご報告です。

実は、今回の実施に至るまで二度の順延があり、三度目の正直として実現することができたのでした。

当初は、1月中旬に予定していたのを、1/27開局の宇部吉田局も取り込もうと、3月下旬に変更しております。(NO.809参照)そして、3月下旬の予定も、出発4日前まで粘りましたが、緊急事態宣言により結局中止といたしました。(NO.829参照)

その後も、訪問可能かどうか機会をうかがっていましたが、二日目に平郡島に渡るのがネックになっていて、11月下旬のこの時期まで伸ばし伸ばしとなってしまったのです。

昨年(2019)は、山口県への訪問がテーマ地域だった山形県や愛媛県を抜いて最多だったのですが、その最後の訪問であった7/18から、実に1年4ヶ月ぶりの黄色いガードレールの県すなわち山口県入りを果たしたのでした。

Photo_20201130014301 初日は、新山口駅に10:33に到着し、レンタカーにて山口市内に残してあった中心部の14局を拾い、その後30㌔ほど回送して宇部北部の2局、ラストは本年1/27新規開局の宇部吉田局でありました。計17局であります。局メグ終了後はレンタカーを返却し、新山口駅から在来線にて15駅先の柳井駅に進み投宿しました。

二日目は、この遠征の本丸でもある平郡島への渡島です。柳井駅から1駅先の柳井港駅に進み、柳井港8:30発で片道1時間40分かけて平郡東港に到着し、現地滞在はなんと3時間50分でありました。平郡東港14:00発で柳井港に15:40に戻り、港最寄りの柳井港局を訪問して、二日目は2局としました。色々と感想等がありますので、二日目の様子は別記事にてお話ししていくことにいたします。

最終日は、柳井市に連泊していたため、柳井駅から8駅先の岩国駅まで進みレンタカーを借りて、岩国市・和木町の4局を経て広島県入りし、廿日市市のもみじ局(再訪)・阿品台局(19.9/1改称)さらに広島市の広島八幡東局(19.4/22移転改称)・西風新都局(19.10/1新規開局)を済ませて、岩国に戻りました。時間あまりにより岩国室木局を予定外の追加1局で廻りました。

レンタカー返却後は、岩国駅から15駅先の広島駅まで進み、広島駅新幹線口近くのグラノード広島局(本年4/13新規開局)を訪問して、広島県の2度目の完訪といたしました。なお、山口県内では三日間で24局訪問して累計311局とし、残りの93局を来年のテーマ地域として廻っていくことになります。

今回もGoToトラベルの適用を受けましたが、地域共通クーポンについては、1,000円を岩国でのレンタカー支払いの割り引きに、残り1,000円は広島駅での自宅土産もみじ饅頭で使用いたしました。もみじ饅頭については、家人より事前に指定があり藤い屋の粒あんを買い求めました。

※写真は、最後に訪問したグラノード広島郵便局。ジャンボぽすくまは常勤のようでした。

2020年11月 3日 (火)

895.屋久島遠征のご報告-その2-

前の記事でお話しした「かごしまらくめぐり・5,000円キャッシュバックキャンペーン」は、屋久島におけるイベントではなく、鹿児島県内全域においてタクシー・レンタカーを利用した際に、指定の施設2箇所と宿泊施設の宿泊証明を貰うと、適用される期間限定イベントです。詳しくは、こちらのHP をご覧ください。

私の書き方が不十分だったようで、勘違いなさる方もあったようで、申し訳ありませんでした。

Photo_20201031210501 さて、屋久島遠征におけるご報告として、もう少し掘り下げたお話しをしてみます。

前泊については、ある程度詳細を書いたつもりですが、コロナ禍がない場合においては、浜松より空港バスでセントレアに向かい、7:30過ぎのフライトで鹿児島空港に到着し、第二便で屋久島空港に着き、そのままレンタカーを借りて島内14局を廻る急ぎ旅を予定していました。

そして、翌日の午前便で口永良部島を往復し、屋久島を終えて、鹿児島空港から空港バスで鹿児島市内に宿泊して、3日目に薩摩半島方面を廻ってから旅を終える予定でありました。

それが、浜松からの空港バスが運休したままであるため、1日1往復しかない静岡・鹿児島便を使い前泊をすることになり、それが欠航となり新幹線で鹿児島に乗り込んだのでした。

ですから、たったの15局に留まってしまったのですが、地元の空港バスが動かないことで、セントアレア発の早朝便が使えなくなってしまっており、今後の私・稲生の九州戦略に大きな影を落としてしまっています。

Photo_20201031210901 さて、屋久島島内を半時計まわりに廻った際には、永田局のあとに、西部林道にて屋久島灯台・大川の滝を経て約25㌔先の栗生局にたどり着きますが、この屋久島の西側を通る西部林道は、自然保護の観点からか、野生動物優先となっております。

サルの群れやヤクシカに出会うのですが、車を怖がることがなく、道路中央を闊歩しており、レンタカーを傷つけてはいけないと、運転はヒヤヒヤものでした。

宮之浦と空港を往復するのに、都合2往復で路線バスの利用をしましたが、半年前に種子島でカルチャーショックのような路線バスを経験しておりましたが、こちら屋久島の路線バスは、私がこれまで本土で経験したのと同等の、何ら問題のない路線バスでありました。

口永良部島への往復等は、前の記事で詳しく話したとおりで、欠航などに遭遇せずに、一発回答であったのはラッキーなことでした。

ともかく、2月の種子島に続いて、今回の屋久島・口永良部島も攻略することができ「タネヤク地方」を無事に終えたのでした。

これに気を良くして、来年は徳之島あたりにチャレンジしてみようかと考えております。

※写真は、上が往路上空から見た桜島、下が尾之間(おのあいだ)郵便局。この局からお便りを出しました。

2020年10月31日 (土)

894.屋久島遠征のご報告-その1-

10/27・28に実施した、屋久島および口永良部島遠征を無事に終えることが出来ました。

その感想としては、100点満点。いや、それ以上の大満足の旅となりました!

まずは天候ですが、前泊(10/26)を含めて晴れ続きで、波の高さも1㍍ほどの穏やかな海面であり、文句なしでした。

前泊は、すでにお知らせしたとおりで、東海道山陽新幹線および九州新幹線と空港バスで鹿児島空港に到達し、JALでの屋久島空港入り後、路線バスで宮之浦に移動し投宿しました。

Photo_20201030232101 新幹線代と空港バス代は、FDA欠航による代替交通費として、最終日の鹿児島空港FDAカウンターにて、領収書に基づいてキャッシュで精算されました。つまり片道12,500円の飛行機代支払い分でもって、新幹線代と空港バス代21,640円の利用が出来たのです。

局メグ本番の一日目は、宮之浦の宿泊先から路線バスに乗り空港まで進み、ニッポンレンタカーで軽自動車を借りて、まずは宮之浦港に同行者をお出迎えです。

今回は、同好の士の方の同行者と廻ることが急遽決まり、二人旅となりましたが、趣味が同じであるため、一回り以上の年の差など全く関係なく、最終日に鹿児島空港でお別れするまで、話が途切れることはありませんでした。本来、単独行を主とする私・稲生の局メグスタイルですが、たまには同行者付きの局メグも、これ楽しかりけり、と大いに思ったのでした。

レンタカースタート時に、鹿児島県が実施する「かごしまらくめぐり・5,000円キャッシュバックキャンペーン」を教えていただき、これも実行することにいたしました。すなわち、島内7つの指定施設のうち2箇所に入場し、宿泊施設の宿泊証明を貰うと、レンタカー返却時に現金5,000円をキャッシュバックしてくれるというものでした。

Photo_20201030232401 屋久島内には8つの直営局と6つの簡易局の計14局があり、これを廻るのが我々の主目的であるため、同行者出迎え後の10時から16時までの6時間では余裕綽々のところを、当初決めていた屋久島灯台・大川の滝の見学に加え、志戸子ガジュマル園と屋久杉自然館の指定2箇所の入場を入れ込み、最後に宮之浦の宿泊先に宿泊証明を貰ってからレンタカーを返却し、見事に5,000円をゲットしたのでした。

レンタカー会社の所長の解説によると、コロナ禍でのGoTo対策というものではなく、何年か前から期間を定めて実施しているキャンペーンであるそうです。それならば、来年以降も事前に実施期間などを調べておいて、このキャンペーンに乗っかることが出来れば良いなと思いました。

これで、鹿児島県がますます好きになりました!

局メグ本番の二日目は、口永良部島への町営フェリー太陽での往復です。偶数日ダイヤで、9:50着の折り返し10:30発の現地滞在40分間で、港近くの簡易局に訪問するのですが、波が高いと欠航となり、口永良部島未訪となってしまい、運航しても波が多少荒れると大幅延着となり、最悪の場合、島に取り残される可能性もあるのです。

私の見て来た先人達の訪問記では、17分延着の10:07着で、帰りは10:20にはタラップを上げるとあり、実質13分しかないとの恐ろしい記述も見ており、本番まで気が気でなかったのですが、本番では3分ほどの延着で済み、問題なく簡易局訪問をクリアすることが出来ました。

長くなりました。ここまでの詳細など、次回の記事にいたします。

※写真は、上が大川(おおこ)の滝。下が口永良部簡易郵便局。

2020年10月14日 (水)

889.島根県の完訪について

10/1の西ノ島の3局を最後に廻り終えて、島根県の全370局の完訪となりました!!

H16(2004)8.19の初訪問から足掛け17年がかかりましたが、翌H17からH25までは訪問がなく、実質8年での完訪です。島根県の完訪は、32府県目であります。

島根県完訪までの道程は、記録室・その15に示してありますので、それをご覧になりながら記事を読んでいただければ幸いです。

初訪問の3局は、岡山県内の大学生だった愚息とともに、松本清張の小説『砂の器』の舞台になった仁多町亀嵩(現・奥出雲町)を目指してドライブした際に、途中の局も立ち寄りながらの訪問でした。この日は、広島県の初訪問でもありました。

H26(2014)には、10月に中国遠征として岡山県備中地域、鳥取県米子地域訪問後の三日目に、島根半島東部と玉湯・宍道経由での雲南地域を29局廻っております。

Photo_20201009131801 H27には、9/30から10/2に隠岐諸島と出雲市方面(島根遠征)を3日間で54局、H28には、3月に山陰遠征として兵庫・鳥取を廻ったあとの最終日に安来市などで18局、10月に鳥取県完訪の旅の終了後、松江市・大田市などを51局廻っております。

H29には、7月に島根遠征として奥出雲町・出雲市などを44局、H30には、3/29に北広島町を廻った際に、浜田市波佐局を1局だけ拾い、8月に広島県がらみで飯南町・美郷町・邑南町などの山間部を25局廻りました。ここまでで島根県の6割ほどの225局を訪問しており、残りは145局ほどになっております。

令和に入ったR1(2019)には、6月に島根遠征として、出雲市の残りと大田・江津などを34局廻り、7月に山口・島根遠征として、鹿足郡などの島根県最西南端部を21局廻り累計280局として、90局を残して最終年である本年に臨むことになりました。

今年に関しては、まだ記憶に新しいのですが、6月に石見遠征として浜田市・益田市・江津市で67局廻っておりますが、本来ならば先に松江と隠岐・西ノ島を廻り、秋の時期に石見遠征を考えていたところ、コロナ自粛による影響で、隠岐汽船のダイヤが冬ダイヤとなっており、西ノ島日帰りが不可能であったため、松江・西ノ島と石見遠征を入れ替えた経緯があります。

延べ22日を要しましたが、そのほとんどがマイカーで廻っており、レンタカーだったのは、H27の隠岐・出雲市とR1の鹿足郡などの計4日のみでした。これが出来たのも、中国自動車道と米子道・松江道・浜田道の高速道路網があったからだと考えております。

これにて山陰地方を制したのですが、次は中国地方全体を制すべく、来年の西のテーマ地域は山口県といたします。

※写真は、島根県初訪問時に目的地として立ち寄った亀嵩駅。駅内の蕎麦屋は、清張がらみの写真が満載でした。(04.8.19訪問)

2020年10月11日 (日)

888.〔稲生検定〕の答え合わせ

9/28に突如課した〔稲生検定〕でしたが、前の記事でも答え合わせができずにいましたので、ここでひとつの記事としてページを設け、解答してゆくことにいたします。

出題したのは9/28付けブログNO.884、ヒントを出したのは10/1付けブログNO.885の、いずれも冒頭でした。

問1.西ノ島での3つの郵便局の廻り順を、美田⇒浦郷⇒別府から、別府⇒美田⇒浦郷に変更したのはどういうことなのか?

ヒント:路線バス+徒歩⇒レンタサイクル

答え:路線バス+徒歩の予定から、レンタサイクルに変更したため。

当初は、別府港到着後すぐに、フェリーくにが接続の路線バスにて大津バス停下車後、美田局訪問、その後徒歩で浦郷集落の浦郷局へ、最後にフェリーおき接続の路線バスにて別府まで進み、取り急ぎ別府局に飛び込むというものでした。

別府港12:05着、西ノ島町営バス・隠岐汽船バス停12:19発⇒大津バス停、徒歩1分で美田局到着。美田局訪問後、徒歩にて浦郷へ。国道経由だと2.8㌔34分、集落経由だと4.2㌔50分。天候によってはタクシー利用も。浦郷局訪問後、町営バス・浦郷バス停14:52発⇒別府交通センターバス停15:15着。取り急ぎ別府局に向かい訪問をすまし、別府港に戻り15:45発のフェリーおきに乗船。

Photo_20201009103601 このプランだと、別府での行動が大変慌ただしいので、場合によっては、浦郷からのタクシー利用も考えていました。

ということで、今ひとつしっくりしないまま、先人達のHPを閲覧したりして情報収集を試みていたのですが、自分のHPの記録室・その13の閲覧を機に、島にはレンタサイクルがあるかもしれないとの思いが浮かび、調べたところ別府港に隣接の西ノ島町観光協会が、レンタサイクルの貸し出しをしていることを見つけました。西ノ島の現地滞在時間が3時間40分で、訪問すべき郵便局は3局のみ。これは楽勝です!

あとは、当日の天気で雨が降らないことを願うのみですが、実際には、二日目と三日目を入れ替えて、その条件をクリアしていったのでした。

問2.松江市の魚瀬(おのぜ)簡易局をなぜ再訪するのか?

ヒント:‘御礼参り’

答え:トイレを借りた‘お礼’をするために再訪した。

5年前に隠岐・松江遠征の三日目の1局目に訪問した際に、猛烈な便意をもよおし、周囲にコンビニ・公衆トイレなどが見当たらず、やむなく訪問先の簡易局のトイレを借りたもの。「地獄に仏」とは、このことで、松江市内を廻る際には、絶対に‘御礼参り’をしたいものだと、かねてより考えていました。

手土産の‘うなぎパイ詰め合わせ’を持って訪問させていただき、5年前の話をしたのですが、受託者さんは、残念ながら覚えていないとのことでした。まあ、こちら側の恩義を返すことができたということで、気が済みました。

前の記事で、その理由の分かるページをリンクしてあります。

というわけで、突然の出題となった〔稲生検定〕の答え合わせを終わらせていただきます。

最後に、屋久島遠征のための静岡・鹿児島空路便のことですが、山陰遠征中の9/29にFDAより連絡が来て、往路便の欠航が決まりました。したがって、往路のみ新幹線により鹿児島中央駅まで、そこから空港バスで鹿児島空港に向かうことになりました。

往路の運賃・料金は、FDAにすでに支払い済みの12,500円だけで、新幹線代・空港バス代は建て替え払いとなり、結果的に格安の新幹線乗車が出来ることになりました。

※写真は、隠岐汽船の創立125周年記念品。10/1に乗船した客だけに配ったようです。これはラッキー!!