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郵便局めぐり・その他

2021年2月18日 (木)

927.遠州簡易郵便局めぐり Dコース 後半

 遠州簡易郵便局めぐりDコースの続きです。

5局目として、浜岡北原簡易郵便局に向かいました。牧之原台地の尾根沿いにあり、この尾根が県西部と県中部の境界です。簡易局は尾根沿いの道路の西側にあるため、御前崎市であり県西部であります。

実は、この簡易局はかって上朝比奈郵便局と言う名の特定局として存在しており、その時代であった①S55.5.15に累計126局目として訪問しております。上朝比奈局はS61.3.31に廃止となり、すぐに浜岡北原簡易局が設置されております。その浜岡北原簡易局には②H12.7.18に累計237局目として訪問しております。

現在の受託者さんのお母様が上朝比奈局の局長だった方で、そのまま浜岡北原簡易局を始めた方でした。

6局目は浜岡小泉簡易郵便局です。ここは③H23.3.22に訪問しております。再開貯金開始からは1ケ月半ほど過ぎておりました。ここは、自動車整備工場の敷地内で営業しております。

7局目は新野簡易郵便局です。ここは③H23.10.12に訪問しており、再開貯金開始の二日目でした。6年半後のH30.3.1には新野左馬助展示館や浜岡河津桜見学の際に再訪しております。ここは、ログハウス風のオシャレな造りをしております。受託者さんの手造りの局舎だそうです。

Photo_20210213220801 8局目は比木簡易郵便局です。ここは③H22.11.8の貯金業務開始日当日に訪問しております。現地へ行くと、確かに局舎に見覚えがありました。

9局目は白羽簡易郵便局です。ここは③H23.10.12に新野簡易局の後に訪問しております。ここの読み‘しろは’となっていますが、前のJAの時代からのままであり、本当は‘しろわ’であります。

ここまでの御前崎市内5局のうち、浜岡北原簡易局を除いた4局は、JA委託の簡易局(貯金非扱い)からの再開によりできた局です。これらが出来た都度、私は都合がつく限りの早めの訪問をしてきました。

もう一つ、白羽簡易局のみ旧榛原郡御前崎町であり、平成の合併により県中部から県西部に所属が変更になった地域であります。わかりやすく言えば静岡ナンバーから浜松ナンバーに変わってしまった地域です。

さて、怒涛の御前崎市の5局を終え、約19㌔離れた牧之原市の榛原細江簡易郵便局へ。ここは②H12.7.18の訪問であり、浜岡北原簡易局・小笠丹野簡易局・牛渕簡易局と同日に訪問しております。この局には赤電話が現役で使用されており、とても驚きました。

この時点で15時前でしたので、予定外であった湯日簡易郵便局へ。榛原細江簡易局からは約9㌔ほどのところで、富士山静岡空港の北側の茶畑に囲まれた場所にあります。3年半前の③H29.6.1の貯金業務開始日当日に訪問しております。

ここはH21に郵便先行で再開していて、なんと8年半も経過してから貯金業務を開始しており、そのあたりの事情などを伺ってみました。受託者の代替わりがあって、その際に貯金を加えたそうです。

以上がDコースの詳細に亘るご報告でしたが、H22以降の初訪問だった局が7局もあり、さすがに11年以内のことゆえ、記憶に残っている局ばかりでした。

※写真は、ログハウス風の新野簡易郵便局。過去2回の訪問時に比べて局舎の色が変わっているように感じました。

2021年2月16日 (火)

926.遠州簡易郵便局めぐり Dコース 前半

遠州簡易郵便局めぐりの第二回目として、Dコース・東遠地方めぐりを2/12(金)に実施しましたので、ご報告させていただきます。

概要編で示した際には、Dコースは東遠地区10局となっていましたが、これに島田市の湯日(ゆい)簡易局を加えまして11局を廻ってきました。

東遠地方とは掛川市・菊川市・御前崎市あたりのことを言いますが、その先の牧之原市・吉田町および島田市の大井川右岸も広義では東遠と言ってよく、その西側の磐田市・袋井市・森町は中遠地方と言っております。

今回は、中遠地方の磐田市の旧竜洋町にある1局・袋井市の旧浅羽町にある1局を経て、東遠のうちの菊川市2局・御前崎市5局さらには牧之原市1局・島田市南部の1局の計11局となりました。

この11局には①S55年訪問局は無く、②H12年訪問局が4局、③H17年以降に新規‘落ち穂’として発生したものを拾った7局となっております。(①・②・③の定義付けは概要編を参照)

Photo_20210213180601 まず1局目は、自宅から約13㌔ほど南下した天竜川左岸にある旧竜洋町の十束簡易郵便局です。6年半ほど前の③H26.7.23の移転再開日当日に訪問しており、ここではまさかの「‘とつか’ってどういう意味ですか?」と質問されてしまった思い出のある局でした。(NO.270 参照)

今回、改めてお話しして判ったのは、この受託者さんが知りたかったのは、私の解説した十束村が竜洋町の一部であることではなく、‘とつか’の意味でありました。彼女はその後、本当の‘とつか’在住の客に、その由来を聞いたそうです。おおよそ10個の集落の集合体が十束村であるようでした。まあ、さもありなんと言うべき由来ですね。

2局目として10㌔ほど東に進んだ先の旧浅羽町の西浅羽簡易郵便局へ。ここは9年半ほど前の③H23.7.8の貯金業務開始日当日に訪問しております。

ここでは、押してもらった局名ゴム印に付いていた絵柄であるマスクメロンについてのお話しや、私が若かりし頃このあたりを通過していた路線バスに関連して、狭い道が多かったことなどを話してきました。

3局目は、エコパ前・掛川インター・菊川インターなどを素通りして約25㌔ほど進んだ菊川市の牛渕簡易郵便局へ。ここは②H12.7.18に累計241局目として訪問しておりますが、局舎も当時と変わっていないそうですが、残念ながら私の記憶に残っていませんでした。

4局目は、同じ菊川市の小笠丹野簡易郵便局です。②H12.7.18に牛渕簡易局の二つ前の累計239局目として訪問していたのですが、ここも私の記憶に残っていないのは残念なことでした。公民館の中にありましたが看板も無く、ややわかりにくいかもしれません。

ということで、残りの7局は、後半に続けていくことにいたします。中1日でのアップとなります。

※写真は、西浅羽簡易郵便局。

2021年2月 8日 (月)

924.令和3年2月1日の局メグ

先日の2/1(月)は、3.2.1のストレートの日ということで、風景印を求めて浜松市内の直営局を10局廻りました。

こういった語呂合わせイベントは、令和元年11月11日における飯田風越局への訪問を頂点として、令和2年3月4日のストレートの日にも行っております。

今年は3/3(水)が3.3.3のゾロ目の日、4/5(月)が3.4.5のストレートの日もあり、それらの日にも風景印を求めることになります。

風景印にこだわる理由は、令和2年3月4日の記事にも書きましたが、貯金通帳へは3-02-01と印字されるのに対して、風景印には3.2.1と印字されるからです。

浜松市内には108局の直営局がありますが、そのうちの107局に風景印が設置されております。しかも、各局のそれぞれのオリジナル絵柄であります。設置率は99%。実に優秀な地域であるようです。

321_20210205105401 40年ほど前に、伊豆半島を廻った際に、地域のスタンプラリーのイベントをやっていて、それに乗っかる形で貯金をしながら風景印も集めた際には、地域ごとに同じ絵柄であった記憶があります。あれから伊豆方面の局には行ってませんので、今でも地域ごとの同一絵柄であるのかは定かではありませんが、浜松地域においては、ほぼ全部の局で設置され、かつオリジナル絵柄なのは、日本でも珍しいのではないかと思います。

念のため唯一の風景印未設置局である天竜区の熊切局の局長にその理由を尋ねてみると、10年ほど前に廃止したとのこと。絵柄が当局にふさわしくないとのことでした。

さて2/1には浜松西崎郵便局から南下して浜松郵便局(ゆうちょ銀行浜松店)まで、遠鉄電車の駅の順番通りに新浜松駅に向かっていきました。

西ケ崎駅・積志駅・さぎの宮駅及び上島駅・曳馬駅・助信駅には、同名の郵便局があり、それを拾っていきましたが、自動車学校前駅には浜松有玉局を、八幡駅には浜松野口局を、遠州病院駅・第一通り駅には浜松馬込局を、新浜松駅には浜松局を該当させました。

駅めぐりとしての遠鉄電車として、12.11月に第二次高架化がされていましたが、写真も撮らずに放置していたため、上島駅・曳馬駅・助信駅では、その写真撮影もしております。そして、このたびようやくHP内に公開もしておきました。

もう一つ、通称電車通りにある浜松助信局が、この春に通称飛龍街道沿いに浜松高林局として移転改称するのですが、その進捗状況をチェックしてきました。すでに白が基調の局舎が出来上がっておりました。浜松助信局の局長によれば4月以降の開局のようであります。

ということで、4回を予定している遠州簡易郵便局めぐりイベントに加えて、3回もある語呂合わせイベントも廻ることになり、いずれも累計数に加わることのない‘お遊び訪問’であるとはいえ、それなりに退屈しない日々を送ることになりました。

2021年2月 5日 (金)

923.遠州簡易郵便局めぐり Aコース 後半

遠州簡易郵便局めぐりAコースの続きです。

北区北部の川名簡易局から西区三ヶ日町への移動は、気賀・都筑経由となる国道362号ではなく、奥山・只木経由となる県道68号で向かいました。主要地方道としての県道番号を持っていますが、実は険道であります。この道は、10年に1度くらいは利用することがあります。

5局目として三ヶ日長根簡易郵便局を訪問しました。②H12.6.15に累計208局目として初訪問しておりますが、この時は地元の‘よろず屋’さんが経営していたように記憶しておりますが、H18に一時閉鎖後、H25.2.5に郵便業務のみで移転再開しH26.5.27に貯金業務も開始しております。

私は、その直後の③H26.5.28に再訪しております。その時は、県境を越した新城市の湯谷簡易局も移転再開二日目でして、‘23’及び‘21’マルチの取得のための訪問でもありました。

今回の訪問では、「三ヶ日」における‘ケヶ問題’について(こちらの後半を参考)論じてみましたが、三ヶ日長根の受託者さんは愛知県の方と湖西の方のようで、ご存じないようでした。

Photo_20210203143401 6局目として三ヶ日下尾奈簡易郵便局を訪問しました。②H12.6.15に累計207局目として初訪問しており、その2年後のH14.7.24には再訪しております。

ここの受託者さんは、東浜名村(現・三ヶ日町)生まれで現在も三ヶ日町下尾奈在住ですので、‘ケヶ問題’については造詣が深く、私の調べ上げたことが間違いないことが証明されました。その他の話題でも盛り上がりを見せてしまい、30分近くの滞在になってしまいました。

その後、廃止された知波田簡易郵便局の営業していた場所を撮影し、7局目として湖西吉美簡易郵便局へ。①S55.2.5に累計48局目として訪問しております。私・稲生が23歳の初々しく若々しい頃に簡易局として初訪問したのが知波田簡易局であり、その次が、ここ湖西吉美簡易局であったのです。

その後②H12.6.15に再訪しておりますので、今回が再々訪となりますが、①については現行受託者さんの両親の代になるようです。懐かしいことですが、ほとんど記憶がありません。

その後は、約15㌔ほど浜松市街地方面に移動して、本日のラストとなる西区の浜松志都呂簡易郵便局を訪問しました。この局へは①S55.3.4に累計80局目として初訪問、②H12.6.8に再訪をしております。

集荷の職員や他のお客さんもいらしたので、深い話はしませんでした。それでも、窓口の青年には41年前に初訪問した旨伝えてみたところ、驚いてくれました。

長くなってしまいまいたが、遠州簡易郵便局めぐりの第一弾としてのAコース・西遠地区8局のご報告を終わりにいたします。

※文中で一時閉鎖や移転再開の情報が、結構詳しく記されておりますが、『inukugi:web』によるところが多く、大変重宝しております。

※写真は、三ヶ日長根簡易郵便局。格子戸に〒マークが付いた趣のある局舎。親子で経営されているようですが、とても優しい物腰の受託者さんでした。

2021年2月 3日 (水)

922.遠州簡易郵便局めぐり Aコース 前半

ということで、遠州簡易郵便局めぐりのうちのAコースを1/26(火)に実施しましたので、その事をご報告してみたいと思います。

訪問した簡易郵便局は、たったの8局でした。1局あたりにたっぷり時間をかけて、思い出話をしながらメグっていきました。

加えて、天浜線の常葉大学前駅及び岡地駅の撮影および、すでに廃止されてしまった知波田簡易郵便局の跡地も撮影してきました。

1局目は、自宅から3㌔ほど西にある浜北内野簡易郵便局です。①S55.4.28に累計120局目として訪問しており、②H12.6.7には再訪をしております。①及び②の当時の受託者は男の方だったと記憶しておりましたが、今は女性の受託者さんでした。

この局には10分ぐらい滞在していますが、あまり話がかみ合わなかったように感じており、今後ははがきや切手をこの簡易局で購入したりして、もう少し仲良しになる必要があるのかもしれません。

2局目は、浜松医大病院内簡易郵便局です。①、②ともに1局目と同じ日の訪問です。①では累計119局目であり、こちらの方を先に訪問しておりました。

Photo_20210202144401 ここは、私の病気を治してくれた病院でして、通院歴・入院歴ともに大変長く、いわば私のホームグラウンドのような場所です。簡易郵便局ですが、アットホームな感じはなく、今回も淡々と貯金を済ましてきました。

3局目は、細江湖東簡易郵便局です。②H12.6.7に訪問しておりますが、その2年後に移転して大きく立派な局舎に立て替えたようでして、県内では唯一ATMが設置されている簡易郵便局です。

次に天浜線の常葉大学前駅(H25.3.1浜松大学前駅から改称)、および岡地駅(H27.3.14気賀高校前駅から改称)の写真撮影後、コンビニに立ち寄り休憩をしたのち北区引佐町の山奥の川名簡易郵便局を目指しました。

川名簡易郵便局は旧川名小学校の教室を利用しておりまして、③JA委託で貯金非扱いだったのを郵便業務のみでH25.3.12に移転再開したのちH26.9.24に貯金開始した簡易郵便局です。

③では、初日訪問しており、一応私が貯金取り扱い第一号の客でありました。累計としては12929局目であり、すっかりベテラン局メグ家となってからです。また、3年後のH29.7.12に再訪もしております。この時は、井伊家の隠し里を訪ねていった際に訪問しました。(井伊の隠し里ネタは こちら

教室の1つを使用しているのですが、今回再々訪してみると間仕切りを施してあり改良が加えられておりました。ここでは、初訪問時から用意されていた「川名小学校内 川名簡易郵便局」というゴム印の他に、「ひよんどりの舞 川名簡易郵便局」「井伊直平(※)の郷 川名簡易郵便局」の二つのお宝ゴム印が追加されて用意されていました。

※井伊直平は、直虎・直親の祖父であり、彼が治める川名の地の一部が「井伊家の隠れ里」なのですが、ドラマでは、そこから9㌔ほど奥に進んだ久留女木の棚田が使用されていました。

思いのほか、長くなってしまいましたので、後半に続けることにいたします。中1日でアップする予定です。

※写真は、細江湖東簡易郵便局。本文に記したとおりATM設置局(平日17:30まで、土曜12:30まで)であり、駐車場も8台が置けるようになっており、平均的な直営局よりも大きく立派で局内も小綺麗な簡易郵便局です。

2021年1月31日 (日)

921.遠州簡易郵便局めぐり-概要-

私の住む静岡県は、緊急事態宣言の発出された都府県ではありませんが、イギリス由来の感染力の強い変異株が国内で初めて4例確認されて以降「感染拡大緊急警報」が出され、県境を越えた移動の自粛が呼びかけられております。

こうした中で、いつまでもグズグズと今年の初メグが出来ないでいるのは精神衛生上良くないため、地元の遠州地方の中の簡易郵便局に限定して、廻ってみることにしました。

遠州地方には、東は榛原、北は寸又峡から西は湖西まで全46局の簡易郵便局があって、それらを訪問済みであり、そのうち一時閉鎖となった簡易局が4局、一時閉鎖後に廃止となった局が1局あるため、それを差し引いた41局を廻ってみることにしました。

Photo_20210131043101 具体的には、Aコース・Bコース・Cコース・Dコースに4回に亘って実施することにします。

Aコース:西遠地区8局、Bコース:森町・北遠地区9局、Cコース:掛川・川根地区14局、Dコース:東遠地区10局としました。

いずれも再訪・再々訪さらには再々々訪となります。(もう少しわかりやすく言えば2回目・3回目・4回目)

通算局数には加算されることない、お遊び訪問であります。

すでに1/26(火)にAコースを訪問済みですが、その詳細はその都度記事としていきたいと思います。従って次回の記事はAコースについてです。

S55年に訪問した局が8局(うち1局は廃止)、H12年に初訪問となった局が20局(うち2局は一時閉鎖中)、H17以降に初訪問となった局が18局(うち2局は一時閉鎖中)となっており、とりわけ40年前のS55年に初訪問とした局への訪問が楽しみであります。(以降は、S55年分を①、H12年分を②、H17年以降分を③と区分してみます。)

思い出モードで廻る予定であります。

※写真は、湖西市の知波田簡易郵便局でH14(2002)7.24訪問(再々訪)。現存する写真はH14(2002年)以降のものしかなく、その中で遠州地方において一番最初に訪問撮影した局である。この簡易局は、H26(2014)6.1の一時閉鎖後、R2(2020)1.1に廃止された。

2021年1月24日 (日)

919.残り約4,600局をどう攻めるか?-後編-

前の記事の続きです。

郵便局めぐりにおける通算局数の数え方は、人それぞれです。局番号主義などとして、局番号の変更のない改称局・移転改称局には目を向けずスルーする方も多くいます。

局番号とは、各郵便局に与えられた唯一無二の郵便局番号のことです。通帳の「年月日」の次にある「取扱店」に印字される番号のことです。

私の中で‘郵便局めぐりの神様’と敬意を表している貯金郵太郎さんも局番号主義者のようです。(貯金郵太郎さんについては こちら

さらに、九州の大御所・今村公一さんも局番号主義であるようです。彼の著書『郵便局へ行こう!』を最近読み返してみました。もう4度目くらいになります。その著書では番号重視主義と定義づけていました。

Photo_20210119095301 他にも、同業者さんの中でも結構多くの方が局番号主義であるようです。それゆえ改称局・移転改称局をスルーせずに訪問したとしても、通算局数にカウントしない方もおります。

私の場合は、改称局・移転改称局ができると、‘落ち穂’が発生したものとして認識し、これをなんとか訪問し通算局数に含んでいきます。これを何主義と言いましょうか?現実主義とでも言いましょうか?もっとふさわしいネーミングがあればお教えください。

ということで、局番号主義の方々に比べれば、要訪問局数も増えてしまうのですが、過去に日本全国の郵便局を完局された方よりも後続の者は、すでに廃止された局には対応できない訳であり、それほど多くはない全郵便局完訪者さまは、自分よりも凄い経験を積まれた方であると言えましょう。称賛に値する価値ある方々であることに間違いありません。間違いなく神様であります。

さて、私自身についてはどのように進めていくのでしょうか?果たして神様になることはできるのでしょうか?

前編の最後で示したように、今年から7年かけてじっくり攻めていくことで24,000局超えとしてしまえば、残りは500局ほどとなることでしょう。

それを3年ぐらいかけて、確実にこなしていけば神様の仲間入りができるかもしれないというのが、今のところの目論見であります。

時に稲生73歳であります。

まずは健康第一。これが損なわれてしまえば、何もできません。

それでは、24000局越えを目指すこととなる今年からの7年をどのように攻めていくのか?

北海道・沖縄はほとんど手つかずですし、鹿児島・長崎と東京島嶼部に、かなり難易度の高い島々があるわけで、その前途には霧が立ち込めているようにも思います。

各論については、今後も続いていくであろう‘稲生のつぶやき(ブログ)’で、その折々に綴っていきたいと思います。

とりあえず、今の時点の皮算用は、こういったところです。

2021年1月21日 (木)

918.残り約4,600局をどう攻めるか?-前編-

年明けの1/8に1都3県への緊急事態宣言、そして1/14には追加7府県へも発出があり、世の中の状況が様変わりしてしまいました。

こんな中での旅行貯金は、できるわけがありません。中止です、いや延期です。1/26から28に予定していた大分遠征は、今のところ2月中旬に延期することにいたしました。

ということで、ステイホームとなりましたので、趣味の郵便局めぐりについて、色々と思いをめぐらしてみることにいたします。

まずは大所高所からの視点として、現在の通算20,000局目前の局数から、どのような日程でフィニッシュを迎えていくのか?を考えてみることにします。

参考データとして、記録室・その10 をご覧になりながらお読みください。(このたび、通算局数の項目を追加しました。)

Photo_20210118084701 昨年末現在で通算19,918局であります。これまでの年間局数の実績としては、例えば2015年から2019年の直近5年間において平均をとってみても1,157局であり、2019年末で19,100局であったので、2020年のうちに当然20,000局は突破するものと考えていたのですが、2021年に持ち越しとなりました。これも新型コロナの影響でした。

まず2021年については、年初のつぶやき 特に1/5にアップしたNO.914の見直しを迫られることになりました。たった2週間ほどで下方修正をしていくことは、はなはだ悔しい限りでありますが、年間で500局ぐらいに留まる可能性も出てきました。今後、どの地域への遠征を延期していくのか、計画を見直ししていくことになります。

ということで2021年は500局だとして、2022年から2027年までの6年間でも年間600局ぐらいの控えめな計算をすることにいたします。そうすると、ここまでで4,100局が上乗せされ通算局数は24,000局を超すことになります。

現在の私・稲生の年齢は64歳ですので、7年後の70歳満了時には24,000局越えを果たす計算になります。

次に、残局数も調べてみました。

残局数は4,371局となりましたが、今後も発生するであろう‘落ち穂拾い’も含むと、残局数は約4,600局ぐらいと思われます。

もったい付けるわけではありませんが、長くなりましたので、続きは次回の記事にいたします。3日ほどお待ちください!

2021年1月 5日 (火)

914.2021年の年間プラン

前の記事の続きです。

『山口・岩手編』としては、山口県で7日、岩手県で6日の延べ13日を費やすことになります。

東は山形・宮城から西は四国・広島・島根までにおける、新規開局・移転改称・改称・局種変更・再開などについては‘落ち穂拾い’によって対応することになりますが、広範囲に亘っていますので、今年だけでは拾いきることはできず、しばらくは‘落ち穂’のままになるケースも出てきます。

その他の地域としては、北海道と沖縄を除く地域、すなわち秋田・青森と九州各県を廻ることになります。北海道と沖縄を除く理由に深い意味はありませんが、コロナが落ち着いてから、攻めていきたいと考えております。

Photo_20210103193801 秋田は2回、青森は1回の遠征ぐらいとなるでしょう。対して九州各県は各県1~2回の遠征をしていきたいものです。

セントレアへの空港バスが運休したままですので、セントレアからの早朝便を利用することができず、さらに空の便そのものの信頼度が低い(欠航が多い)ことがあり、空路を敬遠し鉄路で出向くことにいたします。

その場合、初日の現地到着は午後であり、最終日の局メグ終了も早めに切り上げる必要も出てきます。つまり、局メグ稼働可能時間が少ないわけですが、致し方ありません。いわゆるコスパが悪いということになるのですが、これも受け入れてコツコツと廻ることにいたします。

ただし、九州の中で鹿児島については、鉄路ではなく空路での前泊をしていくことも含めて検討中です。この場合、前泊プラス2泊3日となりますので、かなりコスパが悪くなりますが、現状ではやむを得ないと考えています。

まずは1月から3月までに、昨年廻るのを断念した大分・熊本・宮崎を訪問したいものと考えています。ただし、コロナの状況が悪化する場合は、潔く諦めるしかありません。

それから、2020年に断念した離島のうち利島・神津島及び三宅島・御蔵島については、何とか実施したいのですが、これについても先行きは不透明です。

※写真は、新島港に到着した東海汽船のさるびあ丸。(19.8.26撮影:NO.769の再掲)

2021年1月 2日 (土)

913.今年のテーマ地域は『山口・岩手』

明けましておめでとうございます。令和3年もよろしくお願いいたします。

昨年より始まってしまったコロナ禍により、私の趣味活動も不透明な状況となっておりますが、郵便局めぐりは私の生きがいでもありますので、状況の許す限り、かつ感染対策を十分にしたうえで、前進していきたいものと思っております。

郵便局めぐりにおける今年のテーマ地域は『山口・岩手』といたします。この両県を目指す旅をしていきたいと思います。

まず山口県については、全404局のうちの23%となる残りの93局を目指していくことになります。

Photo_20210101221001 山口県も離島がたくさんありますが、これまでに浮島・平郡島・八島・祝島・大津島・野島については、訪問済です。残りの離島は岩国港からの往復となる柱島と、萩港からの往復となる萩大島と見島の3つとなりました。なかなかの曲者ぞろいです。

今のところ、2泊3日が1回、1泊2日が2回の延べ7日の活動により完訪としていきたいと思っています。

次に岩手県については、全414局のうちの27%となる残りの111局を目指していくことになります。

県北と盛岡が多いのですが、沿岸部に区分される宮古市の旧川井村・旧新里村及び岩泉町あたりは、かなりの山間僻地で局間が長く、加えて田野畑村の鳥越局が震災以来の再開を果たすとの情報もあって、これも拾う必要があり、この辺のコース取りはなかなか難しいものがあります。

県南に残っている一関市の11局については、宮城県南三陸町にここも震災以来となる歌津局が再開するため、これも合わせて拾っていく予定であります。

ということで、2泊3日を2回の延べ6日の活動により完訪としていきたいと思っています。

山口・岩手両県以外の取り組みについては、次回の記事で展開していきたいと思います。

※写真は、祝島小中学校より瀬戸内海を臨む。(18.12.19訪問)

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